は目の前にある大きな扉を開いた。 気付いたときには高級車の座席に座って、鼻の長い老人と対面している。 そのそばでは、柔らかな笑みを浮かべた女性が控えている。 いつもの光景。ベルベットルームでの………。 「はて、お久しぶりでございますな、お客人。今回のご用件は?」 にやりと笑った老人・イゴールは、手を組んでに声をかける。 彼ははっきりとした声でイゴールに言った。 「ペルソナ合体で火炎系のペルソナを………エリゴールを召喚してほしい。」 「なるほど。わかりました。では召喚しましょう。」 スッとイゴールが手を上げると、の持っていたペルソナカードが並べられる。 光がカードを包み、眩しさで彼は目をつむった。 キンという耳をつく音が最後にしたあと、白い光はなくなり、輝くペルソナカードがゆっくりに落ちてきた。 手を伸ばせば体に浸透するようにカードが消えていく。 この感覚には最近やっとなれてきた。 以前は自分の中にムズっとするものが入ってくる感覚で、気持ち悪かった。 「ふぅ…………。これでよし。」 そう小さく呟くと、イゴールの顔が少し持ち上がる。 を見つめたまま、にたりと笑って尋ねる。 「どうですかな?ペルソナのほうは………」 「最初はうまく使えなかったけど、最近は少し慣れてきた感じだ。 これものおかげなのかもしれないけどな。」 「ほう、あの方のおかげとは。やはり、あの方をお客人に差し向けて正解だったようですね。」 イゴールの笑った顔はさらに緩められていく。 その横で控えるマーガレットも喜んでいるようだった。 のペルソナの使い方は、にとって光って見えるものだった。 敵の弱点がいつでもつけるようにいろいろなタイプのペルソナを取り揃えているし、 そのどれもが強力なペルソナだった。 パーティーがピンチになったときでも、冷静な判断をしてくれる。 それはやはり、一度ペルソナを使ったことがあるからなのだろうか? 彼女の持っているペルソナカードは、光り輝くペルソナカードばかり。 その中で一番美しいカードは、『オルフェウス』というカード。 は一瞬ためらったが、思い切ってイゴールに尋ねた。 「イゴール、のカードはどうして光輝いてるんだ? 彼女はペルソナにもかなり慣れているし、一体何者なんだ?」 イゴールはの質問には答えなかった。 かわりに、先ほどから黙ったままだったマーガレットが口を開く。 ペルソナ全書をぎゅっと握るマーガレットに、は視線を向けた。 「彼女は命の答えにたどり着いた者なのです。」 「命の、答え…………?」 重苦しい言葉に、はすぐに反応する。眉がひそめられるのを見ていたイゴールは、 マーガレットに目配せをしたあと語り始める。 「さよう。彼女は先の戦いで、二つの命の答えにたどり着いたのです。 一つは宇宙の片隅で死んでいく命の輝き、もう一つは宇宙の片隅で生きていく命の輝き。 その二つの答えにたどり着けた時、彼女は世界の称号を与えられたのです。 アルカナでいうと21番目のアルカナ、ワールドの称号を………」 「ワールドの称号………」 小さく呟いたに、イゴールは頷いた。 今度はイゴールの横にいるマーガレットが言葉を発する。 彼女が右手を前に差し出すと、0〜21までのタロットカードが現れた。 「大アルカナは、人間の人生に例えられるわ。 0の愚者、これは生まれたての赤ん坊。まだ見ぬこの世に踏み出そうとしている状態。 ここから旅が始まるのよ。赤ん坊は成長し、大人へとなっていく。 その中で挫折や敗北も味わっていくはず。人生の中間地点である13のカード、死神。 これは終末や破壊を意味するのと同時に、再出発や挫折から立ち直ることも意味する。 やがて挫折から立ち直った人間は、結婚し、新たな命をはぐくむ。 年を重ねるごとにその子供が大きくなり、親は年をとっていく。人間の先に待つものは死。 誕生から死ぬことまでが人生で、死を迎えた人間は完全といえる存在といえるわ。 死を迎えることで、21番目のアルカナである、ワールドに達することができる。」 そこでマーガレットは一旦言葉を切った。 静かな時間が少しだけ流れる。 マーガレットが片手で空を切ると、宙に浮いていたタロットカードはワールドだけとなる。 彼女は再び話し出した。 「でもね、ワールドに達することがゴールじゃないの。 死である終わりの先にあるのは、再びこの世界に新しく生まれてくること。始まり。 世界………終わりは同時に、始まりでもある。輪廻転生。それがこの世を生きるものに与えられている。 終わった魂は、再び始まりの魂としてこの世に生まれる。先の戦いで、彼女はそれに気付いた。 だからワールドの称号が与えられたの。」 マーガレットの手の上で、ワールドのカードがゆっくりと回る。 裏には始まりを示す0のカード、愚者がついていた。 そのカードがに差し出される。 彼はタロットカードを手に取った。若者が旅に出ようとしているイラスト。 イゴールが口を開いた。 「彼女の終わりは、命の答えにたどり着くことでした。 あなたの終わりは、真実を見つけること。お客人はまだまだ旅に出たばかり。 時に迷うことや挫折することもあるでしょう。 しかし安心なさい。世界を持つ者が、必ずあなたを世界へと導いてくれることでしょう。 自分を信じて歩みなさい。私達はいつでも、あなた様のお力になれるよう、おそばにおります………」 そこでの意識は途切れた。目を開けると、稲羽市の商店街でぼうっと立っていた。 目の前には変わらず青い扉がある。 この扉は誰にも見えない。そう、以外は………。 ふと手の中を見ると、愚者のカードがしっかり握られていた。 裏を返すとワールドのイラストが描かれている。 (は………ここまでたどり着いた。今度は俺の番………。) はそっと、愚者のタロットカードを制服のポケットにしまった。 その夜。午後9時を回り、ニュースを見終わったはテレビを消した。 菜々子はもう、自分の布団の中で夢を見ている。 彼はソファーに座ったまま、携帯のメール画面を開いた。 明日は土曜日。夕方に一条からメールが届き、明日長瀬と一緒に遊ばないか?という内容だった。 正直は悩んでいるところ。もしかしたら明日は、がジュネスに行こうというかもしれないから。 いつも土日は、買出しで彼女に付き合っている。もちろん菜々子も一緒に。 携帯を握ったまま、は台所に立っている後ろ姿に声をかけた。 「、明日ジュネスに買出し行くのか?」 「うーん………今のところ足りないものはないけど、ナナちゃんが行くっていうかもしれないかな。 ナナちゃん、ジュネス大好きでしょ? あ、でも買い物はしないと思うから、に予定があるんなら、付き合ってくれなくてもいいよ。」 皿を洗う音とともに彼女の声がする。 いや、俺がと一緒にいたいんだけど……なんていう言葉を飲み込んで、は言葉を返した。 「そうか。それなら明日は、一条たちと出かけることにする。」 久しぶりに野郎共と思いっきり遊んでくるかーと呟けば、クスっという笑いが聞こえた。 一瞬台所を見てから、はメール画面に再び視線を落とした。 一条のメールアドレスを入れ、ぽちぽちと文字を打ち込んでいく。 To 一条 Sub 明日のことで ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 明日、特に用事もないから俺も行く。集合場所とか時間とか、詳しく教え 「センセイ〜…………?」 そこでは、メールを打つ手を止めた。 どこからともなくクマの声が聞こえたような気がしたから。 あたりを見回すが、あのフッサフサの毛を持つクマはいなかった。 台所のを見ても、ただ皿を洗っているだけ。 テレビの世界でクマの声を聞きすぎて頭に残ってるのか?と、彼は疑問に思う。 もう一度メール画面に目を向けたところで、また声がした。 「センセイってば!!!そこにいるならちゃんと返事してクマっ!!!」 「………ねぇ、今クマの声が聞こえなかった?」 キュッと水が止められ、濡れた皿を持ったままが彼を振り返ってる。もの言葉に頷いた。 確かに今、はっきりとクマの声が聞こえた。けれども姿は見当たらない。 まさか…………。はそう思って、居間のテレビに近づいた。 黒い画面に、小さくさざなみがたっている。彼はテレビに向かって答えた。 「クマ?お前、そこにいるのか?」 「センセイっ!!!クマは幸運クマっ!!!」 も手を拭いてテレビの前に座り込む。 どことなくクマの声が焦っているように思える。 が優しく「どうした?」と聞けば、クマは今度泣き出してしまった。 「センセイっ!!!クマの世界が大変クマっ!!!変な大きいシャドウが、雪ちゃんのお城で暴れてるクマよ!!! すっごい凶暴で、クマの力じゃどうにもならないクマ!!! 他のシャドウたちもみんな一斉に逃げて、テレビの世界は大混乱クマ〜!!! このままだと、何が起きるか分からないクマよ。もしかしたら、完二も危ないかもしれないクマ!!!」 「どういう、ことだ?」 眉をひそめてが呟く。隣のを見れば、彼女も険しい顔をしてクマの話を聞いていた。 「とにかくセンセイっ、今すぐテレビの世界に来て欲しいクマ〜っ!!!」 そこでぶつりと電話が切られるように、クマの声もしなくなってしまった。 2人は顔を見合わせて困り果てる。クマの世界が危機にさらされていることは分かった。 しかし、今からすぐに来いといわれても、人が通れるくらいの大きいテレビなんて近くにない。 が真剣な眼差しで言った。 「ジュネスって確か、午後10時まで営業だったよね。行こうよ!!! 陽介や雪ちゃんたち集めて!!!今ならまだ、ジュネスも開いてる!!!」 の言葉にコクンと頷いたは、先ほど打っていたメールを保存しないまま閉じる。 代わりに電話帳を開いて、陽介・千枝・雪子に電話をかけた。 「どういうことだよそりゃ!?クマの世界が大変なことになってるって……… とにかく、俺今ジュネスのバイトが終わったところだから、もう家電売り場にいるわ!!! とコロマルと一緒に、早く来いよ!!!」 「ええっ!?今からジュネスに!?もう、何なのよ一体………。 でもなんか、緊急事態発生っていう感じ。分かった、私も急いでいくから!!!」 「クマさんの世界が………? 君、それ、どうやって分かったの?……って、あとで詳しく聞くから。 ジュネスの家電売り場に行けばいいの?わかった。」 電話を切ったは、そばに置いてあった制服の上着を羽織る。 慌てて玄関に行けば、コロマルをつれたがのことを待っていた。 菜々子を家に一人で置いていくのは気が引けた。 けれども、あの世界に連れて行くわけにはいかない。あそこは家よりももっと危険だから。 こんな時、堂島が家にいればいいのにと思いながら、は玄関の鍵をかける。 振り返った時、とコロマルは一緒に空を見上げていた。 「どうしたんだ、。コロマルと一緒に空なんか見上げて………」 「ううん。ただ、今日は満月なんだなっておもっ………まん、げつ?」 呟いて、彼女はハッとする。 そういえば、ポートアイランドで巨大シャドウが出た時、満月ではなかったか? あの時のシャドウは、すごく凶暴ではなかったか? そして………最近ポートアイランドにシャドウが出る。 もしもクマの世界と満月、巨大シャドウが関係しているのなら………… 「クマの世界が………危ないっ!!!」 「ワンっっっ!!!」 彼女の足元にいた一匹の犬が、徒走のスタートを切ったように全力で走り出す。 もそれに続いて走り出した。はわけがわからなかったが、慌ててについていく。 アスファルトを全速力で走りながらが叫ぶ。 「どうしたんだよっ!!!満月と何か関係があるのか!?」 「あるわ!!!とにかく今は早く、ジュネスへ!!!クマの世界が危ないのっ!!!」 2人と一匹の足音が、暗い稲羽市の商店街に響く。 彼らが通り過ぎるのを、一人の青年が見ていたことなんて、気付かなかった。 いや、姿格好は青年だが、どこか違う雰囲気を漂わせる。 男性か女性か判定できない顔は、うっすらと笑みを浮かべていた。 「面白くなってきたじゃないか。ねぇ、イザナギ…………。」 抽象的な顔は、さらに怪しく笑った。 |