連日世間を騒がせていた少女失踪は、意外な形で終息した。雪子がひょっこり家に現れたのだ。 誘拐を疑っていた警察は、何としてでも犯人を捕まえようと、雪子を質問攻めにした。 しかし雪子は誘拐された時の自分の状況を覚えていなかった。 それに加え、あの出来事のことは話せなかった。 異世界で起きた出来事。話せるわけがない。もう一人の自分に殺されそうになったなんて話。 雪子は大事をとり、しばらく学校を休むこととなった。 堂島家でテレビを見ていたは、鋭い視線を感じて画面から視線を外す。 目があったのは、この家の主、堂島遼太郎。 彼はしばらく押し黙ったままだったが、やがて口を開く。 「おい、お前、今回の事件には何も関係してないよな?」 一瞬どきりとしたが、は知らないふりをして答える。 「いや、俺は何も………。天城、見つかったんだって?よかった………。」 そう言って、安心したような顔をすれば堂島も、「お、おぅ………」とためらいがちに声を上げた。 そこへすかさずが割り込む。 「なぁーに?遼おじちゃん、を疑う理由でもあるの? 転校してきたばっかの彼が、事件に関係するはずないじゃないの。 はまだ一人でジュネスにも行けないのよ?」 「いや………何でもないんだ。 ただこの事件には、誰かが関係してるような気がしたもんでな。」 彼の話を聞きながらは、美味しそうに湯気を立てるハンバーグの皿を机の上に置いていく。 菜々子がはしゃいだものだから、話はそこで中断された。 は居間を立ち去り際、にウィンクする。その意図を、は理解した。 が助けてくれた………。 その後、雪子に関する話題は出なかった。代わりに出たのは、堂島の不器用な言葉だった。 「そういえばお前たち、ゴールデンウィークは何か予定があるのか?」 この一言に、もも菜々子もはしの手を止めた。 菜々子がゆっくりと聞き返す。 「え?お父さん、ゴールデンウィークって………どっか行けるの?」 「なんだ、どこも行きたくないのか?今年は少しなら休みが取れそうなんだが………」 しばらくの沈黙ののち、菜々子が声を上げた。 「いっ………行きたい!!!旅行っ!!!お父さん!!!どっか行きたいっ!!!」 菜々子は興奮して机から立ち上がる。 苦笑しつつも堂島は菜々子にうなずく。「わかったから。」と。 その後、とに顔を向けて「お前たちはどうだ?」と尋ねた。 は反射的にを見た。彼女はご飯を食べる手を止めてから小さく言った。 「………お墓参り、行こうかなって思ってたけど、せっかくだから私も旅行に行こうかな。」 (お墓参り?誰の?) は疑問に思ったが、堂島はそれについて何も言わなかった。 「そうだったのか。お前が旅行に行くっていうのならそれで構わないさ。 でも、いいのか?墓参り………。」 彼の言葉にコクンと一回だけ首を縦にふる。 そのまま彼女はを見て、「も一緒に行こう?」と聞くものだから、彼はうなずいてしまった。 「あ………」と思ったが、菜々子やが楽しそうにしていたので、も唇を綻ばせた。 きっと楽しい旅行になる。そうなればいい。 夕飯を食べ終わり、菜々子とはお風呂に行く。 部屋に残されたのは堂島との男性陣だけ。 はぼうっとテレビを見ているし、堂島は無言で新聞を読んでいる。 そろそろ部屋に行こうかとが思ったとき、堂島が口を開いた。 「墓参り………か。、お前から聞いてるか? あいつのお袋さんたちのこと。」 「の両親のこと?いや、俺は何も聞いてないけど。」 堂島を振り返り、は答えた。彼の顔は新聞に隠れていて見えない。 『墓参り』と『の両親』というフレーズを聞いて、何かがつながった気がした。 隣の湯木家に彼女がお世話になる理由も、なんとなく………。 「そうか。実はな、あいつの両親はもう亡くなってるんだ。お袋さんも親父さんも両方とも。 12年前、辰巳ポートアイランドで起きた事故、お前も知ってるよな? の両親は桐条グループの研究員で、その日も実験室にいたらしい。 強い子だったよ、は。両親が死んだと分かっても、絶対泣かなかった。 桐条グループで起きた事故の内容も原因も知らされなくて、はそれを突き止めるって言って、 研究施設跡地にできた月光館学園の初等部に入学したんだ。湯木と俺は止めたんだけどな。 けど、両親の死の真相が分かるまで、稲羽市には帰らないってきかなくて………。 結局、は月光館学園で初等部、中等部を過ごした。あいつに何があったかは分からない。 だけどは、高等部を一年過ごして急にこっちに帰ってきた。 両親の死について、何か分かったのかもしれないが、それをは言わない。だから俺も聞かない。」 じっと聞いていたは、ベルベットルームでのことを思い出していた。 ベルベットルームの主――――――イゴールは、確かに言っていた。 は『かつてのお客人だった』と。そして『我々が向けた協力者』。彼女を道しるべにしろと。 彼女は本当に不思議な人間だった。 自分のことはおろか、 どうやってペルソナ能力を身につけたのかも、 前の学校では何をしていたのかも、一切しゃべらない。 分かっているのは、は時折、誰かの影を追いかけているということ。 そして彼女のペルソナはどのペルソナよりも美しく、彼女を懸命に守ろうとしていること。 以前彼女が言っていた『答え』。彼女はそれにたどり着いたと口にしていた。 その答えがとても綺麗だというは、どこか嬉しそうでもあり、悲しそうでもあった。 なぜ…………?自分はこのまま、のことを何も知らずにすごしてもいいのだろうか? 仲間なのに?それ以上に、が気になるのに? 「………?大丈夫か?お前がのことでそんなに深刻にならなくても………。 ただお前には知っておいてほしくてな。ま、お前もまだまだガキなんだし、そこまで悩むな。 さっさと風呂入って寝ちまえ。丁度、菜々子とが風呂から上がったみたいだしな。」 堂島はそう言って笑った。読んでいたはずの新聞は、いつの間にか綺麗にたたまれている。 耳を澄ませば廊下から楽しそうな声が響いてくる。 堂島は思い出したようにソファから立ち上がった。 「やべ、今日は俺が茶碗を洗わなきゃいけなかったんだった。 おい、お前は先に風呂に入れよ?」 「あ、はい。」 は魂のこもってない返事しかできなかった。 どうすればは、自分のことをしゃべってくれるんだろう? そればかりを考えていた…………。 数日たってから、雪子が学校に姿を見せるようになる。 彼女は恥ずかしそうに教室へと入り、まっすぐや千枝の元へと来た。 「おはよう………」と小さな声で囁いてから、彼女は呟くように告げた。 「あのね、この前のこと、ありがとう………。 本音を知られたことは恥ずかしかったけど、でもあれでよかったんだって、今になって思えるの。 逆に本音を知ってもらえたのが千枝とか、君、さんに花村君たちでよかったって。」 「雪子………。雪子は強くなったよ。私、雪子が守れてよかった!!!」 問答無用で千枝が雪子に飛びつく。そんな光景を、他の三人は笑ってみていた。 そのあと陽介が明るい声で言う。 「天城もそろったことだし、今日当たり作戦会議しようぜ。今までのことをまとめる感じで。 場所はそうだなぁ〜………この学校の屋上でいいか。ってことで、夕方屋上集合な!!!」 パチリと彼はみんなにウィンクする。 「作戦会議って………」と千枝は呆れていたが、はこの事件について整理しておきたかった。 の存在も含めて。ペルソナに詳しいの話をもう一回聞くことも目的として。 陽介の意見にも賛成した。 「そうね、ここで事件について少し整理しておいたほうがいいかもしれない。 これはどう考えたって、警察や普通の人間が解決できない事件だわ。」 「私も賛成。自分がどうして誘拐されてあんな目にあったのか、私も知りたいもの。」 に続いて雪子も賛成した。 ――――――――夕方、八十神高等学校屋上。 「千枝はおそばでよかったよね?」 雪子が持ってきたカップめんからは、おいしそうな香りの湯気が立っている。 食べるのが楽しみというふうに、千枝は幸せそうな顔をした。 「うん、そうだよ。おぉ〜、この香り、たまらんっ!!!」 そう呟いて、彼女は大事そうにカップめんを膝の上に置く。 その隣に雪子も座った。 メンバーが全員そろったところで陽介が口を開いた。 「それじゃ、これから作戦会議を行う。まずは事件について少し整理しときたいんだ。 最初は…………そうだな、山野アナについて考えてみたいと思う。 クマの話じゃ、こっちで霧が出た日、あっちの世界では霧が晴れるらしい。 霧が晴れるとシャドウたちが暴れだして、テレビの中に入った人は自分自身に殺される。 ってことは、山野アナの自分に殺されたってことか?」 「そうだと思うよ。実際、山野アナが見つかる前の日、稲羽市では濃い霧が出てたもん。」 「そういえば、私、『マヨナカテレビ』っていうのに映ったんでしょ? ということは、山野アナもその、『マヨナカテレビ』に映ったの?」 雪子が聞き、その瞬間みんなの表情が凍りついた。 彼女は自分がどんなふうにテレビに映ったのか知らない。 その話をうまくはぐらかすために、千枝は他の話題をふった。 「う、うん。山野アナも早紀先輩も、雪子もみーんなマヨナカテレビに映った。 そういえば、テレビの中に入った人って、最近ニュースに取り上げられた人ばっかだよね。 山野アナは不倫関係のニュース、早紀先輩は死体発見者、 雪子は山野アナが泊まってた旅館の女将代理で………。しかも女性ばっか!!! 犯人は女性ばっか狙う変態ヤロウじゃないのっ!?もしそうだったら許せんっ!!! 顔じゅう靴跡だらけにしてくれるわっ!!!」 「落ち着いてよ千枝〜………。」 雪子が横から千枝をなだめる。三人のやり取りを黙って聞いていたは一言ポツリと言う。 「なんか、ニュースで取り上げられて有名になった人を、 手当たり次第テレビの中に入れてるって感じだな。」 「そうね。しかもその手口はまだ分からない。 雪子ちゃん、辛いこと思い出させるかもしれないけど、一つ確認させてもらっていい? さらわれた時のこと、何か覚えてない?」 に続いても言葉を発した。 雪子は「うーん」と考えたあと、申し訳なさそうな顔をして答えた。 「ごめんね、私何も覚えてないの。玄関のチャイムが鳴って、玄関まで行ったような………」 「おいおいおい!!!まさか犯人は堂々とピンポーンってチャイム押してから天城をさらったとか!? どんな犯人だよっ!!!」 すかさず陽介が突っ込みを入れた。 周りのみんなも苦笑する。陽介の言うとおり、玄関からとなるとかなり堂々とした犯行だ。 誰かに見られる可能性もきわめて高い。 「でも、否定はできないわよね。実際雪子ちゃんは覚えてないんだし………。」 つぶやくようには言った。 そんな時、雪子がに向き直り、真剣な眼差しで言葉をつげる。 「ねえ君、犯行がどうであれ、私も仲間に入れて欲しいの。 私は自分が狙われた理由が知りたい。誰かに恨まれてるのなら、誰に何を恨まれてるのか知りたい。 それに………ペルソナっていうのも、もっとよく知りたいの。 こんなふうに、中途半端にペルソナのことを知ってるのも気持ち悪いもの。」 雪子はすっと手を差し出した。 手のひらにはコノハナサクヤのペルソナカードが握られていた。 それを見て、千枝や陽介も自分のペルソナカードを差し出す。 トモエとジライヤのカード。そこにも自分のカードを差し出した。 イザナギのカード。そこにもう一人も加わる。 。彼女も自分のペルソナカードをみんなに見せる。 オルフェウス。しかし、みんなのカードとは少し違った。 小学生が喜ぶような、少しキラキラと輝くレアカードのようなもの。 みな、ごくりとつばを飲んだ。 「…………そのカード………。なんでお前だけ違うんだ?」 当たり前のように陽介が尋ねる。は苦笑して答えた。 「私のは、継承されたペルソナだから………。このペルソナを使うのは、私で三人目。」 まるで泣きそうな表情のを見て、はハッとした。 そうだこの顔。が何かの影を追い求める時の顔にそっくり。 「三人目って………他にもそのペルソナを使ってた人がいるの?」 すかさず千枝が尋ねるが、は「うん。」とだけしか言わなかった。 いや、「うん。」としか言えなかった。今は。 もしもまた、絶対のものと戦うことになったら…………。今は、そのことを話していい時期じゃない。 まだ確定もしていない。宇宙の果てで眠りについたはずの『彼』が、目覚めたという確証も得ていない。 それに、目覚めるはずがない。自分は実際この目でちゃんと見た。 あの人が―――――――『彼』を、ニュクスを守ってくれていた。 ただ一つ、みんなに言えること、それは………。 「私はこの事件を解決したい。そのために、私は戦うわ。今はまだ、みんなに言えないことだってたくさんある。 けど事件を解決したいって気持ちはみんなと同じなの。だから………私も全力で協力する。」 シンと静まりかえった屋上だったが、すぐに陽介の明るい声が上がった。 「人に言えないことなんて、たくさんあるさ。俺だって身をもって体験したからな。 が全力で協力してくれるんなら、だって大切な仲間だ。 その、いつかいろいろと話せる日が来るんだろ?それだったら、俺たちはその日を待つよ。な?」 彼の掛け声に、も千枝も雪子も頷く。 は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、みんなに感謝した。 「ありがとう…………。」 そう言って、自分のペルソナカードを大切にしまったのだった。 ――――――あのね先輩、私、とってもいい仲間を持ちました。 先輩は私のこと、ちゃんと見てくれていますか?―――――――― |