ごそごそとは家の押入れを探っていた。
「確かこのへんに………」と、そう呟きながら引っ張り出したのは一つのダンボール。
上のほうに油性ペンで『のだんぼーる』と書かれている。
これを書いたのは小学一年生になる直前。ポートアイランドに行く日の前日。
ここでの思い出は全てしまっていこうと思って、全てをこの中にしまいこんだ。
それがあの時の決意だった。両親のことが分かるまで、絶対に帰らないという………。
そばでコロマルが「クゥーン?」と声を上げる。クスっと笑って、はダンボールをあけた。
お目当てのものはすぐに発見できた。ポケットに入るくらいの、小さな古びたクマのぬいぐるみ………。
乱雑に縫われているものの、どこか愛くるしい表情を浮かべるそれを、は優しい目で見つめた。
コロマルが再び不思議そうに鳴いたので、彼女はぬいぐるみを見ながら言った。

「これね、完二君が作ってくれたんだよ。私のために、お母さんと2人で作ってくれたの。
お母さんを失くした私が、寂しくないようにって………。
いつもこのクマと一緒にいられますようにって、こんなふうに小さいサイズなんだ。
コロマル、完二君ね、本当はすごく優しい子なんだよ。だから絶対、助けようね?」

顔をコロマルに向けると、「ワン!」という力強い返事が返ってくる。
それを聞きながらは、古びたクマのぬいぐるみをそっとポケットに入れた。









完二を救出するため、今日もみんなでテレビの中のサウナへと足を運んでいた。
いつもと同じように熱気と湿気がたちを包み込む。
サウナの中を駆けずり回りながら敵と戦ったせいか、汗びっしょりだった。
ボソリと花村が呟く。

「あちぃー………。つーかなんでサウナなんだよ。
裸と裸のお付き合いとかなんとかシャドウの完二は言ってたけどよ………。」

座り込んでしまった陽介を見て、は足を止めてみんなに言った。

「仕方ない。少しここで休憩しよう。」

そう告げると、雪子も千枝もぺたっと座り込んでしまった。
やはりまだこの世界とペルソナに慣れていないのだろうか………。
そんな気持ちでが3人を見ていると、ダンジョンを見回しながらが話しかけてくる。

「だいぶ登ったような気がするけど、クマは完二の雰囲気を感じないって言ってる。
このところクマの調子も少し悪いみたいだ。」

「そうみたいね。心なしか、最近クマの様子が少しおかしく見える気がするの。」

もそう言って、こっそりクマを盗み見た。
今は陽介たちと一緒に笑っているが、時々思いつめた表情を見せることがある。
彼女はそれが少しひっかかっていた。
完二の居場所を探す時だって、雪子を探し出した時のようにはいかなかった。
何か完二のことを掴めるような手がかりが欲しい………クマはその時そう言った。

「もしかして、クマはサポート系じゃないのかもしれない。」

「え………?」

彼女の言葉に、が驚いた声を上げる。
はぼうっと昔のことを思い出していた。
二年前、風花がいなかった時に美鶴がサポートに回っていたことがあった。
彼女のペルソナはサポートのペルソナではなく、戦闘系のペルソナだった。
ただ、美鶴自身のペルソナがサポート系のペルソナでもあったため、少しはサポートが行えたのだ。
はそのことを思い出しながら彼に言った。

「昔ね、戦闘系のペルソナを持っていた先輩が、少しだけサポートもできたの。
クマはもしかしたら、そんな感じなんじゃないかと思って………。
ただ、そういうのはダンジョンに深く入れば入るほど力が及ばなくなってきちゃうから、
もしクマがそうなら、完二君の居場所が分かりにくくなってきたのは頷けるかもと思って。」

「なるほどな………。そうなると、これから少し大変になってくるかもしれない。」

「そうね。確実に私達は、この世界の深いところに入って行ってるわ。」

2人でそんな話をしていると、陽介の明るい声が上がった。
彼の声に続いて、千枝と雪子も立ち上がる。少しは休憩ができたようだった。
そんなみんなの様子を見ながらは出発を判断する。
階段を見上げながら、完二が早く見つかればいいのだがと思った瞬間、クマが叫んだ。

「せっ………センセイっ!!!近いクマよ!!!完二の匂いがするクマっ!!!」

「ええっ!?」

驚きの声を上げたのは千枝だった。
雪子も陽介と顔を見合わせ、リーダーであるの顔を見る。
コロマルも階段の上を見上げて、低い唸り声を上げていた。
何かを感じ取っているかのように全身の毛が逆立っている。
コロマルの頭を撫でながら、に行った。

「どうするの?………。」

一旦戻って、体勢を立て直してから行くか、それともこのまま完二のところへ行くか。
はぐるっとみんなの顔を見てから判断を下す。

「…………今日は戻ろう。」

「えっ……………?」

千枝たちにとって、意外な言葉だった。
陽介がすぐに声を上げる。怒りを含んだ声で、彼は今にでもに掴みかからん勢いだった。
雪子も「ここまで来てどうして!?」とに抗議するが、は首を振って三人を見る。
そのまま静かに述べた。

「陽介、お前、だいぶ疲れてるように見える。天城も里中も。
そんな状態で完二のところに乗り込んだら危険だ。
今までのことから見て、多分大きな戦闘となると俺は思う。
こっちの霧が晴れるまではもう少し時間がある。
完二を助けるのは明日にして、今日は少し早めに切り上げたほうがいい。」

冷静に言うとは裏腹に、陽介は荒い声を上げた。

「俺は大丈夫だ!!!疲れてないっ!!!」

「嘘………。」

彼の言葉にかぶるようにしても口を開く。
その場にいたみんなが、一斉に彼女の顔を見た。
がコロマルの頭を撫でながらポツリと言う。

「陽介、本当は今、立ってるのも辛いんじゃない?
さっき巨大シャドウと戦った時、かなりの精神力を消耗したはずよ?
デカジャのほかにスクカジャとか使ったでしょ?
ああいう援護系の魔法は、かなりの精神力を消耗するのよ。
同じように千枝ちゃんも。それから雪ちゃんも攻撃役に回ってたから、体はかなり疲れてるはず。」

「そういえば、私さっきから体が重い…………」

雪子が頬に手を当てて、考えるような仕草を見せる。
千枝もその場に座り込んで「アタシもなんだか………」と呟いた。
を睨みつけていた陽介は、一度千枝と雪子のことを見る。
なんとなく、2人の顔色が悪いような気がした。
自分ではよく分からないが、の言うとおり体は疲れているのかもしれないと思った矢先、
足元が少しふらつき、陽介も千枝の横でしゃがみこむ。
頭上から低い声がした。

「陽介、今日は家に帰ってゆっくり休め。
大事な戦いのときに、お前が万全じゃなかったら、俺は安心して自分の背中をお前に預けることはできない。
お前のこと、信頼してるんだ。だから………万全な状態で、完二のところに行こう。」

そう言葉を紡ぐの顔を陽介は見上げた。
彼のセリフが多少嬉しくて、でもなんとなく恥ずかしい。
少し焦った陽介は、立ち上がって軽くの頭を叩いた。

「おまっ………何気に恥ずかしいこと言うなよっ!!!
ってか、発言がなんか侍っぽいぞっ!!!自分の背中とか………お前は侍かっ!?」

「ん?聞いてなかったのか?モロキンが落ち武者って言ったはずだけど………」

「落ち武者って………それじゃダメじゃん君っ!!!」

「ってか転校初日、諸岡先生にそう言われて、『誰が落ち武者だ!!!』って否定しなかったっけ?」

雪子と千枝が笑う。とぼけたようにが声を上げれば、陽介が彼にヘッドロックをかけた。
先ほどとは違い、サウナのダンジョンに明るい声が響き渡った。も彼らと一緒になって笑う。
そばにいたコロマルも楽しそうな声を上げて陽介との周りを走り回った。

それからクマの力を借りてジュネスへと戻ってくるメンバーたち。
千枝と陽介はそのまま疲れた体を引きずって、家に戻っていった。コロマルの姿はすでにない。
は用事があるからと、片手を上げて雪子とに背を向ける。
がとっさにの用事を尋ねると、彼は少し笑って言った。

「ベルベットルームに………な。」

それだけ言うと、ゆっくりと歩き出した。
ジュネスの家電売り場に残されたのはと雪子の2人。
が下にある食品売り場で買い物をして帰ろうと思っていると、雪子がふいに彼女の名前を呼んだ。

「あの………ちゃん、私ね、料理に挑戦しようと思ってるの。
それで、一緒に買い物に付き合ってくれない?その……ちゃん料理うまいから、いろいろ教えて欲しいし。」

少し顔を赤らめて言う雪子は、どこか可愛くて………。はにっこり笑って頷いた。
ちょうど自分も買い物をして帰る予定だったことを言うと、雪子は「堂島家のお母さんみたいだね」と微笑んだ。

食品売り場で一緒にカートを押しながら、食材や料理についてあれこれ話す。
ふと、雪子がカートを止めてに尋ねた。

「それにしても、よく私達が疲れてるって分かったよね。
ホント、ちゃんも君もすごいなぁ。なんかペルソナを使い慣れてるって感じ。
私もちゃんみたいになりたいなー。」

「ふふふ。私も最初は雪ちゃんみたいだったよ。私は一度、ペルソナを経験してるから………。
大丈夫。慣れてきたら、そういうことがだんだん分かるようになるから。
習うより慣れろって感じかな。」

は目の前にあったじゃがいもを吟味してかごの中に入れていく。
今度はにんじんを入れようと品物に手を伸ばした時、ぽつりと聞こえた雪子の言葉に手を止めた。
雪子は目を伏せたまま、悲しそうな顔をしている。

「ねえ、完二君、大丈夫だよね?完二君って、ホントはすごく優しい子で、寂しがりやなんだ。
今、お腹すかせてないかな?寂しくないかな?」

その不安そうな雪子の顔に、は優しく微笑んだ。
にんじんを手に取り、かごの中に入れてから口を開く。

「大丈夫だよ。それに、そんな不安そうな顔で完二君を助けに行ったら、相手も不安になっちゃうよ。
そうならないために、まずは雪ちゃんが元気にならなきゃね!!!
そうだ。うちは今日カレーにしようかと思うんだけど、雪ちゃんは何に挑戦するの?」

務めて明るく言うと、雪子もの言葉に納得して笑顔を取り戻した。
でも本当はだって、雪子のように不安で仕方がなかった。
完二がテレビの中にいることもだが、先日のポートアイランドでの出来事も。
そして、真田に突然ペルソナ能力が戻ったことも。
事件がこの世界に大きな影響を与えているんじゃないかと考えると、胸がざわついた。
またニュクスと………望月綾時と対面する日が来たら、彼はきっと悲しそうな顔をするだろう。
同時に自分たち人間に絶望するだろう。

(それだけは…………)

はポケットの中に入ってる小さなクマのぬいぐるみを、無意識にぎゅっと握り締めていた。








#19 戦いを前にして。