晴れ渡った空の下、屋上では涼しい風が吹いていた。
の頬をなでる風はどこか夏のにおいがして、彼女は夏の訪れを実感していた。
ゆかりとのことがあっての一週間後。
は最近、とうまく話せなくなっていた。
原因は分かっている。
がにとってどういう存在なのか……それだった。
何回かに直接訊いてみようと思い、彼の部屋を訪れるが、どうしても話が切り出せない。
心配したは「どうしたのか?」と不思議そうに顔を見るが、いつも笑ってごまかしてしまう。
もし、自分がにとって邪魔な存在だといわれたら……。
考えただけでも身震いがした。
はにとって、一番大切な、かけがえのない存在だったから。
自分の命を投げ出してでも守りたい存在。
きっと彼にそういったら、怒られるのだろうと、彼女は少し唇をほころばせる。
風が再び、の髪を揺らした。
そのままひんやりするコンクリートの壁に、ゆっくりと体をあずける。
自分の体温が、コンクリートにさらわれていく。
「冷たくて気持ちいい………。」
は静かに目を閉じた。
「……?いるのか……?」
ガチャリと、は屋上のドアを開ける。
6時間目を終え、は屋上へと足を向けた。
さっきの時間、が授業に来なかった。
国語の時間で、鳥海先生には「は保健室にいる。」という言い訳をした。
鳥海先生もあまり深く追求しないタイプなので、ことは簡単に収まった。
これが古文の江古田とかだったら厄介だ。
ドアを開けた瞬間、夕方の少し冷たい風が吹き込んできた。
空には大きな夕日。真っ赤に染まった空。
そしてまた夜がくる……。
は目を細めて夕日を見た。
そのとき視界に入る、とても細い足と女子の制服。
首を横に向ければ、それは捜し求めていたの姿。
「、こんなところで何して………」
彼女の近くでゆっくりとしゃがむと、は頬を緩ませた。
すーすーと、彼女は気持ちよさそうに眠っていた。
は軽く彼女の前髪に触れる。
実はすごく心配していたのだ。
は最近が少しおかしいことに気付いていた。
話しかけても言葉につまり、視線もあわせようとしない。
前みたいにそばに寄っても、手を握っても、は逃げるようにから離れていく。
そして、学校でも遠くから見ていれば顔は俯き加減。
笑顔も前と比べると減っているのは明らか……。
「一体、何があったんだ?……。」
は苦しそうに顔をゆがめ、彼女の髪にそっと触ろうとした瞬間、
「ねぇ。私、苦しいよ。私はにとってどんな存在?」
ピクリと手が止まる。
はそのまま、何事もなかったようにスースーと寝息を立てる。
どうやら寝言のようだ。
でもにとって、その言葉は大きいものだった。
「………俺にとっての、の存在?」
そのまま静かに手を引っ込める。
どさりと、片ひざを立て、はの横に座った。
運動場から運動部の元気な声が響き渡っている。
今頃、剣道部では宮本たちが練習に汗を流しているころだろう……。
でもそんなこと、今のにはどうでもいいことだった。
くしゃりと前髪を触ると、ふいにあの夢が蘇ってきた。
自分がペルソナ能力を得る少し前に見た、あの夢。
『もし世界が終わるとしたら、キミが最後に会いたい人物は誰?』
。
キミに会いたかった。
この手で、抱きしめたかった。
この唇で、もう一度、キミの名前を呼びたかった。
もう、キミなしでは………。
たとえ世界が終わっても、キミだけは離さない。
離れたくない。
はそっと、の白い手を握った。
決して、この手を離してはいけないと、心に誓いながら……。
が目を開けると、の微笑む顔があった。
暖かい感触がして、自分の手を見ると、しっかりと手がつながれている。
慌てて離そうとするが、がますます力をこめるので手を離すことは不可能だった。
「ちょ、………離して。」
「だめ。」
困っているに、は楽しそうに即答した。
続けて言葉を紡ぐ。
「は俺にとって、絶対に必要で、絶対に失いたくない存在だから……だから手は離せない。」
「え………?」
不意をつかれ、は言葉に詰まった。
ずっとずっと、聞きたかった答え。
どうしてが、私の求めていたものを知っているのだろう?
そんな考えはなかった。
そう考える前に、の言葉が嬉しくて仕方ない。
はの手を離し立ち上がると、ゆっくりと彼女に手を差し出した。
「ずっと、俺のそばにいてくれますか?」
「………はい。」
はの暖かい手に、己の手を重ねた。
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