天城雪子が失踪した次の日、と陽介、とコロマルはテレビの中に向かうことにした。 ただ、ペルソナの使えない千枝は留守番という約束だったのだが………。 「あたし、絶対テレビの中に行くからねっ!!!」 放課後が近くなるにつれ、千枝はそういい続けるようになった。 陽介が「お前はペルソナ使えないからダメだ」と言われても、千枝は一歩も引かない。 もダメだと言ったが、逆に千枝に睨まれてしまった。 (雪子ちゃん、こんなにも千枝ちゃんに大事にされてるんだね。) それをじっと見つめるに、「お前も何とか言ってくれ。」と陽介に頼まれた。 は小さくため息をつくと、首をふって答える。 「…………危ないって分かってても行くの?千枝ちゃん。」 「行くよあたしは!!!だって雪子のほうがもっと危ない目にあってるんでしょ!!! 絶対行くからねっ!!!」 千枝はに噛み付くように言った。 それを聞いて陽介との二人も大きくため息をつく。 はっきり言って、まだ自分たちのペルソナも使いこなせるか分からないのに、 ペルソナが使えない千枝を守りつつ戦えるかどうか不安だった。 もしかしたら、怪我じゃすまないかもしれない………。 「里中、お前の気持ちは分かるけど………」 「仕方ないわ。そんなに行きたいのなら、一緒に行こう。千枝ちゃん。」 「え………いい、の?」 あっさりと返事をしたに、千枝は目を丸くする。 先ほどの気迫はどこへ行ったのやらだった。 これにはも陽介も驚く。 「っ!!!お前本気で言ってんのか!?だって俺らまだペルソナに目覚めたばっかで、 戦えない里中のことちゃんと守れるかどうか………」 陽介の言葉の最後が小さくなる。 情けないけど、それは事実だから仕方ない。 彼がそう口をまごまごさせると、はにっこり笑っていった。 「大丈夫よ。私が千枝ちゃんのこと守るから。コロマルもいるんだし。」 その答えに、陽介もも何もいえなかった。 確かには、二人よりもうまくペルソナを召喚できていた。 まるでペルソナが体の一部みたいだった。 そんな彼女のペルソナに助けられたことは、まだ鮮明に覚えている。 彼女のペルソナは、とても美しかった………。 そしてある疑問が二人の頭を駆け巡る。 は、どうしてあんなにペルソナ召喚に慣れている? は、どうやってペルソナを手に入れたんだ………? その答えが知りたくて、でも知りたくなくて。 二人がじっと黙っていると、千枝が陽介との腕を引っ張った。 「二人とも!!!そういうことだから、よろしくね。あたし、絶対雪子を助けるっ!!!」 「あ、ああ。分かったよ。がそういうなら………。」 心ここにあらずのまま、陽介は小さく呟く。 4人は帰り道の途中でコロマルと合流して、そのままジュネスの家電売り場へと向かった。 はの横顔を見ながら。 ………イゴールの協力者で、俺の道しるべとなる人物。 テレビに入るとすぐにクマが駆けつけてきた。 誰かがテレビの中に入ってると騒ぎながら。 クマは鼻をクンクンさせ、雪子の匂いを探す。 コロマルもクマのマネをしながら自身の鼻を動かしていた。 「見つけたクマ!!!こっちクマよセンセイっ!!!」 目を大きく開いて、クマは雪子のいる場所へとみんなを案内した。 そこは変わった場所だった。 小西早紀の場合は稲羽市の商店街だったが、今度はお城。 その城は、真夜中テレビで雪子が入っていった場所で………。 「ここに雪ちゃんがいるクマよ。」 「雪子が………ここに………。雪子っ!!!今行くからね!!!待っててね!!!」 千枝は急に走り出す。 陽介との間をすり抜け、全速力で。 「あ、待て里中!!!一人で行っちゃダメだっ!!!」 すぐに陽介の声が千枝の背中に向けられる。 だけど千枝は振り返りもしなかった。まるで周りが見えてないような感じ。 「マジかよ………。」と、陽介が吐き捨てるようにいい、すぐに残ったメンバーの顔を見た。 「、、それにコロマル。早く里中を追いかけよう。 あいつはペルソナを持ってないんだ。もしかしたらシャドウにやられるかもしれねぇ。」 いつになく真剣な表情の陽介。 彼はそれだけシャドウの危険性を知っていた。 もちろん、ここにいるメンバー全員がシャドウの凶暴さを知っている。 特に、とコロマルは。 だからとコロマルはすぐに駆け出した。 それが合図となったのか、陽介とも城の中へと走り出す。 その姿を、クマはぼうっと見ているだけだった。 「チエちゃん……。それにセンセイもちゃんもコロマルも。 クマが出来るのは、サポートだけクマね。なんだかちょっと寂しいクマ………。」 普段そんなことを考えないクマは、何故かこのときだけそう考えたのだった。 しかし戦う彼らはクマに考える時間すら与えない。 すぐにサポートを求める声が聞こえてきた。 クマはピクンと反応し、答える。 「そのシャドウには疾風系は効かないクマっ!!!」 「サンキュ、クマきちっ!!!」 陽介の華やかな声が聞こえてきた。 少なくとも、今は一緒に戦えなくても彼らを支えることができている。 いつかきっと、自分だって彼らとともに戦える日がくると信じて。 クマはシャドウの分析に専念した。 クマのサポートを受けながら、を先頭に・陽介・コロマルの三人が続く。 手強いシャドウもみんなの力で撃破していく。 特にとコロマルのペルソナは強力で、判断も的確なものだった。 に至っては頭もよい。 一度クマが弱点を探ってくれたシャドウに関してはすべてを覚えていた。 疾風の効かない相手に陽介が攻撃しようとすれば、は陽介を止め、 にはペルソナを変えるよう指示を出した。 「ワォーンっ!!!」 コロマルが高く叫び、ケルベロスが炎を操る。 地獄の番犬・ケルベロス。犬であるコロマルに最もふさわしいペルソナ。 「…………ペルソナっ!!!」 続けてのペルソナであるオルフェウスが竪琴を鳴らせる。 音とともに炎が上がった。 彼女の操るペルソナがキラキラと美しく見え、と陽介は目を細めた。 ペルソナはもう一人の自分だという。 美しくて強力なペルソナ・オルフェウス。 それはもう一人の………。 だけどその影に、もう一人、人物が見えそうで。 自分たちと同じくらいの………少年? まるでその人物が、オルフェウスのようにを守っているかのように見えて………。 (そう見えるのは………錯覚なのか?) は持っている剣を握り締め、戦うを不安げに見つめていた。 そうしているうちにいつの間にか戦いは終わっていて、彼は陽介に声をかけられる。 「おい、ぼっとすんなよ。いくぞ、早く里中を追っかけなきゃいけねーんだから。」 「あ、ああ。すまない。」 駆け出すコロマルとの背中を追いつつ、陽介が振り返って彼を見ていた。 は慌てて走り出し、陽介と一緒にとコロマルに追いつく。 長い階段を登って、大きな扉だけが現れ、すぐにクマの声が聞こえた。 「この奥に、チエちゃんの気配がするクマっ!!! あと、なんだか少し………胸騒ぎがするクマよ。みんな、準備万端にして入るクマ!!!」 ごくりと陽介がつばを飲んだ。 も肩で息をしながら拳を握っているし、彼女の足元にいるコロマルも何かに警戒していた。 みんなの顔を見回し、が大きな扉を開く。 まばゆい光が差し、視界が白くなった。 眩しくて一瞬目を閉じるがすぐにまぶたを開ける。 するとそこにいたのは、部屋の真ん中で呆然と立つ千枝だけだった。 「千枝ちゃんっ!!!」 「里中っ!!!」 「ワウッ!!!」 みんなで彼女に駆け寄る。 だが千枝のすぐ近くで、陽介ももコロマルも、も足を止めた。 声が、聞こえる………。 『………赤が似合うねって、千枝は言ってくれた。』 そう話すのは、彼らが探す天城雪子。 姿は見えない。だけど声は聞こえてくる。 一体どこから………? はきょろきょろとあたりを見回すが、特に不審なものはなかった。 『私、雪子って名前が嫌いだった。だって雪のように冷たい感じがする。 だけど千枝は、そんな私の名前を羨ましいって言ってくれた。 雪の妖精みたいな可愛い名前で羨ましいって。 あたしなんか、千の枝でなんか枯れた感じがする、だから雪子っていう可愛い名前はいいなぁって。 千枝だけが……千枝だけが………』 「雪子…………。」 小さく千枝が友達の名前を口にする。 それと同時に、ピクンピクンと耳を動かしていたコロマルが突然牙をむく。 も妙な気配を感じ取り、千枝の先にいる人物に鋭い目を向けた。 と陽介もゾクリとする冷たい気配を感じとった。 「あはははははは。そんなこと、本心で言ったのか分からないけど!!!」 「だ、誰っ!?」 千枝も自分の目の前にいる他人の気配に気付く。 だけどそれは、他人というよりも自分に似た空気を持つ存在で少し戸惑った。 カツンカツンという靴音が響いて、その人物が暗い場所から姿を現す。 その姿を見て、千枝は言葉を失った。 もう一人の自分――――――里中千枝だったから。 「アンタにとって、天城雪子は大事だもんねぇ。 アンタは全然女の子らしくなくて、何をやってもまるっきりダメ。 雪子みたいに女の子らしくすることも勉強も全然できない。 アンタは雪子が羨ましかったんでしょー? そんな何もできないアンタを、天城雪子はすごく頼っている。 雪子に頼られることだけが幸せで、同時に雪子に勝ったっていう優越感が生まれてた。 でしょ………?」 おかしさを堪えるようにもう一人の千枝―――――シャドウ千枝が言った。 本物の千枝は唇をわなわなと震わせ、拳を握った。 彼女のその態度に陽介がハッとして声を上げる。 「里中っ!!!誰にだってそんな…………」 「見ないでっ!!!見ないでよっ!!!違う、あたしそんなこと……思ってない!!!」 千枝は涙ぐんだ鋭い瞳を陽介とシャドウ千枝の両方に向けた。 彼女の剣幕に負け、陽介がすぐに口ごもる。 キッと千枝はシャドウ千枝を睨んだ。 怒りを含む視線がシャドウ千枝に突き刺さる。 「何が違うの?本当のことでしょ?隠すことないじゃん。 アンタはあたし。あたしはアンタなんだから、アンタの思ってることなんてすぐに分かる。 雪子が友達だから大切なんていってるけど、本当は彼女が離れていくのが怖いだけ。 雪子に頼られなくなったら、なぁーんにも残らないもんねぇ。」 「あははははは」とシャドウ千枝が声を上げる。 ブンブンと千枝は首を振った。 今まで無言で千枝とシャドウ千枝のやり取りを聞いていたが武器を握りなおす。 彼女のその行動を見て、が小さく「?」と疑問の声を上げた。 は辛そうに笑って言う。 「誰だって、汚い自分を認めたくないと思うものなの。 汚い自分を認めることができる強さを持っているはずなのに、人はそれに気付かない。 だけどもし他人が介入することでその強さに気付けるというのなら、私はアレを…………倒す。」 の声に重なって、千枝が大きく叫んだ。 「アンタなんか………アンタなんか…………あたしじゃないんだからぁっ!!!」 自分自身を否定してしまったら、その先どう自分を愛せばいいのか分からない。 自分を深く知っているのは自分で、傷ついた自分を癒すのはやっぱり自分で。 汚い自分の認め方が分からない。愛し方も分からない。 だけど、それは人間である証拠。 分からないから人は、時に自分を否定しながらその方法を探していく。 千枝だって、きっと自分の愛し方を見つけることが出来るはず。 は胸の中で、そう思った………。 |