「お………おいおいおいっ!?……姉ちゃんって……どういうことだよ巽完二ィィィーっ!!!」 そんな大声と共に、陽介が座っていた椅子がひっくり返る。 彼は立ち上がり、驚きに満ちた顔をしていた。 の隣にいたも、鋭い瞳で完二を睨みつけていた。 (お……俺、今イケナイこと言った……?) 二人の視線を受けながら、驚きを隠せない完二。 それを面白そうに見ている千枝と、オロオロする雪子。 慌ててが3人の間に割り込んできた。 「ごめん!!!説明してなかった。 実は私と完二君、昔からの知り合いで、私がまだこっちにいた時、よく一緒に遊んでたのよ。」 「だからって……姉ちゃん……かよ。」 陽介が声を震わせる。眉をつりあげた完二がすかさず叫ぶ。 「いっ……いーじゃないっすかよ別に!!! 歳が上だから、姉ちゃんでも呼び方的にあってんだろうがっ!!!」 「あーハイハイ、分かったから完二君!!!」 一触即発というムードに、千枝が助け船を出した。 隣にいた雪子も、「今はそんな話をしてるわけではなかったんだけど……」なんて声を出した。 なんだかどこか少し、悲しそうだった。 とにかく、陽介と完二の二人を落ち着けてから、事件の話に戻る。 最初議論の中心となったのは、「被害者はいずれも女性?」という共通点。 今回、ターゲットとなったのは、男性である巽完二。今までの仮説が簡単に崩れてしまった。 黙る少年少女たち。あれこれ考えて、陽介がふと呟いた。 「なぁ、山野真由美に関わったのって、天城や完二の母親だよな? そんで、狙われたのがその子供。 犯人は、山野真由美に関わった母親の子供をターゲットにしてるって考えたらどうだ?」 机から乗り出す陽介に視線が集まった。 「なるほどー!!!」と千枝が納得する中、雪子がボソリと呟く。 「でもそうなると、何で犯人は母親じゃなくて、子供を狙うのかしら?」 「そりゃー……子供がいなくなったなんて知ったら、母親にしちゃショックだからじゃないっすか?」 「なにそれっ!?マジ陰湿な犯人なんだけどっ!?もしそうだったら……許せんっ!!!」 千枝が拳を握った。 他のみんなも犯人について言いたい放題だ。 「そうだとしても、動機がまだ不明確だな。 それに、山野真由美と繋がっている事件なら、母親たちには恨みはないはずだ。 こんな恨みを晴らすようなことはしないんじゃないか?」 リーダーであるが、冷静に言った。 再び訪れた沈黙を破るように、が紙コップに刺さったストローを動かす。 空の紙コップの中で、氷がジャリジャリと音をたてた。 みんな必死に考えているが、なかなかいい意見が出てこない。 テレビの世界のことも、シャドウやペルソナのことを知っているといえど、 やはり警察に比べると情報収集力は乏しい。 そんな中で、がふと、口を開いた。 「ねぇ、今回の事件って、本当に山野真由美と関係して起こってるのかな? もしかしたら、全然関係してなくって、犯人が無差別に被害者を選んでるとしたら?」 彼女はぐるりとみんなの顔を見る。 「関係……してないとしたら? もしそうなら……次に誰が狙われるかなんて、分かんないんじゃ……。」 「うーん……やっぱマヨナカテレビ待つしかないのかよ〜。」 ズズズと陽介が、コーラの最後の一口を飲み干した。 その時、の携帯が震える。相手は堂島だった。 「悪い。電話だ。」 は携帯を掲げてみせて、席を立った。 みんなから少し離れ、電話に出る。ガヤガヤとした中で、堂島の低い声が流れてきた。 「か?突然悪いな。 実は今日、仕事で署に泊まることになったんだ。すまないが菜々子を頼む。」 「あ、はい。分かりました。」 頷いた拍子に、銀の髪が揺れた。 「それとな、そこに……」 「堂島さぁーん!!!頼まれたものですが……」 「あ、悪い。少し待っててくれ、。」 ガタンと電話を置く音。そこに混じって、何人かの男たちが強い口調で話す声も聞こえる。 修羅場のような警察署内を想像して、は苦笑した。 何度か叔父は職場の刑事と話したあと、電話に帰ってくる。 「それとな、そこに……あ、いや、やっぱりいい。 用件はそれだけだ。にも伝えてくれ。それじゃあ。」 堂島は言いかけた言葉を飲み込み、一方的に電話を切った。 不思議に思いながらも、は詳しく聞き出さなかった。 陽介たちが待っているのもあるし、まだ捜査会議の途中だ。 早く席に帰りたい気持ちもあったから。 先に電話を切った堂島は、机の上に携帯を放り投げた。 そのまま、先程手渡された資料に目を通す。 ここ最近の未解決事件の数々。中でも一番目についたのが、2年前の無気力症候群事件。 都市部を中心に起こった事件で、原因は不明とされた。 同時期に、不可解な道路の破損が見られる事件も起こっている。 ムーンライトブリッジ、ポートアイランド、そして……月光館学園の近くで。 なんとなく堂島は、その二つが気になったのだ。 2年前といえば、がまだ月光館学園に通っていた頃。 「に聞けば、何か知っているかもしれないと思ったが……」 知るわけないか。こんな関係のないような事件。 資料を机の上に置いて目をつぶる。 (都会は事件だらけだな。無気力症候群といい、不可解な道路の破損事件といい……。 12年前の爆発事故だって……。あの事故で、の両親は死んだんだ。 あの事故だって、詳しいことは分かっていない。) そして今度は、この街で不可思議な事件が起こっている。 警察署内のザワザワはおさまらない。みんな事件を解決しようと必死なのだ。 ただ、堂島は何となく、やが何かを知っているような気がしていたし、 彼らがこの事件に関わっているとしか思えない。 けれどもそれを聞かないのは、彼らは今回の事件とは無関係だと信じていたいからだった……。 事件は何の進展を見せないまま、月日だけが過ぎていく。 天気の悪いまま6月が過ぎていき、八十神高校は衣替えを迎えた。 夏がだんだん近づいてることもあって、登校しただけで薄い生地に汗が滲み始める。 とは、例のごとく一緒に登校していた。 この事実を知ってか、二人は付き合っているのでは?という噂まで流れているのだが、 当の本人たちはどこか抜けているのか、この噂を知らない。 「おーおー、今日も一緒に登校してんなぁー。」 教室から校門を見下ろして、千枝が言う。 二人は肩を寄せ合って、何か楽しそうに話しながら校門をくぐっていた。 「やっぱり都会から来た者同士、気が合うのかしら?」 「あの様子じゃ、二人が付き合ってるなんて噂されても仕方ないかも。 っていうか、何で噂に気付かないかなぁ〜? 君ももモテるから、校内の男子学生・女子学生が泣いてるっつーの。」 「……もしかしたら、二人とも噂に気付いてるのかもよ? でも君って、どこか冷静だから一歩引いて噂を見てるのかも。 ちゃんだって、そういうの気にしなさそうだし………。」 雪子の言葉を聞いて、千枝は空を仰いだ。 「あー、それあるかも。」と口にする。 その瞬間、ガラっと扉が開いて、噂の二人が入ってきた。 「おはよう!」 「おはよ。」 そのまま二人は席につく。 後ろの席の陽介が、何か真剣に読んでいるようだったので、は覗き込んだ。 どうやらファッション誌らしく、陽介の好みの服がたくさん掲載されている。 「……真剣だな。」 「まぁーな。男だって、見た目は重要だろ?」 「見た目がかっこよくても、中身がそれじゃあなぁー。」 ニヤリと笑った千枝が、余計な一言を付け加えた。 陽介は少し低い声で、「里中、今何つった?」と反応する。 最初は軽く言い合いをしていた二人だったが、そのうち口論へと発展していく。 いつものことなので、周りのみんなは放置だ。 は陽介が口論している間に、雑誌をパラパラめくった。 「これ、に似合いそうだよね?」 隣で白い指が伸びてくる。の手だった。シックな服を指差して、の顔を見ている。 「そうか?」とじっと服を見つめ、自分がこの服を着ている姿を想像した。 悪くないかもしれない。フっと笑うと、ページをめくる。 横で雪子の、「あ。」と言う声が聞こえた。 「どうしたの?雪ちゃん。」 イスに座ったまま、が雪子を見上げている。 「たいしたことじゃないんだけど……」と雪子は言ってから、雑誌を指差した。 そこにはガールズトークコーナーという企画モノが掲載されている。 今回のゲストは『久慈川りせ』と書いてあるのを見て、は雪子を見上げた。 「これがどうしたんだ?」 「ううん。ただ最近この子見ないなぁって思って。 ほら、少し前は超人気アイドルで、テレビにもひっぱりだこだったじゃない? CMだって、何個も出てた子だし。それが急にあんまり見なくなったなぁと思って……。」 雪子の言葉に、千枝が反応した。芸能関係に鋭い千枝だ。 こういう話に入ってこないはずがない。 「なんかね、噂によると体調崩してるらしいよ。りせちー。 この前の休日、テレビのワイドショーでやってたんだ!」 「里中、そういうの詳しいのな………。」 さっきまで千枝と言い合いをしていた陽介が、あきれた顔をして言う。 「そっか。りせちーって可愛いから、お仕事大変なんだろうなぁ。」 はもう一度、雑誌に載ったりせの写真を見る。 笑顔で話をする姿の写真。けれどもその笑顔が、なんだか疲れているように見えた。 心の声が聞こえてしまいそう。 「もういやだ……」そんなふうに言っているような気がして、は写真から目が離せなかった。 「アイドルも楽じゃねーよなー。」 陽介の声と同時に、チャイムが鳴り、モロキンが入ってくる。 雑誌が見つかればモロキンの愚痴大会が始まるので、はすばやく陽介に雑誌を返す。 そのまま、朝のホームルームが始まった。 鏡の前に立って、洗面台に手をつく少女がそこにいた。 普段は二つに結んでいる髪を下ろし、じっと鏡の中の自分を見つめる。 あなたは誰? 私は私。 本当に? 違う。私は偽りの私。 これは本当の私じゃない。 少女は唇をかみ締めて下を向いた。 本当はこんな仕事、したくなかった。 普通に学校に行って、友達としゃべって、彼氏を作って……。 もう疲れたと、小さく息を吐く。 少女は洗面所を離れた。部屋にある雑誌を手に取ると、自分の掲載されたページを破る。 自分の写真が小さく引き裂かれて、床に広がった。 |