完二がペルソナに目覚めた。
彼に肩を貸しながら歩くと陽介。完二を気づかう千枝と雪子。
心配そうに彼らにくっついているコロマル。
は後ろでぼぅっと、前を歩く5人と一匹を見ていた。

ちゃん……。」

ふと名前を呼ばれ、横を見る。クマがいつになく真剣な顔をしていた。
その顔は真剣さを帯びていたが、泣き出しそうでもあった。

「クマ?どうしたの?」

柔らかく微笑んで返事をすれば、下を向いたままのクマがポツリと呟く。

「クマ……全然役にたたなかったクマね。
完二探しだって、みんなのヒントがないと分からなかったクマ。」

「そんなことないわ!!!敵を倒す時、クマは弱点を探ってくれたじゃない!!!」

必死で否定すると、クマの瞳が持ち上がる。
その瞳はどこか鋭さを帯びていて、は戸惑った。

「でもクマは、敵の弱点を探っただけで、そのあとは一人でオロオロしてるだけだったクマ!!!」

「それは――――――――

何も言えなくなり、の言葉は語尾が消えていく。
どう返していいか分からなくなり、下を向いた時、クマの小さな声が聞こえてきた。

「………ちゃん、ごめんクマ。
クマ、ついイライラして、ちゃんに当たっちゃったクマ……。
ちゃんは優しいから、とっさにああ言ってくれたクマよね。」

「クマ……。」

視線を戻せばはにかんだクマがいた。
けれどもクマは、ちっともうまく笑えていない。
はそれを見ているのが辛かった。

「クマ、自分が分からなくなってきたクマ。
なんでこの世界にいるのか、クマが何者なのか。
クマには一体、何ができるのか。昔は悩むことなんてなかったクマよ。
だからちょっと……混乱してるクマ。」

クマがそう言い終えると同時に、の暖かい手がクマの頭に触れる。
柔らかい毛を、彼女は何度も撫でた。
この前雪子にしてもらった感じと似ているが、ちょっと違うような感覚。
暖かくて、安心できる……。

「クマ。悩むことは悪くないよ。でも、悩みすぎはよくない。
私は何でも話を聞いてクマと一緒に考えるから、一緒に悩んでいこう?
クマの求める答えが見つかるかもしれない。ね、今日はもう、休みましょう?」

最後にが笑ったのを見て、クマは顔を伏せた。
そうしないと、我慢していた涙がこぼれ落ちてしまいそうだったから……。











巽完二が見つかったという知らせが、稲羽市の警察署に広まった。
ずっと行方知れずの彼が、今日の夕方ふらりと家に戻ってきたらしい。

堂島と足立が巽屋へ行けば、泣いてお礼と謝罪を述べる母親の他に、
巽完二自身が堂島たちに頭を下げた。
どこか少し雰囲気の変わったその少年を、堂島はじっと見ていた。
誘拐犯や、今までどこにいたかも尋ねてみたが、彼は「覚えてない」と言う。
天城雪子の時と同じだ……堂島はそう思った。
けれど何となく、少年が何かを隠しているような気がしてならない。
そういう顔をしていた。

「なぁ、巽完二。
一つ尋ねたいんだが、何人か少年少女たちがお前を訪ねてこなかったか?
実はその中に、俺の甥がいる。っていう、背の高い……。」

「……あー、ガッコーで何となく見覚えはあるっすけど……俺んとこには来てないっすね。」

さらりと完二が言った。
その瞬間、堂島は嘘だと思う。刑事のカンってやつが働いたのだ。
「そうか……」と、堂島はそれだけ呟いて巽屋をあとにする。
彼はそのまま家に帰った。

明かりのついた家。久々だった。こんな早い時間に帰るのは……。
何となく家に入るのをためらっていると、不意に声がする。どこから?
そう思いながら辺りを見回してみると、奥まったところで塀に背中を預け、
携帯でしゃべっている人物がいた。



脇にはコロマルが控えてて、彼女を見上げている。

「よかった。真田先輩、全快されたんですね。天田君も。
……そうですか。じゃあしばらくは、アイギスと日本にいるんですね?」

知り合いだろうか?
盗み聞きはいけないと思いつつも、堂島は陰に隠れてこっそり様子を伺う。
正直彼らが、何を考えているのか分からなかったから。
隠してるようだが彼らはきっと、天城雪子や巽完二の事件に関わっているはずだ。

「え、あ………ふふ、桐条グループって、何でも分かっちゃって怖いですね。
えぇ、プリーステスが現れたんです。あの時とは違って、コピーでしたけど……。
それに、現れたのはこっちの世界じゃありませんでした。
……そうですよね。12のシャドウや綾時さんは、彼が封印してくれてるんですから……。
ふふ、はい、私とコロマルのペルソナで。久しぶりの大暴れって……酷いですよ先輩!!!
先輩だって当時は、容赦なかったくせに……。」

時折見せる彼女の表情は、今までに見たこともないもので……。
堂島はなぜか、胸が苦しくなる。昔からを知っていた。
彼女は月光館学園に通っていても、長期休暇の時は必ず帰ってきていて……。
だから、をずっと見てきていた―――――――― はずだったのに……。
堂島は玄関へ向かった。

(は一体、向こうで何をしていたんだ?
プリーステス、シャドウ、ペルソナ……何のことなんだ?)

そう考えながら、堂島は玄関を開けた。

「ただいまー。」

「お父さん!!!おかえりなさいっ!!!」

菜々子が飛び出してくるように出迎えてくれる。
テレビを見ながら携帯をいじっていたもこちらを見た。

「おかえりなさい。」

少しだけ微笑んでから、また携帯に視線を落とす。
「あぁ……」と、それだけ呟いてから荷物を置きに部屋へと入った。
荷物を置いて、の会話を思い出す。
それから、携帯をいじっていた自分の甥のことも……。
シンとした部屋の中に、のやり取りが聞こえてくる。

、電話、終わったのか。」

「うん。遼おじちゃん帰ってきたみたいだしね。」

「電話の相手って……真田さんって人?」

「ううん。桐条先輩のほう。」

「あぁ。桐条グループの……。」

「……ところで、陽介たちは何て?」

「うん。明後日あたり、ジュネスで話そうってさ。」

「そっか……。」

そこでカチャカチャと音が聞こえてくる。
「手伝おうか?」というの声も。それを聞きながら、堂島はネクタイを緩めた。











数日後、ジュネスにいつものメンバーが集まっていた。
その他に、もう一人……。
飲み物に視線を落とした巽完二。どこか気まずそうにしている。
陽介がため息をついて言った。

「おい。なんかえらく暗いなぁ。
テレビの報道では『うぉらーっ!!!』とか言ってたくせに……。」

「だって俺……なんか先輩たちに迷惑かけたみたいで……。
それにあんなもう一人の俺まで……。すんませんしたっ!!!」

完二が太ももに手をついて頭を下げる。
その仕草がいかにも族っぽくて、は「ブッ」と吹き出す。
が彼を睨めば、は悪いと呟きながらも笑いをこらえている。
完二はポカンと彼を見ていた。

「や、すまない完二。なんか謝り方が、いかにも族っぽくて……。
ここは族の世界じゃない。気にすんな。俺たちだって、お前を助けられてよかったよ。」

彼の言葉にみんなが笑顔で頷いた。
ぐるりと見回し、最後にと目が合う。昔と全然変わってなかった。その笑顔も。
変わったとすれば、あの頃より美人になった。

(さん……。いや、姉ちゃん――――――――。)

突然この町からいなくなったお姉ちゃん。
が住んでいた湯木家を、いつものように訪ねてみれば、
は稲羽市を去ったという事実を知った幼い日の出来事。

それからしばらく、彼女は帰ってこなかった。
完二もだんだん、湯木家には行かなくなった。
何度かが長期休暇で帰ってきていると母親から話は聞くものの、会いには行かなかった。
小学校高学年あたりから、完二は毎日男子生徒とケンカをするようになり、体じゅうアザだらけ。
そんな自分をが見たら、失望するんじゃないかって、怖かったから……。
それからだ。のことをいつの間にか、『さん』と呼びだしたのは……。

本当は、こうしてと会っている今だって怖い。
彼女から視線を外した瞬間、の穏やかな言葉が完二にふりかけられた。

―――――――― ただいま、完二君。あの頃は、黙ってこの地を去ってごめんね。
完二君は外見は変わっちゃったけど……中身は全然変わってない。
私の知ってる完二君でよかった……。」

ハッとして、完二は再びを見る。
あの頃と変わらない、優しい瞳がそこにあった。
学校の先生や世間の大人たちとは違う、完二そのものを見る瞳。

……姉ちゃん。その……おかえり。」

完二は精一杯の笑顔で言葉を返した。
それは今まで会えなかった分の、見せることができなかった分の完二の笑顔。









#24 ただいま、おかえり。