陽介とが連れてこられたのは稲羽市の商店街だった。 二人は首をかしげる。 どうしてこんな世界によく知っている商店街があるのか不思議だった。 ただ、知っている商店街とは違い、生ぬるい風が吹き込んでくる。 獣の雄たけびのように遠くで「うおおおお」という音がして、陽介とは体をびくつかせた。 の後ろには体を小さくしたクマがいる。 偉そうに「連れてきてやったクマ!!!」と言っているが相当怖がっていた。 「んだよこのクマ偉そうに………。それよりも………」 陽介は一度だけクマに目をやり、そのあとすぐに視線を一つの場所にうつした。 コニシ酒店………。 死んだ小西早紀の実家。 そこだけが異様な雰囲気を放っている。 はそこに足を踏み入れるのに少しだけためらった。 まるで入ってはダメだというように、自分の内側から危険信号が発せられる。 黄色い光が……頭の中で……… ち ら つ く 。 ごくりとつばを飲んで、陽介は足を一歩踏み出す。 ジャリっという靴音が合図となり、も足を踏み出そうとした。 その時、ぐいっと制服がうしろに引っ張られる。 どうやら引っ張った犯人は、後ろに隠れていたクマ。 隣にいた陽介も引っ張られたらしく、抗議の声を上げた。 「クマ!!!いい加減にしろよ!!!俺達は………」 「そそそそそそこにいるクマよ!!!シャドウがっ………!!!」 演技には見えないクマの表情。真っ青だった。目は大きく見開かれている。 ギギギと音がしそうなほど、と陽介の二人はゆっくりと顔をクマが指差してる方向へとむけた。 何か黒い塊が4体、蠢(うごめ)いている。 ドロドロの体を動かし、仮面のようなものをつけた顔は陽介とのほうへと向けられていた。 この時、だけがゾクゾクっと体をびくつかせた瞬間、キーンという耳鳴りに苦しむ。 頭が締め付けられる感覚に彼はその場から動けなくなり、ガクンと膝をついた。 「お、おい!!!どうしたんだ立てよ!?立って逃げなきゃ殺され………」 「グアアアアアアアアアっ!!!」 雄たけびが上がり、一匹のシャドウが陽介めがけて襲い掛かった。 「うわぁぁぁぁぁぁーっ!!!」 とっさの出来事に陽介はしりもちをつき目をつぶる。 ここで終わるのか? まだ何もわかってないのに…………!!! そう心の中で思った時だった。 何かが燃える音がし、すさまじい叫び声がそばで上がった。 「あっ!!!」と何かを発見したような声をクマが出した。 しばらく待っても、何も衝撃がこない。 おそるおそる陽介は片目を開けた。 最初に目に飛び込んできたのは、くるんと巻かれたフサフサの犬の尻尾(しっぽ)。 先ほどのシャドウとは程遠い、愛らしい姿。 その横で、八十神高校の制服のスカートがひらひらと波打っていた。 「え…………里中……?」 小さくつぶやきながら見上げると、ジュネスに残してきた里中千枝ではなかった。 でも見たことのあるうしろ姿。 「………まさかお前……」 彼の脳裏に、ある一人の少女が駆け巡った。 自分の隣の席に座る。 よりも少し早く転校してきた少女。 なぜ彼女がここにいるのか分からない。 ぼうっとしていると、シャドウがもう一匹襲い掛かってきた。 今度は陽介たちではなく、に。 「おまっ、逃げろ!!!」 それに気付いた陽介が鋭く叫んだが、は動こうとしない。 それよりも冷静に右手をシャドウに差し出す。そのまま彼女は大きく声を上げた。 「オルフェウス!!!」 の声と同時に浮かび上がる影。 竪琴(たてごと)を持った吟遊詩人、オルフェウス。 彼が音を奏でると、シャドウは一瞬にして炎に包まれた。 にっとが笑う。 2年というブランクがあったにもかかわらず、うまくペルソナが使える。 それはなじむように、また自分の中へと戻っていった。 「ワン!!!」との隣にいたコロマルが吼え、頭を抱えたままのに駆け寄る。 「グルルルルルル」という低い声を出した。 まるで「しっかりしろ」と言っているかのよう。 もを振り返り、彼に声をかけた。 「君、しっかりしなさい!!!ペルソナはもう一人のあなた自身よ!!! それを受け入れることができればあなたは………」 ペルソナ能力に目覚める。 さぁ、ワイルドの力を持つ者よ、その無限なる可能性に目覚めなさい。 あなたは―――――――選ばれた。 きゅっとの瞳孔が収縮し、そしてゆっくり大きくなっていく。 彼の手に握られたのはペルソナカード。 裏返すと、だんだんペルソナが浮かび上がってくる。 「……………?」 わけが分からず、陽介は彼に声をかけた。だが何も返事がない。 無言で立ち上がったは口の端を上げ、くしゃりとカードを握りつぶした。 青い炎が彼を包み込み、先ほどのと同じように影が浮かび上がった。 イザナギ………それが彼のペルソナ。 もう一人の、自分。 「およよよよよよ。」 クマは呆然とする。こんな力、見たことがなかった。 シャドウに対抗できるのは、突然この世界に現れたとコロマルだけだと思っていた。 しかし今は違う。 二人の他にもう一人、彼がシャドウと戦えるようになった。 「イザナギ…………!!!」 が低く呟くと、彼から出た影は雷(いかずち)を放つ。 残ったシャドウ2体にそれが命中し、黒い影は消え去った。 同時にイザナギも、へと同化していった。 ガクンと膝をつく。 はとっさに彼を支えた。スッとは目を閉じたあと、力なく彼女にもたれかかる。 「大丈夫か!?」とに声をかける陽介を制止したあと彼女は言った。 「今は静かに休ませてあげて。」 にっこり笑うと、陽介の不安そうな顔は少しずつ和らいでいった。 彼は今どこに? 多分彼は今、ベルベットルームに。 自分が辿った道を、彼は今、辿っている――――――――。 |