日曜日。 はベッドから起き上がって伸びをした。 昨日から降り続いた雨はまだ、しとしと降っているようだった。 昼には曇りになるという予報。当たるかどうかは分からないが………。 ぐしゃぐしゃの髪を押さえつつ下へ降りると、カチャンカチャンという音が台所からする。 それと同時に、ホットケーキのいい香りがふわりと漂ってきた。 台所に目を向けると、がエプロンをしてフライパンを見ている。 その横には菜々子がいて、じっとホットケーキが焼きあがるのを観察していた。 「あ、お兄ちゃん、おはよう!!!」 菜々子がに気付き、声をかける。 の瞳も彼へと動いた。にっこり笑って言う。 「おはよう、。今日の朝ごはん、ホットケーキでいい? イヤなら別のもの作るけど………。遼おじちゃんのお弁当の残りがあるけど、どうする?」 彼女は小首をかしげた。横で菜々子が今度はをじっと見ていた。 彼は迷わず答える。 「ん、ホットケーキでいい。の焼くホットケーキ、好きだから。」 「そう。分かったわ。」 はそのままタオルを肩に引っ掛けて、洗面所へと向かう。 フライパンに向き直ったの横顔に、菜々子は笑って言った。 「お兄ちゃん、お姉ちゃんの焼くホットケーキ好きなんだって。 菜々子も好きだよ。お姉ちゃんのホットケーキ。」 「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。」 ホットケーキをひっくり返しながら、も笑う。 綺麗に焼けていて、菜々子にはホットケーキの表面がピカピカ光っているように見えた。 ごくりと喉を鳴らしていると、の声がかかる。 「さ、ホットケーキがもうすぐ焼きあがるから、席について待っててね。 あ、ナナちゃん。グラスに牛乳入れて、お兄ちゃんの席に置いといてくれない? お兄ちゃん、牛乳苦手みたいなの。ダメね、好き嫌いなんて。」 そういいつつ、菜々子の皿に焼きたてのホットケーキを置く。 そのあとまた、フライパンにタネを入れて今度はの分を焼き始める。 ガチャンと菜々子が冷蔵庫から牛乳を取り出し、グラスに牛乳を注いだ。 菜々子は容赦なく、の席にグラスを置いた。グラスにはなみなみに入れられた牛乳。 ちょうどその頃が戻ってきて、席に置かれた牛乳に顔をしかめた。 「牛乳…………」 「お兄ちゃん、好き嫌いはダメだよ?」 ホットケーキにハチミツをかける菜々子にそう言われ、はイヤイヤ牛乳を手に取った。 これがいつもの日曜日の朝の光景。 昨日、マヨナカテレビが映って、みんなで大騒ぎしたことなんて嘘みたいだった。 昼からは菜々子、との三人でジュネスに買出しに行った。 当たり前のようには荷物を持たされる。重かったけど、なんとなくこの時間が楽しかった。 帰り道、は菜々子と手をつないで、菜々子が好きなアニメの曲や、ジュネスの曲を一緒に歌っていた。 その声が透き通っていて、後ろを歩くは少しだけ笑う。 「お兄ちゃんも一緒に!!!」 前を歩く菜々子が振り返り、一緒にジュネスの曲を歌った。 家が近くなると、鎖をはずされたコロマルがワンワンと嬉しそうに吼えて出迎えてくれる。 コロマルは菜々子に飛びつき、顔を舐める。 そのあとににもしっぽを振った。名前を呼ぶと、「ワン!」と鳴く。 「コロマル、家まで競争!!!」 菜々子がそう言って走ったあと、耳をピンと立てたコロマルが、彼女を追った。 その様子を見て、がクスリと笑う。 「コロマル、嬉しいのね。もともと人が好きな犬だったから………。」 「そうなのか。なあ、はコロマルといつ知り合ったんだ?」 トボトボと歩きながらが尋ねた。 夕日がの顔を赤く照らし、2人の長い影が地面に伸びる。 穏やかな声で彼女はコロマルについて語った。 「コロマルが私達の仲間になったのは、2年前の夏………だったわ。 コロマルはね、もともと港区の長鳴神社っていうところ住んでたの。 そこの神主さんがコロマルのご主人でね、コロマルはそのご主人を大事に思ってたわ。 でもその神主さんは、事故で亡くなってしまった。 コロマルは神主さんが亡くなったあとも、ずっと一人で長鳴神社を守ってたのよ。 コロマルにとって、神社が神主さんとの思い出の場所だったんだと思う。 現実世界に現れたシャドウに怪我を負わされても、コロマルはシャドウの神社への進入を許さなかった。 私の先輩の話だと、コロマルはペルソナを使ってそのシャドウを撃退したらしいの。 それから保護されて、コロマルは私達のところで世話することになった………。」 「………コロマルは、立派な犬だな。」 「ええ。とてもね。あの子は人間をよく理解してる。 コロマル自身、大好きな人をたくさん失ったから、悲しみについてよく知っている犬よ。」 話しているうちに、堂島家へと到着する。 家の前で菜々子にじゃれあっているコロマルを、はじっと見つめた。 ペルソナとは、心の力。 そういうふうに純粋に人が好きと思えるからこそ、 コロマルはペルソナが使えるのかもしれないなと彼は思うのだった。 その日の夜中も、マヨナカテレビが映る。 陽介との電話で、やはり巽完二に姿が似ているという結論に達した。 さっそく明日の放課後からみんなで巽完二について調べることにすると約束し、電話を切ろうとする。 しかし、陽介がそれを制止した。 「なぁなぁ、ところでさ、俺らの周りって結構可愛い女子って多いじゃん?」 「………なんで突然そんな話を?」 怪訝な顔をしては答えた。 周りの女子っていうと、千枝や雪子、のことを言っているのだろうか? 陽介が明るい声を上げる。 「まぁまぁ!!!いいだろ、こういうピンク色な話くらい。 、この際だから腹を割って話そうや。で、ズバリお前に聞くけど、ってどの女子がタイプなんだ? 元気すぎるカンフーマニアの里中?それとも上品でお嬢様の天城? はたまた、ミステリアスな雰囲気を漂わせる謎多き転校生の?」 は興奮する陽介にため息をついてみせた。 「いいから直感で答えろよ!!!」と彼が促すので、は少し考える。 ………。彼女は確かに不思議な雰囲気を漂わせていて、自分のことをあまりしゃべりたがらない。 でもなんとなく、彼女と一緒にいると安心する。 波長が合う………ような感覚。それは会った瞬間から………。 気付けばは、ポツリと彼女の名前を口にしていた。 「…………かな。」 「――――――――えっ?」 そのとたん、今まで興奮していた陽介が、少し緊張した声を出した。 は少し、不思議に思う。 「陽介?」 「あ、ああ!!!なんでもないっ!!!ちょっと意外だっただけだ!!!」 先ほどの声を消してしまうかのように陽介は明るい陽介に戻った。 自分の気のせいだったのかもしれないと、は思う。 陽介の言葉に苦笑しつつ、「意外って何だよ。」と答えた。 「いやぁ〜、お前のことだから、絶対天城あたりだと思ってたんだけど………。 そっか、が気になるのか。はお前と同じ、都会から来た転校生だもんなー。」 「都会から来た転校生って………お前もだろ?陽介。」 先ほどの彼の言葉には笑った。 つられて電話口でも笑った陽介は、「俺はもう、稲羽市に帰化してっからな。」と呟く。 2人でしばらく笑いあったあと、時計を見るともう1時になってしまいそうだった。 明日は普通に学校がある。がそろそろ……と言いかけると、陽介も時間に気付いたのか声を上げた。 「やっべ!!!もうこんな時間かよ!!!明日朝イチからモロキンの授業じゃん!!! もう寝ないと、授業中居眠りするハメになるな!!!じゃあな、。 また明日会おうぜ!!!それと、明日は巽完二調査、よろしくな。おやすみ。」 そう言って、陽介が電話を切ったので、も携帯を耳から離した。 まさか気になる相手を言わされるとは思わなかったと彼は思い、ごそごそと布団の中に入る。 電気を消すと、頭の中での顔が浮かんだ。 (あんなこと言って……明日、ちゃんとの顔、見れるだろうか?) ごろんと横向きになる。 今、は何をしているだろうか?もう寝ているだろうな………。 そう思いながら、も瞼を閉じた。 (の気になる人って………なのか。) ベッドに寝そべって、白い天井を見る。 薄々がのことが気になっているんじゃないかと気付いていたが、 こうまでストレートに言われるとは思ってもいなかった。 なんとなく、モヤモヤする。 でも陽介はちゃんと、その答えを知っている。 彼自身も、のことが気になっているから………。 とは家が隣同士で、しかもの家に食事まで作りに行っている関係。 彼はいつも学校にの手作り弁当を持ってきている。 羨ましいと思う。そんなふうに、彼女と近いところにいるのが。 陽介は枕に顔をうずめた。 (どうしろってんだ、俺は………。なあ、もう一人の俺。 お前だったらこういうとき、どうする?って、決まってるよなぁ………) 彼は顔を上げて呟いた。 「もちろん、諦めるなっていうんだろ?もう一人の俺。」 夕方からしとしとと降り続いた雨は、いつしかやんでいた。 その頃、真夜中のポートアイランド――――――――。 「真田さんっ!!!シャドウがそっちに行きましたっ!!!」 「了解した、天田!!!ペルソナは使えないが、この拳はまだ健在だっ!!!」 真田は右手を固く握って、襲ってきたシャドウに一発食らわせる。 だが、シャドウは真田の拳を受ける前に後ろへと後退する。 (何っ!?はずしただとっ!?たかが雑魚の分際でっ……!!) そう思った瞬間、痛みが真田を襲い、気付いたときには彼は吹き飛んでいた。 幸いにもすぐにそれに気付いた天田が、ペルソナの魔法を使って真田を助ける。 壁にめり込んで、大怪我をすることは免れた。 体勢を立て直してシャドウを睨みつける。今回現れたシャドウは、いつもより少し大きかった。 シャドウに追いついた天田が、すかさずペルソナを発動する。 雷がシャドウを攻撃したが、当たらなかった。 代わりに、シャドウがいたところの道路が粉々に破壊される。 (カーラ・ネミのジオダインをかわしたっ!?) ひやりとした汗が天田の頬を伝う。 その後、背中に強い衝撃が走った。 「がはっ!!!」 天田は後ろからシャドウの攻撃を受け、道路を転がる。 彼にはまだ、ペルソナが健在するので大きな怪我はしなかった。 しかしところどころにアザができ、天田が転がった部分の道路は、大きくヒビが入っている。 「天田ーっ!!!!くそっ、俺に……俺にペルソナの力があればっ!!!」 真田が大きく叫ぶ。 天田は消えかかる意識の中で、真田の叫び声を聞いていた。 (今日は完全に負けたな。僕も、先輩みたいに強かったら……) そこで彼の意識は途切れた。 天田が気を失ったことを知った真田は、力いっぱい拳を握る。 力不足な自分に腹が立つ。 天田は一生懸命戦った。そしても、稲羽市で戦っている。 それなのに自分は、目の前の雑魚すらも倒すことができない。 真田の握った拳は、ぷるぷると震える。彼は拳を握ったまま、一気に駆け出した。 「やめろ明彦っ!!!お前は今、天田みたいにペルソナを自由に使えるわけじゃないっ!!!」 バイクで追いついた美鶴がその光景を見て、大きく叫んだ。 けれども真田は止まろうとしなかった。 「うおおおおおおおおお――――――――っ!!!」 「明彦――――――――っ!!!」 真田と美鶴の叫び声がかぶった。そのあと、シンと辺りが静まり返る。 目をつぶった美鶴は、おそるおそる目を開いた。 そこに、あるはずのない光景があった。 「明彦…………ペルソナが…………」 美鶴の目の前にあった光景は、真田のペルソナ・カエサルの拳が、シャドウを貫く光景。 しばらくして、シャドウは鋭い鳴き声とともに黒い煙に変わる。 肩で息をする真田の背後には、彼を守るようにカエサルが寄り添っていた。 |