「で、兄さん。あの子は誰なの?」
不安そうな顔をしながら、ロロはソファに眠る少女を指差した。
ルルーシュはキッチンに立って、食事の準備をしている。
イスに座ったC.C.が、彼の代わりに呑気に答えた。
「だ。今日からここでお前達と一緒に住む。」
「………なんでそう勝手なんですか!!!
僕は、どういう経緯であの子と知り合って、どんな理由で一緒に住むのかとも聞きたいですね!!!
説明もなしに、勝手に紹介されて一緒に住むなん………」
「やめろロロ!!!今大声出すとあいつがっ………!!!」
「ふ、ふわああああああーんっ!!!」
今までスヤスヤと眠っていた少女が、急に大声で泣き始めた。
紅茶のカップを持ち上げたC.C.が、一言「ルルーシュのほうがうるさい」と告げ、じろりと瞳で彼を促した。
舌打ちをしたルルーシュが、手を洗って急いでのところへ向かう。
「悪かった。俺を許してくれ。お前を怒鳴ったわけじゃないんだ。」
まるで子供をあやすかのようにを抱き寄せて、頭を撫でる。
泣き声はやんだものの、彼女はまだ小さくぐずっている。
少女がルルーシュの服の裾をぎゅっと掴んでいるのを見て、ロロは唇を噛んだ。
「何だロロ?大事な兄さんをとられてご機嫌ナナメか?」
声をするほうに視線を向けると、C.C.がカップを持ったまま怪しく笑っている。
まるでロロの心の中を見透かしているような感じ。
本当に彼女は魔女だ……とロロが思ったとき、ルルーシュが台所に帰ってきた。
顔には疲労が浮かんでいる。そのままほっとけば、ルルーシュが倒れてしまいそうに思えてくる。
ロロはすぐに鞄をイスの上に置いたあと、ルルーシュの横に立つ。
手を洗ってから、かけてあったエプロンを身につけた。
「兄さん、今日は僕が食事の準備するから。兄さん、今すごく疲れた顔をしてるよ?」
「そうか……?けど、休んでられない。に、何か食わせないと。」
包丁を握って料理していくルルーシュを見て、ロロは少しムッとした。
自分としては、兄を気遣っての言動だったのに、本人はのことを考えている。
どうやって知り合ったかも分からない、正体不明の泣き叫ぶだけの少女のことを……。
それがロロには気に食わなかった。
ルルーシュにロロが言い返そうとしたとき、ルルーシュの低いうめき声が響く。
「…………っつ!!!」
「兄さんっ!?」
包丁がまな板の上にガチャンと放られる。そこにポタポタと血が滴り落ちた。
人差し指を押さえたルルーシュが、痛みに顔をゆがめている。
慌ててロロはルルーシュの指を手に取って叫んだ。
「ほらっ!!!兄さんは疲れてるんだよっ!!!いつも手なんて切らないでしょ!?
ああっ、早く手当てしないと兄さんの指にばい菌が入っちゃう!!!」
傷は結構深い。昨日磨いだばっかりの包丁だったから、深く切れたんだろうなとロロは思った。
薬を取りに行こうとしたとき、彼らの後ろに立った人物に2人とも小さく声を上げる。
ヒラヒラのレースがついた赤いワンピースを着たが、片手にチーズ君を持って立っていたのだ。
視線は不思議そうに、ルルーシュの指へと注がれている。
C.C.も、横目でこの光景を見ていた。
「どうした?。」
ルルーシュが優しく尋ねるが、彼女は何も答えない。
無言を保ったまま、血が滲む彼の指をじっと見ているだけ。
ロロがを避けて薬を取りに向かった時、パッとはルルーシュの怪我をした手を掴んだ。
驚いたルルーシュは瞳を大きく開く。
はルルーシュの傷口を口元まで持ってくると、彼の傷を舐め始めたのだ。
まるで動物が傷を癒すように。温かく、湿り気を帯びた舌がルルーシュの指を這う。
「っ!!!やめろっ!!!何してるんだっ!!!」
「にっ、兄さんの手を放せっ!!!」
兄弟たちが同時に叫んだ時、C.C.の静かな声が響きわたった。
「ルルーシュ、ロロ、大丈夫だ。」
C.C.が言葉を言い終わるころ、ルルーシュの手が開放される。
彼は慌てて手を引っ込めた。すぐにに舐められたところを見て、眉をひそめる。
そんな彼に、ロロは困った顔を浮かべていた。
何も言わないルルーシュ。どうしてを怒らないんだろうと思ったとき、彼が一言呟いた。
「まさか……そんな……。傷が……ふさがっている。」
「え…………?」
その言葉が信じられなくて、ロロも彼の指を覗き込んだ。
ルルーシュの言うとおり、傷は綺麗にふさがり、跡形もなかった。彼のいつもの綺麗な白い手。
2人して慌ててに視線を向けると、彼女はじっと2人を見ていた。
そして一瞬だけ、首をかしげる。まるで意味が分かっていないように。
彼女の言いたいことが分からなくて、ルルーシュはC.C.に視線を向けた。
「多分、は不思議に思っているんだろう。傷を治したことに対して、お前達が驚いているから。」
「驚かないほうがおかしい。舐めただけで傷が治るなんて………」
スッと、ルルーシュが自分の指に触れる。
痛みもなく、ただ先ほどが舐めた唾液だけがわずかに残っていた。
少しだけ笑ったC.C.が、言い聞かせるように言った。
「だから、さっき言っただろう?は人間を超えた力を持っているんだと。
は『クイーン』だったんだからな。彼女は今まで、実験でついた傷は、そうやって治してきたんだ。
彼女にとって、舐めて傷を治す行為は当たり前のことなんだよ。」
まるで犬みたいだと、ロロは心の中で思った。
はそろそろとルルーシュに近づいていき、ぎゅっと手を握った。
何か言いたそうな琥珀の瞳が彼を見上げている。
けれどもその手はすぐ解放されて、は二階へと走って行ってしまった。
唖然としていたルルーシュに、C.C.がクスリと笑う。
「何がおかしい、C.C.。」
「いや、別に……。ただ、がお前のことを心配したみたいだったんでね。
こんなこと初めてだな。彼女が自分以外の誰かを気にかけるなんて………。
なるほど。懐かれたな、ルルーシュ。それよりも傷が治ったのなら、早く食事を作ったらどうだ?
に何か食べさせないと、倒れるんじゃないのか?何しろ、何日も食べ物を口にしてないみたいだからな。」
「えっ………?」
ルルーシュの代わりに、ロロが声を上げる。
確かに彼女はほっそりしていた。肌も普通の人より白くて………。
ムスっとしたルルーシュが、彼女に背を向けて、再び包丁を持った。
そんな兄に声をかけると、彼は一言呟く。
「いい。これは俺の仕事なんだ、ロロ。お前は二階にでも行って、早く着替えろ。」
その言葉に、彼は素直に従った。
二階に上がろうとすると、階段の一番上にが座ってロロを見ていた。
チーズ君が彼女の胸に抱かれて、少し潰れている。
ロロが怪訝な顔をして階段を登りかけたとき、小さな声が聞こえてきた。
「私、。あなた、ロロ。ルルーシュ、ロロって、呼んでた。」
しばらく沈黙が続く。ロロは何も答えない。
ただ鋭い瞳で彼女を見ているだけだった。不意に彼女の表情が細められる。
「一緒。瞳の色、ルルーシュと一緒。けど、違う。ロロ、あそこの人たちと、同じ瞳。」
ふわりと立ち上がって、彼女はかけていった。
パタンと上のほうから扉の閉まる音がして、がどこかの部屋に入ったのだということが分かった。
あそこの人たちと、同じ瞳………?
言葉の意味が分からなくて、そっと、小さく息を吐き出す。
「あそこって、一体どこなんだよ。」
吐き捨てるように呟くと同時に、高い声が重なった。
「のいた研究施設のことだ。」
「C.C.………。」
彼の後ろに、いつの間にか緑の髪を持つ少女が立っていた。
腕を組んで壁に体を預けている。いつもより真剣な表情で、彼は少し戸惑った。
そして、とある事に気付く。
琥珀の瞳。白い肌。華奢な体。そして長い髪。
まじまじとC.C.を見ていると、不意に彼女が笑った。
「似てるだろう?私とは。
ルルーシュにもさっき説明したのだが、は私のクローンだ。
もっとも、は最初から人間だったのではなく、人の手で作られた生物だ。
試験管の中で生まれ、水槽の中で育った。遺伝子を操作され、力を授けられた生物兵器。
研究施設では『クイーン』という名前を付けられ、人間としての生活はしていなかった。
お前はさっき、どんな理由で一緒に住むのかと聞いたな?
理由は………彼女を人間にしたい。喜び、悲しみ、怒り……ちゃんと感情を持った人間にな。
幸いにも、はルルーシュに懐いた。ロロ、お前も手伝ってほしい。」
C.C.が体を起こし、少しだけロロに頭を下げた。
信じられなかった。いつも傲慢な性格をしている彼女が、自分に頭を下げるなど……。
戸惑ったロロは、答えるしかなかった。
「そこまで言うなら………。それに、兄さんも承知してるみたいですし。
けど、僕は完全に彼女を認めたわけじゃないですからね。」
強くそう言うと、くるりと背を向ける。
その背中を見て、C.C.は穏やかに笑った。
「ありがとう」と言葉をかけたとき、二階からドサリと何かが倒れる音がする。
一瞬足を止めたロロは、C.C.を振り返ったあと、すぐに階段を登る。
彼女もすぐにロロを追いかけた。
半開きのルルーシュの部屋のドア。
部屋の床の上で、黒い髪をうち広げた彼女。チーズ君がそばに転がっている。
青ざめた顔のC.C.と、厳しい表情のロロ。
「し、しっかりして!!!」
ロロは慌てて倒れた彼女の体を抱き起こす。
妙に軽い。それに瞳を開いて、小刻みに震えている。
しっかり体を抱くと、ぎゅっとがロロのワイシャツを掴んで、何かに耐えるようにする。
次第に呼吸が荒くなっていく。
「C.C.っ!!!彼女、どうしたの!?これは一体!?」
「おそらく発作だ。
突然環境の変わったところにつれてきたせいで、力のバランスが壊れたんだろう。
とにかく安静に………そうだ、水だっ!!!」
C.C.がロロから彼女を奪うようにする。
を抱きかかえて、慌てて下に下りていった。
「僕は何をすれば!?」と叫んだが、C.C.の言葉は返ってこない。
かわりにすぐに下の階が騒がしくなった。ルルーシュのを呼ぶ声がする。
それと同時に、の叫び声と、C.C.の慌てた声も。
ロロはそっと、床に転がったチーズ君を拾った。
ロロと彼女
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