スカボローの市へ行くのかい? 「スザクはよく本を読むよね。えらいえらい。」 木漏れ日が差す政庁の庭園で、スザクがいつも通り本を読んでいるときだった。 不意に訪れた影に顔を上げてみればそこには、愛しいが立っていて。 顔には愛らしい笑顔を浮かべている。 よく見ると、手には楽譜とヴァイオリンケースが握られていた。 そのことから、スザクはある考えに行き着いた。 「あれ?もしかしてはヴァイオリンの練習………?」 「うん、そうだよ。学校で課題が出ちゃったからね。」 困ったような表情を浮かべてペロリとは舌を出す。 スザクはその仕草に微笑んだ。 はスザクと違い、ナイト・オブ・ラウンズのメンバーでありながら、学校に通っている。 彼女の所属先は音楽科で、ヴァイオリンを専攻している。 スザクも以前、の弾くヴァイオリンを聴いたことがあった。 それは貴族内で開かれた舞踏会で、ナイト・オブ・ラウンズも呼ばれたとき。 貴族たちの希望もあってか、その時はヴァイオリンを弾くこととなった。 「今は何の曲をしてるの?もしよかったら、の練習するそばで本を読んでもいい?」 パタンと本を閉じて、軽くそれをに見せる。 恥ずかしそうに彼女は笑った。 「え、いいけど………多分酷い音だと思うよ?それでもいいんなら………。」 「酷い音でもの練習してる姿が見れるんならいいよ。」 そうスザクが言うと、は顔を赤らめつつも楽譜を広げ、ケースから輝くようなヴァイオリンを取り出した。 じっとそれを眺めるスザク。 彼女の奏でる音色はいつもキラキラと輝いていて、周りを温かい雰囲気にさせる。 まるで音の粒がはじけるようで、心が弾んだ。 は主にそんな曲を好んで弾く。 「それじゃお言葉に甘えて………。曲は『スカボロー・フェア』ね。」 はにっこり笑うと、静かに目を閉じてヴァイオリンを構える。 ゆっくりと弓を引くと、輝くようなヴァイオリンが歌いだした。 少しゆったりとした、でもいつものような華やかさがない静かな曲。 スカボロー・フェア。 その中では、こういうふうに歌われている。 『縫い目のないシャツが縫えれば、彼女は私の恋人。』 『枯れてしまった井戸でシャツが洗えれば、彼女は私の恋人。』 他にも不可能なことを告げられ、それができなければ彼女は恋人にはできないのだと。 ゆっくりとヴァイオリンが歌っていく。 最後の音が鳴り響いた時、スザクは何だか胸がいっぱいになり、涙がこぼれる。 悲しいわけじゃない。 嬉しいわけでもない。 (何だろう、このこみ上げてくる思いは………。) それが何なのか分からない。スザクはに気付かれないように、そっと涙を袖でぬぐった。 「どうだったスザク?私、昔からこの曲が好きなの。歌詞はすごく悲しいんだけどね………。」 ヴァイオリンを片付けながらがスザクに問う。 あれから何度もがスカボロー・フェアを弾き、それを聞くたびにスザクは泣いてしまっていた。 もう一生分泣いてしまったんじゃないかと思うくらい。 そんな彼の涙に一切気付かないは、とっても鈍感で。 「うん、凄く綺麗な曲だった。ねぇ、また弾いてね。」 「もちろん!!!スザクが弾いて欲しいって言ってくれたら!!!さ、帰りましょう。」 ケースを握ってがその場を立った。 大きな夕日はすでに傾きかけていて。もうすぐ夜が訪れる。 スザクはその夕日を見つめたまま、ぼんやりと考えた。 (もしも夕日が沈まずに、ずっと夜がこなかったら。彼女は僕の恋人にできるのかな………?) そんなこと、絶対不可能と分かってるけど。 スザクはさっきの歌詞を思い出し、一人でくすっと笑った。 頑張れば、枯れた井戸でシャツが洗えるかなと思いながら…………。 Are you going to Scarborough Fair? オマケ↓ 「おぃスザク!!!お前何一人でのヴァイオリンの練習を聞いてたんだよ!!! そーいうの、抜け駆けっていうんだぞ!!!」 「………多分ジノには分からないよ。あの曲のよさがね………。」 「かーっ!!!そういうのムカツク!!!にあわねぇよ、お前にそんなセリフはっ!!!」 「のヴァイオリンを弾く姿…………写真撮りたかったな。」 ラウンズは、今日もにぎやかです。 back |