「…………3日と4日だな。」

新聞を読んでいた堂島が、突然そう告げる。
何のことを言ってるのか分からず、堂島以外の3人は、すぐに彼のほうを向いた。
バサリと手早く新聞を折り畳んだあと、「ゴールデンウィークのことだ。」と照れ臭そうに言葉を追加する。
すぐに菜々子が反応を見せ、テーブルに手をついて、堂島のほうに体を乗り出して喜んだ。

「えっ!?お休み、とれたのっ!?」

「あ、ああ。一応な。」

菜々子の反応に驚きながらも堂島が答える。
「やったー!!!」 と菜々子が跳び跳ねて喜ぶのを見て、も顔を見合わせて微笑んだ。
どこか行きたいところはあるのか?と尋ねられ、菜々子がすぐに「ジュネス!!!」と声を上げる。
堂島はそんな菜々子に苦笑した。

「菜々子、ジュネスなんてすぐに行けるだろ?
………そうだな、1泊2日でキャンプにでも行くか?今年はもいることだしな。」

彼はそう言って、笑いながら二人を見る。
「料理も力仕事も心配なさそうだ。」と、堂島は言葉を付け加えた。
キャンプという言葉に、菜々子が目を輝かせた。
それもそのはず。菜々子はキャンプをしたことがない。
部屋を跳び跳ねながら、最後は堂島に飛び付く。

「お父さん、ありがとう!!!」

菜々子の明るい声が響き渡り、堂島の表情も優しいものとなった。
父親の顔。
堂島と菜々子のやり取りを見て、は静かに目を細めた。

(お父さん………お母さん。二人には、しばらく会いに行ってないな。)

そんなを、は横でじっと見つめていた。
にはちゃんと両親がいる。しかしには小さい時から両親がいない。
今、堂島と菜々子を見て、が何を感じているのかには分からなかった。
だけど、分かってあげたいと思う。

(そういえば、は連休中に墓参りに行こうと思っていたって言ってたな………。)

明日は日曜日。
急に思いついた考えに、にわからないようにして頷く。
そのまま横にいる彼女に告げた。

、明日暇か?」

「え、うん。とりあえず暇、かな………。」

ツツーと彼女の視線が堂島たちから外され、へと滑ってくる。
は軽く息を吐いて言葉を続けた。

「明日出掛けようと思うんだけど、にもついて来て欲しい。駄目か………?」

少し不安そうにそう言うと、は何のためらいもなしに笑顔で「いいよ。」と声を上げた。

「よかった。」

はそれだけを呟いた。










次の日。

は朝早くから出掛けた。
ローカル線と特急電車を使用して、はとある場所へと向かう。
が何度も、「どこへ行くの?」と尋ねるが、は答えなかった。
そんな彼を見て、は諦めたような表情で苦笑する。
最後には、「黙ってついていくわ」と笑って言った。

しかし、特急電車からだんだん見えてくる風景に、は少し表情をこわばらせた。
見えてくるのは、海に面した人工の島。その名も『辰巳ポートアイランド』。

………どうして…………?」

電車が駅に着き、は尋ねる。
だが、は答えずスタスタと歩いて行った。は無言のまま、目的地へと向かった。

堂島から教えてもらったルートを歩く。その少し後ろを黙ったまま歩く
ふとが立ち止まり、の名前を呼んだ。

、ごめんなさい………。」

か細い声だった。不思議そうな顔をして、彼は振り返った。
が笑ったような、泣いているような複雑な表情を浮かべる。
彼女はそのままに言った。

、あなたの行きたい場所が分かった。
あなたは私のためを思って、辰巳ポートアイランドに来た。
ありがとう………ちょっと嬉しかったよ。
でも、手ぶらでお父さんたちのところには行けない。
だからせめて、花を買わせて?白くて綺麗な花を買いたいの。」

先程浮かべていた複雑な表情は消え去り、彼女の顔には笑顔が戻っている。
も微笑んで頷いた。

その後二人は、近くの花屋で花を買った。
が選んだ花は、鈴蘭(すずらん)。お母さんが好きだった花なのよ、と彼女は話した。

しばらく歩くと開けた場所に出る。たくさんの墓石が立っていた。
二人がやって来たのは、10年前の事故で亡くなった人々のお墓だった。
は迷わず足を踏み出す。はそれに続いた。
並んだお墓の端で、彼女は足を止める。一度を見てから呟くように言葉を吐いた。

「ここが、私の両親のお墓。二人で一緒に眠ってるの。
仲いいでしょ?お父さんとお母さんは大恋愛の末に結婚したんだって。
いつもいつも仲がよくて、優しいお父さんとお母さんだっ………た、の。」

不意に、の目元で何かが光る。それは静かに頬を伝って大地に落ちた。
墓石に鈴蘭が手向けられる。

「俺、向こうに………」

「いいの、いてくれて。ねぇ、お父さんお母さん、おじさんたちは元気だよ。
仕事ですぐ海外に行っちゃうけど、二人とも私を大切にしてくれてる。
それから私ね、また、素敵な友達ができたの。
本当に大切な友達。私の仲間………なの。だから安心してね?」

それだけを言うと、は軽く墓石に触れ、静かに立ち上がる。

「もう、いいのか?」

が尋ねると、は力強く頷いた。
そのあとすぐ、もう一つ、寄りたい場所があると言って歩き始めた。
手には鈴蘭とは違う花が握られている。鈴蘭と一緒に買った花だった。

百日草とスイートピー。

どちらも綺麗な色をしている。
は無言で歩き、とあるお墓の前で止まった。白い墓石をじっと見つめ、優しく撫でた。
瞳は細められ、彼女はにっこりと笑う。
はふと、墓石に刻まれた名前を見る。知らない名だった。名前の下に、こう彫られている。

『宇宙の片隅で、死と共に安らかに眠る。』

スッ………とがしゃがみ、花を墓石に供えた。同時に少し涙ぐんだ声で呟く。

「先輩、あの時もらったキンモクセイのこと、絶対に忘れません。
心の底から、嬉しかった………。だから私は、あなたにこの花を贈ります。」

あなたをしのぶために。

そして、私を忘れないで。

私はいつまでも覚えています。

あなたとの、優しい思い出を………。

静かに彼女が立ったのを見て、は肩に優しく手を置いた。
は先程花を見つめながら唇を噛んでいた。まるで泣くのを堪えるように。
はそんな彼女に言葉をかける。ただ一言………。

、我慢しなくていい。」

………?」

少し赤くなった目で、を見つめる
そんな目の前の少女に、は笑いかけた。

「ここには、お前の大切な人がいるんだろう?泣くのを我慢しなくていい。
誰かのために泣いてくれる人がいる。それは素敵なことだと俺は思う。だから………」

そう告げれば、の目からぽろぽろと、溢れるように涙が沸いてくる。
初めは静かだった泣き声も、次第に大きくなっていった。
赤ん坊のように泣く彼女を抱きしめ、安心させるように背中をさする
のしゃくり声との優しい声だけが響く。

が泣く中、さわさわと風が花を揺らした。
まるで誰かが花を撫でているように、百日草とスイートピーが揺れる。
の胸で泣くを見て、彼は少し彼女のことが分かった気がした。

がずっと追いかけていた影は、きっとこの場所に眠る彼女の『先輩』なのだろう。
は両親の他に、大切なものを失っていた。
ずっとそれが彼女の心に棘として刺さっていたに違いない。

「よく、我慢してたな、。でももう、我慢しなくていい………。」

の胸に押し付けられた頭が、数回縦に動く。
そのまましばらく、二人は同じ場所に立っているのだった………。










思い出を忘れないと誓う花。