ゆかりは立ち止まってひざに手をついた。
全力疾走してきたので、息遣いが荒い。
本当のことを言うと、ゆかりは少し後悔していた。
のこともだが、今まで自分の中にあったもやもやを、
にぶつけてしまったような感じがして……。

「……ちょっときついこと言っちゃったかな。
でも、君のことは……。」

静かに目を閉じた。

彼と最初に出会ったころ、第一印象はクールで自分の世界に閉じこもった人間。
だけど同じ時を過ごすうち、仲間として過ごすうち、彼の内に秘められている優しさを知った。
を知れば知るほど、『仲間』としての存在から、もっと彼に近い存在になりたかった。
の心の支えになりたかった。
家族を亡くした自分の、心のよりどころとして彼を求めたかった。
なぜなら、彼もまた自分と同じように家族を亡くしていたから……。

そして彼を意識し始めた頃、が現れる。
と凄く近い存在の人間だった。
彼女との間には、決して誰も入れることのない空気が漂っていた。

「まるで恋人同士のようだった……。」

かすれた声でゆかりがつぶやく。
ぽたぽたと、地面に透明の雫が流れ落ちた。

「私に、勝ち目なんてないよ……。」

のそばでそっと微笑む
を見つめる優しい眼差し。
にしか見せないの笑顔。

そんな彼らを見てたら、どうにかなりそうだった。
が羨ましくて、ねたましくて、そして当たってしまった。
「帰って」なんて、酷い言葉をに言った。
おそらく、彼女を傷つけた。
自分がこんなに酷い人間だったなんてと、ゆかりは自分でも驚きを隠せない。

「はは……私って最低……。」

自分で自分をあざ笑ったとき、黒い影が視界に入った。
とてつもなく大きい影が一体。
それは……番人と呼ばれるシャドウのボス。
ゆかりたちが戦うべき相手。

シャドウはゆかりを発見すると、急に襲い掛かってきた。

「きゃあっ!!!!」

ぎりぎりでシャドウの攻撃をかわすと、ゆかりはごしごしと袖で涙をぬぐった。
無線で誰かを呼び出そうとするものの、いまだザァーッと音が流れるだけ。
先程自分がいた場所を見ると、シャドウの攻撃でぐしゃぐしゃに壊れていた。

『まずい……。私一人では勝てないかも……!!!』

それでもやるしかない。
生きるために……。ここで倒れるわけにはいかない。
ゆかりは召喚器を取り出すと、頭に当てた。
引き金に指をかけた時、シャドウの繰り出してきた魔法が直撃した。
運悪く、それはゆかりが苦手とする電撃の魔法、『ジオンガ』。

「いやぁーっ………!!!」

体から力が抜けるのがはっきり分かった。
召喚器は手から落ち、ゴトリと鈍い音を立てて地面に落ちる。
つづいて、ジオンガでしびれて動かないゆかりの体も、どさりと召喚器の横に落ちた。

ゆっくりとシャドウが近づいてくる。
体が動かないまま、うつろな目でシャドウを見つめる。
手を鋭い剣に変形させ、ゆかりに止めをさそうとしていた。

『……私、死ぬのかな。ごめんね、君……。それから、さんも。』

静かに目を閉じる。
涙が頬を伝った。
と、その時………。

「ペルソナ・スザク、アギダインっ!!!」

澄んだ声と共に、炎の塊がシャドウに飛んだ。
驚いたゆかりがしびれる体を無理に起こして声のしたほうを見ると、そこにはとケルベロスがいた。

「岳羽さんっ!!!」

……さん?」

駆け寄ってきたを呆然と見つめるゆかり。
彼女はゆかりの傷がそれほど深くないのをみると、ほっとしたような顔つきをした。
は血が流れているゆかりの腕にハンカチを巻くと、「ウウウウ。」と唸るケルベロスの横に立った。
ゆかりの盾になっているような格好。
そのまま日本刀を構える。

「accept battle……。」

彼女の掛け声と共に、ケルベロスが飛び掛る。
はケルベロスが飛び掛る前に、その上に飛び乗った。
シャドウはケルベロスとに襲い掛かるものの、スピードについていけず、攻撃は全てからぶりに終わる。
ケルベロスは高く飛ぶと、シャドウの懐に飛び掛り弱点を突いた。
の日本刀もシャドウに深く突き刺さる。
シャドウが地響きのするような声を上げた。
ケルベロスに乗っていたが、召喚器を頭に当て、引き金を引いた。
青い光がを包み、さっきと違うペルソナが召喚される。

「……ペルソナ・タナトス、メギドラオンっ!!!」

今度は光の塊が番人に当たってはじける。
そのままシャドウは苦しみながら消滅した。
あっという間に決着がついた。
とケルベロスの戦いを見せられ、ゆかりはごくりとつばを飲む。
やはりはレベルが高い。

「ふ、ぅ……。」

軽く息を吐いたは、ゆっくりとゆかりに手を差し伸べた。
彼女は、どこかぎこちないような表情だった。
黙ったまま、ゆかりはの手を掴んで立ち上がる。

「…………。」

「…………。」

しばらく気まずいままの時間が流れた。
それが嫌で、ゆかりが何か言おうとした瞬間……。

「あの……私、帝都には戻りません。」

先に口を開いたのは、だった。
ゆかりに背を向けたまま言う。

「岳羽さんがを好きなんだってことは分かりました。
でも……それでも私はを守りたいって思う。のそばにいたいって思う。
彼を大切に思うから……。だから帝都には帰りません。
岳羽さんにどんな酷いこと言われようと、岳羽さんにどんなに嫌われようと、
私は…………彼のそばにいたい。もぅ、離れたくない。」

「………さん。」

が大切だという彼女に、ゆかりは何といえばいいか分からなかった。
言葉が見つからずにそのまま黙っていると、ふいにが振り返る。

「岳羽さんはのことが好きなんでしょ?
だったら……岳羽さんもを守ってあげてください。
いつか、岳羽さんの想い、に届くかもしれません……!!!」

最後にニコリと笑う。

「岳羽……?それにもっ!!!」

名前を呼ばれてゆかりははっとする。
彼女たちの名前を呼んだのは、美鶴だった。
他のメンバーも全員揃っている。

「美鶴さんっ!!!それに順平さんもっ!!!みんな無事でよかった!!!」

みんなの元へ、が走っていく。
ケルベロスもそのあとに続くと、真田に飛び掛り顔をぺろぺろと顔を舐め始めた。
真田の抗議の声が聞こえる。
ふっと、ゆかりは表情を和らげた。

『彼を守りたいって……つまり、さんとはライバルってことよね?』

のそばで笑っている。

『いつか私の想い、彼に届ける。彼に振り向いてもらう。
さん、あなたとは正々堂々勝負することにするよ。』

そうしないと、彼のそばにはいられないような気がした。
がどんなにのことを好きでいても、
二人がどんなに相手のことを想いやっていても、
ゆかりは自分にできる精一杯のことをやって、彼に振り向いてもらえるように努力することにした。

「そうだ……。さっきのこと、さんに謝ろっと。」

小さくつぶやくと、ゆかりはみんなの元へと走っていった。
しかし、ゆかりのすがすがしい気持ちと反対に、はずっと考えていた。

自分にとっての『』は、どういう存在なのか。

または、自分のことをどう思っているのか……。

笑う彼の横顔を、見つめることしかできなかった……。