変わらなくちゃいけないんだ、この日の本の国は……。
そのためには、邪魔な毛利と長曾我部を僕が落としてみせる。
秀吉のために。何より僕自身のために。







強キコト、鬼ノ如ク。






策が立ってからちょうど4日目だった。海が荒れ始めたのは。
そしてその2日後、更に海は荒れるばかり。
元親の予想が当たったのだ。6日たって海は大しけ。
先ほど元就から届いた文には、すでに相手方が狭い厳島に進行中とのことであった。
元就が血気盛んな豊臣の配下、真下和利・佐川森千代・天羽差後介になじるような文を送ったところ、
すぐに逆上し厳島へと進行してきたのである。

「まぁ、あの元就の文を読めば誰でも逆上するかもな。
アイツは人のことを馬鹿にするのは一人前だからな。」

元就の現状報告が記された文をその場に放りなげ、ごろんと元親は寝転がった。
そばでは静かに正座をして目を閉じているがいる。
瞑想しているようだった。それとも、この先のことを考えているのか……。

「………どうやら、半兵衛殿はこのお三方を止めることができなかったようですね。
それともわざと泳がせているのでしょうか?
もしそうならば恐ろしいお方だ。こちらの策を読み取っているに違いありません。」

しばらくして静かにが口を開いた。しかし、目はそのまま閉じられたまま。
そんなをじっと元親は眺めていた。

今から戦をするというのに穏やかな表情。荒れている海とは裏腹……。
激しい風と雨が戸をゴトゴトと揺らしている。
豊臣はもうそこまで来ているだろうか。元親は目を伏せた。
そんなとき、廊下をバタバタと走る音。

来た………。

は静かに目を開けた。同時に襖がすぱぁーんと勢いよく開き、楓が飛び込んできた。
息をぜぇぜぇと切らしながら。

「元親、殿!!!!豊臣です!!!!やつらがこちらに向かっているとの情報が!!!!」

豊臣秀吉。竹中半兵衛。
元親は武者ぶるいするとすくっと立ち上がり部屋を大またで出て行った。
それにも楓も続く。

どんどんと音を立てて歩く元親は一体何を考えているのだろうか。
戦のこと?自分のこと?それとも……死んでいく仲間のこと?
楓は自分よりも大きい背中を見た。そしてその後ろを歩く小柄な背中。
殿………。
あなたも元親様のためには犠牲になれるというのですか?




「いいか野郎共!!!豊臣は目と鼻の先だ!!!
ウチの軍師の策を成功させるには、野郎共の協力が必要なんだよ。
四国が、家族が、友が大事だと思うなら、てめぇーら手かせぇー!!!
だが……自分が死ぬかもしれないってこともよく考えるんだ。
その命、俺に預けてくれるっていう奴だけついてこい!!!分かったか野郎共ーっ!!!!」

「アニキーっっっ!!!!」

兵を集めた場所、一段高くなったところで元親が言う。
元親を慕って、集まった兵の数はおおよそ3万。予定通りの兵の数だ。
この兵の数で、豊臣軍をどうにかしなければならない。
海の上で、秀吉は……半兵衛は……どうしかけてくる?
力強い掛け声の中、はただ考えていた。
この間見た夢を……現実にしてはいけない。

「元親様。私はあなた様に生きていてもらいたい。だから……全力でお守りいたします!」

は元親の顔を見らずに言った。
今彼の顔を見てしまえば、なんとなく強く保っていた心が崩れそうだったから。
そんな彼女の頭に、大きくて優しい手が添えられる。
ぐしゃぐしゃと撫で回されたあと、彼の声が聞こえた。

「俺だってお前に生きていてもらいたい。だから……絶対死ぬんじゃねーぞ。
以外の軍師なんて………欲しくねぇーしな。」

その言葉に、は心が温かくなる。そう、私達は勝つ。
今厳島で戦っている毛利のため、何より……四国・長曾我部のため、この国に住まう民のために。
切り捨てるだけの豊臣に、屈服したくはない!!!

「行くぞ、長曾我部の兵士たちよ!!!総大将・元親様と、軍師に続けっ!!!」

は大声で叫び、小太刀を空へと振り上げた。
割れんばかりの声がとどろく。彼らはすぐに荒れた海へと走った。
次々に出て行く長曾我部の船。

「みんな、生きて帰ってきて………」

その光景を見ながら、も元親や楓とともに船に乗り込み、荒れた海へと船を進めた。
船は嵐の影響で右に左にへと傾く。甲板にいれば荒波をかぶり、風に吹き飛ばされそうになる。
けれども長曾我部の船たちは、沈むことはなかった。
みんなこの荒い海に慣れているのだ。
激しく揺れる船の上で、楓が目を凝らす。遠くに見える、豊臣の旗印。

「元親っ!!!豊臣の船だっ!!!」

楓が指を刺す方向を見る元親。その隣で、が例の地図を開いた。
もう少し進めば、潮の流れがもっとも速くなる場所。
ここからが正念場だ。慣れてるとはいえ、こちらも沈むわけにはいかない。

「元親様、あと少しで潮の流れが速い海域へと船が進入します。」

「分かった!!それなら俺たちはそのまま豊臣の船に横付けして、一気に秀吉を叩き潰す!!!」

豊臣の海軍が、すぐそこまでに迫っていた。
潮の流れが急に変わり、船の進行方向が変わる。
近づく豊臣の船の甲板に、二つの覇気が見て取れた。
威圧的な表情を浮かべる秀吉と、鋭い眼差しの半兵衛。
その二人の姿がの目に映った。

ガン!!!と船同士がぶつかる音。同時に上がる、人間の叫び声。
お互いの船になだれ込んでいく、二つの兵士たち。
それぞれが身につけた色が交わり、戦っては散っていく。

、楓。俺たちも行くぞ。決着をつけにな!!!」

「ああ、行こうぜ元親!!!猿山の大将に、ぎゃふんと言わせてやろうぜ!!!」

「容赦はせぬ……と伝えた。鬼の恐ろしさ、豊臣に見せ付けます!!!」

三つの覇気が、船の床を蹴って空を切った。
それを上から見ていた豊臣秀吉と竹中半兵衛。

「なるほど………。考えたね、毛利も長曾我部も。
確かにこの潮の流れの中船を操る芸当は、海に慣れてない僕たちには不利だ。
だけど僕たちは、ここじゃ終われない理由がある。
僕たちだって、負けられないんだっ!!!」

「そうだな、半兵衛。四国の鬼ごとき、我が力で払ってみせるぞ。
半兵衛、鬼退治だっ!!!用意せいっ!!!」

秀吉が咆哮する。雷鳴がとどろき、稲妻が海へと落ちた。
お互い、何かのために戦う。己の命を削ってまでも…………。








「フン、造作もない。なんともたやすいことよ。」

厳島にて最後の一人を討ち取る元就。
戦が始まってから、膨大な敵兵がこの厳島に攻め入ってきたが、
誰一人として毛利軍の防衛線を超えたものはいなかった。

「力技だけが、戦ではないわ。」

転がる屍を氷の瞳に映し、彼は天を仰いだ。
いつもあがめている日輪は、空にはない。ただあるのは、黒い雲ばかり。
荒々しい風が吹き、雨が元就の頬を叩きつける。

「たまにはこの天気の中で、戦をするのもよかろう。」

そんな元就に、伝令が走ってくる。

「元就様!!!先ほど長曾我部軍が豊臣と衝突。現在海上にて交戦中の模様ですっ!!!」

「………始まったか。そうだな、あやつら……と元親を死なせるわけにはいかぬな。
元親とはまだ決着がついておらぬ。それにも……いずれ我がもらい受ける。」

一人元就はほくそ笑んだ。そのまま大きく、元就は兵士たちに告げた。

「我が毛利軍はこれより、豊臣軍の殲滅へと向かう!!!皆、我に続けっ!!!」

荒れた風が、参の星を掲げた船たちを沖へと一気に押しやる。
全ての毛利軍は豊臣を目指す。戦はまだ、始まったばかり………。







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