「ちょっと待って!!!まだリボン結んでないって………。」

「………鞄、持っててやるから早く結べ。」

「分かった、有難う……ってちょっと、腕引っ張って歩かないで。
リボンが結べないじゃない。」

「やっぱり結ばなくていい。俺が学校で結んでやるから。剣道部の朝練習あるんだ。
早くしないと間に合わない。宮本に怒鳴られる。朝っぱらからそれは勘弁だな………。」

「それじゃあ一人で行けばいいじゃないの。私はふーちゃんと行くか………」

「駄目だ。」

「え、ちょっと………何で?ってば!!!」

バタン………。

巌戸台寮の扉が虚しく閉じる音を立てる。
ドアが閉じると同時に小さくなる男女の声。の声だった。
真田をはじめ、美鶴やゆかり、風花、順平がポカンと今日の朝の光景を黙ってみていた。
順平は食パンにかじりついたままつぶやいた。

「あいつら、最近しゃべってなかったから喧嘩してるんかと思ってたけど、
いつの間に仲直りしたんだ?」

「最近じゃないのー?」

興味なさそうにゆかりがコーヒーをすする。

「全く、朝から騒がしい連中だな。もっとも、
昔シンジとが一緒だった時は喧嘩ばっかりでうるさくてたまらなかったがな………。」

「………あぁ、そうだったな。」

真田がパンにバターを塗りながら苦笑した。
懐かしいことを思い出すように美鶴も目を細めた。
『シンジ』という名前に過敏に反応したのはゆかりと順平の二人。
この前不良グループに囲まれた時、とゆかりと順平の3人を助けてくれた人物だった。

「え、真田先輩、シンジって荒垣先輩のことっすよね?」

「………いいからとっととメシを食え。遅刻するぞ?」

彼に話しかけた順平は、手にコーヒーの入ったマグカップを握らされる。
そのまま無言で食パンをほおばる真田と、新聞を読みながら紅茶をすする美鶴の二人を、
ゆかりと風花はぼうっと見ていた……。






「よぅ!!!ってか、さんも一緒なのか。お前ら仲いいな。」

二人が校門へと急ぐと、ちょうど宮本と剣道部のマネージャーである西脇結子に会う。
軽く片手を上げては二人に挨拶した。
もにっこりと笑って「おはよう。」と言う。

「にしても、君がそこまでさんラブだったとはなぁ〜。」

四人で並んで校門をくぐる。
不意に結子が感心したようにの顔を見てつぶやいた。
宮本はそういうのになれてないようなので顔を真っ赤にして結子に突っ込みを入れる。

「おまっ……何言ってんだよ結子!!!」

「えー、だってそうでしょ?今まで君女の子に興味なさそうだったのに、
さんが来た瞬間べったりだもん。」

その言葉にが苦笑する。
そのまま隣を歩くを見上げた。
彼女より少し背の高い
二人のやりとりを楽しそうに見ている彼。

は昨日の放課後、がいった言葉を思い出した。

『ずっと、俺のそばにいてくれますか………?』

そして返事とともに握った暖かい彼の手。
自分の手をそっと見つめ、
唇をほころばせると宮本と結子に気付かれないようにの手と自分の手をゆっくりと絡めた。
が驚きつつをほうを見るが、やんわりと微笑む。
そのままきつく、の手が包み込まれた。

「そうだ!!!さん、これから剣道部の朝練見にこない?
君の胴着姿かっこいーんだよ!!!それに女の子って私一人だけなんだ。ねぇ、どう?」

「結子〜!!!お前なぁ!!!……あー、でも結子以外に女子マネってやっぱ欲しいよなぁ。」

空を仰いで宮本がいった。
は一瞬の顔を見るが、も「来たらいい」という目つきをしている。
苦笑しながらはつぶやいた。

「じゃあお言葉に甘えて……お邪魔させてもらおうかな。
せっかくに付き合って早く学校に来たんだし。」

「おおおお!!!じゃあこれから道場行こうぜ!!!
そうだ、もしよかったら剣道の初歩を教えてやるよっ!!!」

「何馬鹿言ってんの?」

意気揚々とガッツポーズをする宮本の頭を結子がおもいっきり叩く。
見ていたが苦笑するが、ふいに小さく聞こえたの声にはっとした。

「剣道………か。懐かしい、葛葉の里で教わったっけ。」









夏が近いとはいえ、朝の剣道場はひんやりしていた。
各自練習相手を見つけては竹刀を握り、汗を流していく。
はぼうっとその光景を見ていた。

が先輩達や宮本を次々と破っていく。
そのたびに隣にいる結子が喜びの声を上げた。

「きゃー、君強くなったじゃないの!!!これなら他校の剣道部エース、早瀬にも勝てるかも!!!」

「早瀬……?」

聞きなれない名前をがつぶやいた。
気付いた結子がの隣に座って、早瀬について語りだす。

「早瀬っていうのはね、他校の剣道部のエースでいつも夏の大会に優勝してるの。
もうその実力は大人以上だって言われてて、めちゃめっちゃ強いったらありゃしないのよ。
で、私達は毎年『打倒・早瀬!!!』を目標にしてるってわけっ!!!」

「そうなんだ。そんなに強いんだ……。」

どんな人物だろうと、唇の端を上げては想像した。

剣道の手合わせはこれまで何度かしたことがあった。
最初は葛葉の里で剣道を教えてくれた自分の師匠。
その次は十六代目の葛葉ライドウ……。二人とも強かった。

しかしそれ以上にも強い相手がいた。

前の帝都守護者である十五代目・葛葉ライドウ……。彼の動きには無駄がない。
あの時は一回竹刀を交えて、体で感じた。
絶対に勝てない……と。
そして………………。

は遠くから生徒の稽古を見ている一人の人物を見た。
優しそうな顔をして、一見穏やかそうな老人に見えるが、には一瞬で分かった。

デビルサマナー………。

彼の周りの雰囲気が悪魔に近い。
結子の話だと週1回、朝練の稽古を見に来ている剣道の先生だという。
じっと彼の姿を見ていると、剣道部の顧問がパンパンと手をたたく。
どうやら練習は終わりなのだろう。
その音が合図となり部員が道具の片付けと掃除を始めた。

二人で話し合っている顧問と老人が話し終わるのを見計らって、
はすくっと立つと、その人物のそばにより、そのまま正座して小声で挨拶した。

「あの、お願いがあるのですが………。私と一つ勝負していただけませんか?」

その言葉に老人が大きく目を見開く。

「あなたは………?」

……と申します。」

一礼してからは老人の目を見た。

突然のの行動に、周りの部員たちはあっけに取られている。
にもが何を考えているのか分からなかった。
そんな中で顧問の先生や宮本、結子がを止めに入ったが、高らかな笑いに制止された。
声の主は老人だった。
彼はひとしきり笑うと、いたずらっぽく笑って言う。

「………なるほどな。私のこの腕を見たいか。」

「はい。ぜひとも。」

も何かたくらんでいそうにニヤリと笑った。
彼はおもむろに立ち上がると、竹刀を2本持ってきて1本をに渡す。
そのまま二人は竹刀を構えた。

シンと、その場が静まりかえる。
二人とも防具をつけていない。

「ちょっ………結子が『見に来れば』なんていったせいだろ、これ!!!」

「えっ、ミヤも乗る気だったじゃないの!!!てか君、止めなくていいの!?」

結子にたずねられても、は動けなかった。
何かをが考えていそうで、止めてはいけない……そう思ったから。
それ以前に、二人の間に流れる空気が異常なものだった。
誰も寄り付けない、入って行けないような空気。
この嫌な空気は………。
の頭にケルベロスの姿が浮かんだ。
そう、この雰囲気………悪魔のような雰囲気。

先に動いたのはだった。
老人に攻撃をしかけるが、あっさりとかわされてしまう。

『はやいっ………!!!』

体制を立て直しつつもは彼の攻撃を止める。
周りから息を呑むような声がした。
は剣道がうまい。当たり前だ、そうしないと自分が悪魔に殺されるから。

……うまくないか?剣道。どこで学んだんだよ。」

「っていうか、あれってどこの構え?見たことないんだけど……。」

宮本と結子の会話を、は静かに聞いていた。
の剣道は葛葉の里のものだ。
そんじょそこらの学生が習得するにはあまりにも難しすぎる。

一方、の攻撃をよけた老人もこう思う。

『…………腕を上げたか?』

しかし老人はそう思いつつも余裕ありげに笑った。
次の瞬間、目にも止まらぬはやさでの竹刀が飛ばされた。
「あっ………!!!」と見ていたみんなが声を上げる。
もピクンと体を反応させたが、彼の竹刀を喉元に突きつけられたのが分かると、
そのまま動かなかった。

「参りました。」

凛とした声が道場内に響く。
その声で、老人は竹刀を下ろした。
そのままゆっくりとに背を向けて言った。

「腕を上げたようだな、。」

「えぇ………。あなたがいなくなった間に、十六代目が相手をしてくれましたから。」

「………そうか。」

それだけ言うと老人は道場を出て行った。
も振り返りにっこりと笑うと竹刀を置いて彼のあとを追った。
みんなが呆然とする中で、剣道部の部長が思い出したように声を上げた。

「………思い出した彼女!!!どっかで見たと思ってたんだけど、
あの子帝都の剣道ジュニア大会で優勝した子だよ確か。
その優勝と同時に剣道界から姿を消したって言われてたけど………。」

「え、が……?」

宮本と結子が顔を見合わせる。
はハッとして鞄を手にとり慌ててのあとを追った。
宮本と結子の声には振り向きもせずに………。

























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