目を開くと、あの青い部屋にいて、イスに座っていた。 夢の中?そうかもしれない。 だって自分は確か、テレビの中の世界にいたのだから。 「あれも夢だったのか?」 くしゃりと前髪を触ると、老人特有の渋い声が響いた。 どこかで聞き覚えのある声。 ああそうか、この声は一度聞いたことがある。 八十稲羽に来る前に……………。 「ご安心を。あなた様は今、眠っていらっしゃる。 夢の中で我々がお呼び立てしたのでございますよ。 どうやらあなた様は、我々がお見立てしたとおり、ワイルドの力に目覚めたようでございますね。 さぁ、ご自身の右手を御覧なさい。」 鼻の長い老人………イゴールはの右手を指差した。 ふと、自分の右手の中のものを見る。 一枚のカードを握っていた。 イザナギ。 「それはあなた様のペルソナです。 ペルソナとは、心の力。もう一人の自分………。」 「心の……力?もう一人の自分……?つまり、俺?」 「さよう。あなた様は特殊な力、ワイルドの力に目覚められた。 ワイルドの力を持つ者は、様々なペルソナを扱うことができる。 ずいぶん前にこの部屋のお客人だった方はワイルドの力を使いこなし、自らの運命をお開きになられた。 あなた様も、きっとその力を使いこなせるはず。 我々はそのお助けをするための存在でございます。 今度ここへ来る時は、これをお持ちになるがいいでしょう。」 イゴールが言い終わると、キラキラ光るものがの目の前に現れた。 群青色の鍵。 深い海のように綺麗だった。 手に取ってみると、その鍵はすっぽりと手におさまる。 「契約者の鍵。 あなた様がそれを持っている限り、このベルベットルームはいつでも開かれる。」 この前マーガレットと名乗った金髪の女性が、微笑みながら言った。 静かに車が走る振動が伝わってくる。 本当に………夢だろうか。 音も振動も、いやになるほどリアルだ。 車が走る音に混じって、誰かが遠くで名前を呼ぶ声がする。 顔がちらついた。陽介の心配する顔が。 それと…………の顔も。 「あなた様のお仲間が呼んでいらっしゃるようだ。 それにもう一人は………ほほう、かつてのお客人。そして今は我々があなた様に向けた協力者。 あなた様の未来は霧に閉ざされている。 あなた様が真実にたどり着けるよう、彼女を道しるべにお使いくださいませ。 では次なる時まで、ごきげんよう………。」 だんだんイゴールの声が遠くなっていく。 待ってくれ。彼女とは、のことなのか? 彼女がかつてのお客人とはどういうことなのだ? イゴールとマーガレットに手を伸ばすが、何もつかめなかった。 意識はだんだん覚醒へと近づいている。 陽介の呼ぶ声が凄く近い。ああ、目覚める…………。 「!!!目を醒ましてくれ!!!」 「う……………こ、こは……?」 陽介に体を揺さぶられつつ、はゆっくりと体を起こした。 いつの間にかあのすさまじい頭痛は引いていた。 ただ体に残るのは疲労感。体が少し重い………。 「………よかった気付いてくれて!!!」 「センセイ、意識を取り戻したクマね!!!心配したクマよーっ!!!」 クマと陽介の二人に飛びつかれて、は再び体を地面につける格好となる。 それよりか…………重い。 苦しみながら視線をはわせると、ちょこんと座る犬と、見たことのある少女を見つけた。 「おはよう、君。鍵はもらえた?」 同じクラスメイトのが笑いながらあの、群青色の鍵をちらつかせた。 それは先ほどがもらったものとは全く同じもの。 じゃあ、彼女がイゴールの言っていたかつての客人で、協力者? 「ワンっ!!!ワフっ!!!」 呆れたようにコロマルが鳴いて立つ。 ペルソナ能力に目覚めても、さすがに何といっているのか分からない。 「ご、ごめんなさいクマ………。」 クマがコロマルの言葉に反応するようにの体を解放した。 それを見て、がクマに尋ねた。 「コロマル今何て言った?」 「んーと、"いつまでそうしている気だ?"って怒られたクマ。 コロマルはやっぱり厳しいクマねぇ〜。」 「ワン!?ワワワン!!!」 「はいはい分かったクマよー。」 めんどくさそうにクマは答えた。 と陽介はそれをキョトンとした目で見ている。 そして二人で顔を見合わせた。 「それにしても、ペルソナも持たずにここに来るなんて、無謀すぎだと思わなかった? クマからシャドウのこと聞いてたんでしょう?」 いつの間にか、腕組みするが目の前に立っていた。 少し怒っているように見える。ハァとため息をつくと、彼女は続けて唇を動かした。 「まぁ、君がペルソナに目覚めたし、これでよかったのかな。」 「それより、何でお前がここに? 何気にクマとも知り合いみたいだし………。」 陽介がつばめを気遣いつつ言葉を発した。 「クマとはこの前ここで出会ったの。 稲羽市に来た日、私はマヨナカテレビを見た。 画面にふれると私はこの中へ引きずり込まれてしまったの。 コロマルと一緒にね。」 「ワン!!!」 さっきまでクマとケンカしていたコロマルがの足元に戻ってきていた。 「その時にクマはちゃんと会ったクマ!!! ちゃんとコロマルは、クマの上に降ってきたクマよ!? クマ、ぺしゃんこになったクマ…………。」 その時のことを思い出したのかクマは、ブルブルっと身震いした。 「ははははは………。」と陽介が軽く笑う。 ぺしゃんこになったクマを見れたら、どんなにおもしろいことか………。 は続けて言った。 「まさかシャドウがこんなところにいるなんて思わなかったし、 あまりこの世界にかかわるのは良くないとも思った。 私とコロマルはペルソナ使いだから、シャドウを刺激してはいけない。 どんな歪みが現実の世界に出てくるか分からなかったから。 だから、それ以来、この世界に足を踏み入れなかった………。」 「じゃあは、この世界のことをすでに知っていた………?」 陽介の問いにコクンとが頷く。 それを見た彼は、怒りに拳をふるわせた。 この世界のことを知っていたというのなら…………。 「何でだ?」 「え?」 「何でこの世界のことを知ってたくせに、山野アナと小西先輩のことを見殺しにしたんだ?」 は困った顔を陽介に向ける。 彼が怒るのも無理はない。だけどにはどうしようもできなかった。 山野アナを助けることも、小西早紀を探すことも。だって………… 「私、知らなかった。 私がこの世界を知った次の日から、うちではマヨナカテレビが映らなくなったの。 だから二人がマヨナカテレビに映ったこと…………知らない。 二人がこの世界で死んだことを知ったのは、 さっきジュネスのテレビの前で座り込んでる千枝ちゃんから聞いた。」 「え!?里中から……………?」 が大きく目を開く。 は陽介を見て、深く息を吐いたあと彼に言葉をかけた。 「千枝ちゃんすごく心配してたよ。だから花村君も君も一旦帰ろう? 特に君はペルソナに目覚めたばっかりで、大きく体力を消費してるはずだから………」 「俺は嫌だね!!!」 の声と陽介の声が重なった。 ぎりっと鋭い目でを見たあと彼は、二人に背を向ける。 「俺はどうしても知りたいんだ!!!小西先輩の死の真相が。 ここまできて、あきらめられっかよ!!!」 言葉を吐き捨てるように陽介が言い、走って異様な雰囲気を漂わせるコニシ酒店に入っていった。 追いかけようとが足を向けた時、鈍い感覚に襲われる。 邪悪なる、影の存在。 コニシ酒店の中から流れてくる黒い空気。 弱い心が生み出した存在がそこにいる。 そしてそれは、以前感じた陽介の心に眠る影に少し似ていて。 「ウウウ」とコロマルも毛を逆立ててコニシ酒店に牙を向けていた。 「そう、ここはシャドウの世界よ…………。 君立てる!?花村君を追うの!!!彼を救うのは君の役目!!!さぁ!!!」 の手が伸ばされ、は白い手を掴んだ。 ぐいっと大きく引かれ、切羽詰まった彼女とコニシ酒店内に入れば、 目の前に自分の影と対峙する陽介がいた。 |