と、陽介と千枝はジュネスの家電売り場、あのテレビの前に立っていた。 平日だというのに今日は驚くほどに人が多く、 とても平気な顔をしてテレビの中に入れる状況ではなかった。 もしも入ってしまったら、世界を揺るがす大騒動になってしまうだろう。 そう考えていち早く陽介が苦笑した。 「…………ねえ、こんなんじゃテレビの中に入れないよ?」 困ったように千枝が言う。 周りを見れば、若い人から年配の人まで、みんな家電製品を見ていた。 壁には『家電製品、大特価市!!!』なんていう幕が張られていて、 陽介は思い出したように声を上げた。 「そっか思い出した!!!今日は家電製品の安売りの日だったっけか!!! うっわ〜、ちっくしょぉ〜…………!!!」 悔しそうにガリガリと頭をかく陽介。 そんな彼を見ていて、が小さく呟いた。 「手だけ突っ込んで、クマのこと呼べないかな………。」 「…………!!!それだよそれ!!!ナイスアイデアっ!!! 里中、ちょっとこっちに来い。俺の横に立つんだよ。は向かい側に。 んで、お前画面に手つっこんでクマのこと呼んでみろ。 どうせそこらへんにうろうろしてるんだろ、アイツ。」 パチンと陽介がにウィンクを送った。 千枝とは陽介に指示されたとおりの場所に立つ。 壁が完成したところでが一度自分の手のひらを見て、そっと画面に手を突っ込む。 突っ込んだあと、彼は手をひらひらと振ってみた。 しばらくして、何かが近づく気配がし、ズキンと鋭い痛みが手に走る。 「っつ……………!!!」 驚きと痛みではすぐに手を引っ込めた。 「君!?」 「君どうしたの!?」 手を押さえる彼は、丸めた手のひらをそっと広げてみる。 綺麗な歯型がついていた。 どうやら訳の分からなかったクマが、本能的に噛み付いたようで………。 「え………ちょっとヤダ。歯型ついてるじゃないの!!!」 慌ててがの手を掴む。 幸いにも血は出ていない。 見ていた千枝も、痛そうに顔を歪める。 陽介が呆れていると、テレビの中からあの声が響いてきた。 「何なに?これ何のゲーム………?」 それはに噛み付いた張本人、クマの声。 陽介はクマに尋ねてみる。 誰かがテレビの中に入っていないかどうか。 そちらに興味があった千枝もをに任せ、陽介と一緒にクマの言葉に耳を傾ける。 「クマったら、思いっきり噛み付いたのね。 あぁもう、歯型消えない。大丈夫?君。」 心配そうに傷を見る。 の顔近くにの顔があり、は体が火照っていくのを感じた。 恥ずかしさから?それとも何か違うものから?どっちからなのかが分からない。 どうも最近自分の調子がおかしい。 それもこれも、と出会ってからだった。 陽介とが話しているのを見ると、突然胸がキュッと苦しくなる。 ひどく嫌な気分になる。 を見ているとドキドキしてくる。 50メートルを全速力で走ったようなドキドキ感ではなく、もっと違うもの。 一体何なんだ………。 「………君?」 「へ………?」 気付けばがの顔を覗き込んでいた。 意識をどこかへ飛ばしていたは、急なことだったので驚く。 「うわっ!!!」と声をあげ、から少し体を離した。 そのあと慌てて「大丈夫!!!」だと言う。 そう、よかったとが安心したようにふわりと笑った。 の心臓が、また大きく跳ね上がる。 「あ、でも念のために家に帰ってから手当てしてあげるね。」 「あ、ああ。よろしく頼む……よ。」 に言われた言葉が嬉しくて、は少しだけはにかんだ。 残念なことに、彼のはにかんだ顔を見ていたのはだけではなかった。 陽介と千枝もクマとの話がちょうど終わったところで、偶然にも目撃していたのだ。 千枝はこっそり、陽介に耳打ちする。 「君も、あんなふうにはにかむんだね。 ていうか、さんの前だと何か雰囲気柔らかくない?」 ニヤリと千枝は笑い、実は二人って………なんて含み笑いをする。 陽介は二人を見つめたまま、呟いた。 「んなことあるわけ………ないだろ。 だってとって、知り合ったばっかだし………。」 やけに冷たい言い方をする陽介に、千枝は頭に「?」マークを浮かべる。 どうしてか陽介はとの関係を認めたくなかった。 それどころか、彼はのことをズルイと思うし羨ましいとも思う。 だって、の手料理が食べれるじゃないか。 誰よりもと長く、一緒にいられるじゃないか。 確かに写真の一件で、とは仲良くなったけど、と過ごす時間はよりも短い。 悔しい。この言葉が一番今の状況に合う言葉で………。 (あーもー!!!俺ってばどうしたんだよ!!!こんなにイライラして!!!) ジュネスの家電売り場で、陽介は意味もなく頭を抱えるのだった。 その日の真夜中は雨が降り続いていた。 みんなとの約束で、今日も真夜中テレビを見よう!!!ということになっていたので、 はドキドキしながらテレビを消した。 横には念のため、コロマルも待機している。 この前は真夜中テレビがちゃんと映らなかった。 今回もダメだろうか………?そう思った時、画面が歪み、鮮明な画像が映し出される。 「映った!!!」 「わんっ!!!」 リモコンを握りしめ、映像を見ていると、テレビに映っているのは天城雪子。 は息を呑む。 やっぱり自分の予感は当たっていた………。 彼女は激しく後悔した。 どうして夕方、みんなに理由を話して雪子のところへ行かなかったのかと。 行っていれば、彼女はテレビの中に入れられなかったかもしれない。 犯人を、捕まえられたかもしれない。 テレビの中の雪子は、『逆ナン』という言葉を残して、大きな城の中へと姿を消した。 そこでブッツリ、映像が途切れる。 「わう………わんわん!!!」 消えたテレビに走りより、コロマルが低く吼えた。 も深呼吸して呟く。 「次は雪子ちゃんを助けなきゃ………。」 その言葉は、固い決意へと変わっていった。 |