毛利元就が娶った女子は、有力な家柄の姫ではなかった。 小さくて、ボロボロの屋敷に住んでいる一族の娘。 それが彼の娶った女子。名前をという。 は他の姫たちよりもきらびやかではなかった。 着飾っている姫たちの中に、ぽつんと地味な着物を着た彼女がいた。 そしていつも噂される。 「見て。様のところの姫よ。 いつもあんな地味な着物を着て……。もっと着飾ればいいのにね。」 「仕方ないわ。あそこのお屋敷ボロボロだし、着物を買うお金もないのよ。」 そんなことを言われても、は胸をはっていた。 その光景はまるで、戦場に咲く一輪のゆりの花……。 そんな彼女に興味を持ったのが毛利元就だった。 「そなたはなぜ、他の女子たちのようにきらびやかな着物を着ない?」 ある時、の当主と一緒に高松城を訪れていた彼女に、元就が言った。 彼女は手をついて下を向いていたが、元就の質問にスッと顔を上げた。 意志の強そうな瞳が彼を捕らえる。綺麗だった。彼女の何もかもが……。 地味な着物を着ていようと、という存在に引き付けられる元就がいた。 「我ら君主が贅沢をすれば、の土地に住まう民の生活は苦しくなります。 我らは民の税で生活している身でございます。 どうして民の税を使い、贅沢することができましょう?」 最後に彼女が笑った。とてもとても柔らかく……。 元就が開いていた扇をパチンと閉じる。 そのままの隣に座る家当主へと視線を移し言った。 「……、突然だがそなたの娘、我の正室へと迎えたい。」 静かに発っせられた言葉に、二人は一瞬固まった。 の父親はたじろぐ。しかし父親の代わりにが言った。 「元就様、こんな私でもよろしいのですか?私はみなの言う通り、地味でございます。 一国をおさめる元就様には、もっときらびやかな女子がよろしいかと存じますが……。」 「我はそなたがよいのだ。他の女子などいらぬ。」 元就の氷のような眼差しがへとむく。冷たいと思った。 しかしその奥に、暖かさも感じられる。 「そうでございますか。それなら私は、元就様へと嫁ぐ覚悟はできております。」 一礼するに、元就はほくそ笑んだ。 「それなら我は、そなたを貰い受けるぞ……。」 部屋の中に、彼の声が静かに響いた。 元就がを娶り、数ヶ月がたった。 一国の主の妻が、今までのように地味な着物ばかりを着ていてはならぬと、 元就は彼女に美しい着物を着せていた。 だが美しいものではあるが、豪勢ではなく、地味といえば地味な着物……。 元就はきちんとのことを理解していたし、も元就のそんな優しさを知っていた。 二人は仲睦まじい夫婦だった。 彼女に文句はない。頭がよく、美しくて優しい心の持ち主。 きらびやかな着物をに着せると、その美しさはさらに磨きがかかった。 今頃になって、を娶ればよかったと嘆く者は多かった。 そんな者を見るたびに、元就は心の中で思う。 (そなたらには不釣り合いよ。) あの美しい姫を愛していいのは我だけ……。 元就は傍らに座るに視線を向ける。 時は真夜中。彼女は月の光が降り注ぐ庭を眺めていた。 「いつ見ても、綺麗なお庭ですね。元就様の庭職人は、ほんに腕がようございます。」 彼女が笑った。元就も庭に目を向ける。 今までは庭が美しいと思うこともなかった。これが当たり前だと思っていた。 しかしが来てから、彼の世界がいろいろ変わった。 全て、彼女の影響……。 「……。今宵は我だけを見ておれ。庭ばかり見ていたら、我は庭に嫉妬をいだく。」 「元就様ったら。」 が笑った。元就は彼女の肩に手を置き、軽く後ろへ押し倒した。 の体が敷いていた布団に埋まる。 じっと元就を見つめる瞳。 その瞳も、この体も、全てが我の物。 の唇を軽く指でなぞり、口づけた。 「、今宵はそなたに魅せられて、少し激しくなる。」 「元就様はいつでも激しくございます。」 いじわるそうに笑うに、再び唇を重ねた。いつもより激しく……。 「ならば今宵は、もっと激しくして見せようぞ。」 噛み付くようなキスが、首筋や鎖骨に降り注ぐ。 はそれだけで甘い声をあげた。 体が疼く。もっともっと、元就の愛が欲しい……。 「元就様……。」 「、我の子を。我はそなたと、そなたと我の子たちと共に生きていきたい。」 余裕がなさそうに声を荒げながら呟く元就。 その言葉には答えた。 「元就様、私も同じ願いです。」 幸せになりましょう、この乱世で……。 の言葉に、普段冷たいばかりの表情を浮かべる元就が、柔らかく笑った。 |