教えてやろう、私がどうしてをブリタニアから奪ってまで連れてきたかを。

がどうやって、この世界に生まれてきたかを………。

C.C.はそのまま静かに瞳を落として話し始める。

発端は、C.C.がブリタニアの研究施設にいたことだった。
人間たちはC.C.の不老不死を探ろうと、さまざまな実験をC.C.に繰り返した。
玉のような肌に傷をつけても、その傷はすぐに治ってしまう。
どうやってもC.C.は死ななかった。
そんな中で生まれた計画が、C.C.の細胞を使ったクローン体。
この実験が成功すれば、かなりの功績だと、研究者たちは意気込んだ。

計画は思いのほか、着々と進んだ。
C.C.の細胞を使ったクローン体は、最初は小さなものだった。
試験管に入れられ、成長を続けた。
だんだん人間の姿となり、クローン体は今度は水の入った水槽へと移される。
その頃から、彼女は研究者たちから『クイーン』という名を与えられた。
クイーンは水槽に移されて数日後、この世界に目覚めることとなる。
C.C.はそれを、哀れな目で見ていた。毎日、毎日。
自分の細胞から生まれたもう一人の自分。

彼女が目覚めて、研究者たちからは歓声が上がる。
クイーンは完璧な少女だった。
C.C.のように反抗することもなく、素直に研究員に従った。
しかも彼女は故意に遺伝子を操作されていたため、強大な力をも持ち合わせていた。
人間の言葉でいうなら、『超能力』と呼ばれる力………。

クイーンは、毎日研究員による実験をこなし、そしてしゃべることもなく水槽の中で眠りにつく。
彼女は人の言葉を覚えることもなく、自分の意思を伝えることもなかった。痛みも、苦しみも………。
もしこの施設を出て、自由になることがあったら、ブリタニアから彼女を奪い返す。
C.C.は毎日そう思い、水槽を見つめていた。それが彼女の誓いだった。
C.C.はもともと人間だったから、ちゃんと知っている。
苦しむということも、喜びも、悲しみも。
クイーンは人間として生まれてこなかった。
実験体としてのクイーン。C.C.は彼女を人間にしたかったのだ。
苦しみも喜びも、悲しみも理解できる人間に………。だから彼女は………。

「つまり、クイーンというあの少女は、いずれブリタニアの生物兵器になるわけだったのか?
命令に忠実で、苦しみも痛みも感じない、人間を超えた力を持った生物。」

「だろうな………。
ニュースでブリタニアがあまり焦ってなかったのを見ると、一部の人間しか知らないらしいな。
それもそうか。ほとんど違法な計画だ。
ブリタニアの中にも、この計画を知っている人間は限られてくるだろう。
私はそんな汚らわしい人間に、自分のクローンであり、子どものような存在であるを渡したくない。
ルルーシュ、私はを………人間にしたいんだ。人間の都合で生み出された
彼女は本来、人間であるべきなんだ。
だから私は『』という、人間の名前をつけた。」

C.C.の真剣な眼差しを見て、ルルーシュは深く考え込む。
もしも彼女の話が本当なら、人間を超えた力を持つ彼女がブリタニアに使われるのは脅威だ。
今後、黒の騎士団としての活動の障害になりかねない。
それに……………。ルルーシュは、先ほどの彼女の瞳を思い出した。
彼女の瞳はとても澄んでいた。まるで、穢れのない子どものような瞳………。
ブリタニアに渡してしまうのは、かわいそうに思えて仕方なかった。

ルルーシュは深くため息をついて、席を立つ。
そのままC.C.の横を抜け、二階の自室へと行く。
彼女はまだ、ルルーシュのベッドの上に、ちょこんと座っていた。
C.C.のお気に入りのぬいぐるみ、『チーズ君』を抱きしめたまま、そばに来たルルーシュを見上げる。

「C.C.からお前のことは聞いた。………というらしいな。
俺はルルーシュだ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
だが今はルルーシュ・ランペルージと名乗っている。」

彼女はルルーシュの瞳を見つめたまま、何も答えなかった。
言葉が理解できないのか?と疑問に思うルルーシュ。だけど、そうでもなかった。
が一瞬だけ、ちらりとC.C.のほうを見てから、右手を動かした。手話みたいな動きだった。
C.C.はそれを見て、小さく頷き答える。

「ああ。ルルーシュと呼べばいい。
ルルーシュはいい奴だ。少し神経質なところがあるがな。」

それを聞き、は再び視線をルルーシュへと戻す。
一体二人の間に何が起こったのか分からず、ルルーシュはじろりとC.C.を見た。
彼女は肩をすくめてから彼に伝える。

はあまり言葉を持たない。今のは彼女なりの言葉だ。
はお前を敵じゃないと判断した。
どうやらこの短時間で、はルルーシュの思考を読み取ったみたいだ。
はマオのように、他人の思考を読み取る能力を持つ。
お前も男だからな。彼女の前では行き過ぎたことを考えるなよ?たちまち嫌われる………。」

にやりとC.C.は意味ありげに笑う。
ルルーシュはその意味を理解し、怒りの声を上げた。
その瞬間、びくりとが怯えたため、彼は慌ててに謝った。
はそれを理解したのか、チーズ君を抱きしめたまま、ルルーシュに向かって小さく頷く。
そんな彼女が、少し可愛く見えた。

「それじゃルルーシュ。お前はしばらくの子守を頼む。
私はこれから買い物に出かけるよ。が苦労しないように、服とかいろいろ買ってくる。
私が不在の間、にへんなことしたらただじゃおかないからな。」

ドア付近にいたC.C.は、そのままヒラヒラと手を振って消え去った。
「おいっ!!!」とルルーシュは去っていく背中に抗議の声を送ったが、C.C.はそれを無視する。
緑色の髪をなびかせ、彼の前から姿を消してしまった。
仕方ないと思ったルルーシュは、静かに自室へと入っていく。
C.C.と同じ琥珀の瞳が、ルルーシュをじっと見ていた。

(C.C.のクローン………か。また面倒くさいものを作ってくれたな、ブリタニアは。
確かに見た目はC.C.そっくりだ。クローンということは、彼女もギアスを?)

しばらくじっと考えて、彼女を見る。
やけに細い腕が目についた。肌も真っ白。

(細い腕だな………。肌も普通の人より白すぎる。)

ふいっと視線をそらした。
そんなルルーシュを見て、彼女の真一文字に結ばれた唇が少しだけ開きかける。
は何を思ったのか、考えごとをするルルーシュを見つめて、チーズ君から手を離した。
そのままするするとベッドから下り、いきなりルルーシュに飛びついた。

「のわっっっ!!!」

予想外なことだったので、ルルーシュは彼女を抱きこむ形で床に倒れた。
背中を打ちつける。痛みにルルーシュは瞳をつぶった。
自分の上でもそりと何かが動く。そっと彼は目を開けた。
視界に入ったのは、の近づいた顔。ルルーシュは言葉を失う。
琥珀の瞳が、彼をじっと覗き込んでいた。
彼女の整った顔がすぐ近くにあり、ルルーシュはすぐに真っ赤になった。
黒く長い髪が彼の頬をくすぐっていく。

「おいっ、お前…………っ!!!何をしている、早くどけ!!!」

ルルーシュが恥ずかしさのあまり、荒々しい声を上げた。
しかしは全くどこうとしない。
「早く………」とルルーシュが言葉を口にした時、は彼に向かってにっこり笑った。
そして、初めて言葉を言った。

「ひとみ、きれい……………」

「えっ……………?」

ルルーシュが疑問の声を上げたときにはもう、は彼の上からどいていた。
彼女はベッドの上にあったチーズ君を掴むと、バタバタと走っていった。
しばらくぽかんと、が出て行ったほうを見るルルーシュ。
にっこり笑った彼女は、とても可愛らしかった。ナナリーのように。
そう考えて、ハッとするルルーシュ。
そうだ、今は考えてる時じゃない、走っていったを追いかけなければ!!!
彼はそう思い、急いで立ち上がる。
の姿を追いかけ、彼は一回のバスルームで彼女を見つけた。
の姿を見て、ルルーシュは驚いて声を荒げる。

「何やってるんだっ!!!」

彼女はワイシャツのまま、嬉しそうにシャワーをあびていた。
ボトボトと降り注ぐ水は、の全身を濡らしている。
「風邪をひくだろうっ!?」と叫んで、ルルーシュは彼女を引っ張った。

「やっ………!!!」

「せめて服を脱げっ!!!」

ルルーシュがそう怒鳴るが、はルルーシュを振り払って、また水を浴びる。
水を浴びる彼女はどこか安心したような顔をしていた。

っ!!!」

イライラしてルルーシュはまた怒鳴る。しかし意味がなかった。
そのうちはペタリとタイルに座り込み、頭から水をかぶる。
ルルーシュのワイシャツが肌に張り付いていた。
その場所から動こうとしないを見て、彼は頭をかかえる。
リビングまでふらふらと歩き、疲れたようにドサリとソファに座った。
C.C.がいないと、彼女の扱い方が全く分からない。
はぁ………とため息をついた時、人の気配がしてルルーシュは瞳を上げた。
びっしょり濡れたが立っていた。
ポタリポタリと髪から雫が落ちていく。

っ……………」

怒った顔でルルーシュがに声をかけると、は濡れた体でルルーシュの膝に乗る。
彼女はそのまま、ルルーシュの胸に頭をあずけて瞳を閉じた。

「……………!!!」

じわりじわりと、彼の服が水をすって濡れていく。
ルルーシュは固まって動けなくなった。
適度な重みのが、「ん………」と気持ちよさそうに声を上げた。
眠る彼女の顔を覗き込むと、天使のような寝顔をしていて………。
どう対処していいか分からないルルーシュは、を膝に乗せたまま動けなかった。

1時間後…………。
たくさんの袋を抱えたC.C.が、部屋の中に入ってくる。

「おいルルーシュ、手伝え。荷物が重いん――――――――

そう言いかけて、C.C.は言葉を失う。
膝にを乗せた状態のルルーシュを見て、彼女の瞳は剣のように鋭くなった。
低い声で「ルルーシュ、お前………」と呟く。
慌ててルルーシュはC.C.に事の成り行きを説明した。








「水が好きなのは多分、育った環境のせいだろう。
彼女は眠る時、必ず液体の入った水槽で眠っていたからな。」

C.C.は眠ってしまったを抱いて、静かに言った。
あのあとは、C.C.が買ってきた服に着替えさせられ、そのままC.C.の腕の中で眠っている。
濡れた服を着替えたルルーシュは、そっとの顔をうかがった。
さっきと同じように、天使のような顔で眠っている。

「だからと言って、あんな無茶苦茶をされては俺が困る。
が濡れたまま歩き回ったせいで、部屋中が水だらけだ。
まったく…………子供か!?コイツは!!!」

ルルーシュが怒りを含んだ声でそう告げると、C.C.はふっと悲しそうな顔をした。

「………ああ、はまだ子供だ。
年齢はお前と同じ18歳だが、精神は幼いんだよ。
だからルルーシュ、お前がの面倒をみてやって欲しい。」

「なんで俺がっ!!!お前が勝手につれてきたんだろう?C.C.。」

ぷいっとルルーシュは顔をそらした。
黒の騎士団やナナリーのこと、スザクのことだってあるのに、これ以上頭を悩ませることはできない。
にさく時間なんてないのだ。
だから…………

「だから、お前が面倒みれば…………」

そういいかけ、その場を離れようとした時、くいっと引っ張る何かがあった。
ルルーシュは言葉を忘れ、ひっぱられたほうを見る。
が行かないでというように、服をひっぱりぎゅっと握っていた。

「やだ…………。」

眠っているはずなのに、まるでルルーシュが去っていくのが分かっているように呟く。
ふと視線を上げれば、C.C.が笑った。

「ほらな、お前じゃないとダメなんだよ。
ゼロとして忙しいのは分かっている。だけど………お前が適任なんだ。」

彼女の言葉を聞き、はぁと静かにため息をつく。
ルルーシュは決心したように呟いた。

「分かったよ。俺が面倒をみればいいんだろ?」

その日から、ルルーシュの運命は変わっていくことになるのだった。











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