「………何なんだよあのカレー!!!物体Xでしかねぇーじゃねーか!!!」 夜。テントの中で陽介が完二のおっとっとを食べながら声を荒げた。 結局たちのカレーは、全て捨てることとなった。 仕方がないからと、のグループがカレーを分けてくれたが、 たちのお腹を満たすには不十分な量しかなく……。 陽介とは、二人のテントへやってきた完二が持参したおっとっとでお腹を満たしている。 「先輩っ!!!何食ってるんですか!?俺が持ってきたおっとっとなんすよ!? 今から潜水艦探ししようと楽しみにしてたのによ!!!」 「何が潜水艦だ。仕方ねぇーだろ。腹いっぱい食ってないんだから。 がカレーを分けてくれなきゃ、今頃飢え死にしてたな、。」 おっとっとを食べながら、が頷く。 食べたカレーは、いつもが作るカレーの味がして嬉しかった。 優しくて、温かい味……。 あの味を思い出していると、隣で声が上がる。 「ええええええええ!? 先輩たち、姉ちゃんのカレー食べたんっすか!?ずるいっすよ!!!」 「ずるいも何も、あの物体Xが食べられるかってんだよ!!! 辛くて、甘くて、なんか生臭くて、ドロドロしてて、歯ごたえが悪くて……。 うわああああ、思い出しただけでも気持ちわりぃ!!!」 ゾクゾクっと陽介が体を震わせる。 隣では完二がブーブー文句を言っていた。 そんな彼を見て、はからかうつもりで一言言葉を漏らした。 「ずるいって………お前、女子にもちゃんと興味あったんだな。」 「…………は?」 完二の目が点になる。あんたは何を言い出すんだと言わんばかりの表情。 の言葉に、陽介が気付いたように声を出す。 「あ、そうか。お前、男にしか興味……ないんだよな? なぁ……それって……マジ、なのか?べ、別に俺はそれでもいいと思う!!! 差別とかしないし。だから……マジなこと言ってくれ、完二。」 焦ったように陽介が完二に尋ねる。 最初固まっていた彼だったが、すぐに顔を真っ赤にさせ陽介の胸倉を掴んだ。 テント内に完二の怒鳴り声が響く。 「ん………なわけねぇーだろうがっ!!! 俺はちゃんと、その……女子にだって興味あんだよっ!!! 姉ちゃんとか……優しいし、笑顔が可愛いし……って、何言わすんじゃいボケっ!!!」 「いや、勝手に言ったのは完二だから……。 てかお前、まさかのこと……」 「だあああああああっ!!!ああ、分かったよ!!! 今から証明してやるよっ。俺がちゃんと女子に興味があるってこと!!! 今から行けばいいんだろーが、女子のテントにっ!!!」 すくっと完二が立ち上がる。 「はぁっ!?」という陽介の叫びがあがった。なぜその答えに行き着くかが分からない。 がおっとっとを食べながら冷静に「やめとけ」と言ったが、完二には伝わらなかったらしい。 彼は叫びながら猛ダッシュで陽介とのテントを飛び出した。 完二がいなくなってから、シンと静まり返ったテントの中。 入り口を見つめながら陽介が小さく呟いた。 「俺、しらねぇ………。」 「俺もだ。」 サクサクというおっとっとを食べる音が、虚しく響くのだった。 数十分後………。 テントの入り口ががさがさと音を立てる。 やっと完二が帰ってきたかと思った二人は、おっとっとを食べるのやめ、入り口のほうへ声をかける。 「完二。まさかお前、ホントに女子のテントに………ぃっ!?」 陽介がぽろりとおっとっとを落とす。 入り口から顔を覗かせたのは完二ではなく千枝だった。 「里中っ!?なんでお前がここにっ!? っていうか、モロキンに見つかったらどうすんだよ!?早くテントに入れって!!!」 「そんなの分かってるよ!!!」 声を潜めて、焦ったように答える千枝。 後ろを気にしながら二人のテントに入ってくる。 そのあとには雪子が続き、までもが姿を見せた。 「ど、どういうことだよこりゃ……。」 「んー………話せば長くなるんだけど……。」 お互いの顔を見合わせて苦笑した女子3人に、と陽介は首をかしげた。 千枝はそんな二人にこれまでの出来事を話す。 千枝・雪子・の三人は、 同じテントのメンバーである大谷花子のいびきがうるさくて寝付けないでいた。 どうしようか話しつつ、必死に耐えていた彼女たちのテントのそばで、がさがさと物音がする。 恐怖に駆られた三人は、懐中電灯やら折り畳み傘やらタオルやらを手に持った。 テントの中に大きな影が入ってきたとたん、3人は必死にその人物に襲い掛かったのだ。 「けどね、実はそれが………」 「完二君だったの。」 が申し訳なさそうに肩をすくめた。 「あー…………」 先ほどのことを思い出し、陽介は曖昧な表情を浮かべる。 に目配せし、彼も陽介に頷きを返した。 この場合、仕方ないことだ。あれは完二が悪い。 そう心が通じ合った二人。陽介はから視線をはずすと千枝に尋ねた。 「で、完二は?」 「私達のテントの中。先生に見つかったらやばいじゃん?だから隠してきたの。 ねぇ、花村と君。しばらく私達をここに置いて!!! 向こうのテントじゃ絶対寝られないし、完二君だっているし!!!」 「お願いします。花村君に君。」 「私達をゆっくり休ませて………。」 3人のうるうるした目が二人に注がれる。 陽介は一瞬言葉に詰まったが、3人の女子に迫られて小さく叫んだ。 「あー!!!わかったから!!!だからそんな目で見つめないでくれよ、頼むからっ!!!」 そっぽを向く陽介。 「じゃあ!!!」と嬉しそうに声を上げる千枝。残りの二人もほっとした表情を見せる。 明け方、千枝たちがバレないように戻るということになった。 完二はその時にたちが引き取るのだ。 千枝たちは持ってきた寝袋にもぞもぞと入ると、すぐに眠ってしまった。 苦笑しつつ、陽介とも寝袋へと体を入れる。 陽介は大きなあくびを一つして、に言った。「おやすみ」と。 そのあとのことは、も覚えていなかった。 考えていたよりも、体は疲れていたのだろう……。 意識が暗い海の底に沈んでいく。いつの間にか、も眠ってしまった。 は暗い洞窟みたいなところを歩いていた。 光にむかって。後ろから誰かがついてくる。 (誰だ?俺のあとをついてくるのは………) 光はだんだん近くなる。 は後ろが振り返りたくなったものの、思いとどまる。 振り返ってはダメだ。 頭の中で、誰かが言った。 振り返ってしまえば、全てが終わりになる。 急いでは前を見た。 歩きにくい地面に足をとられながらも進んでいく。もうすぐ出口だ。 そう思った瞬間、彼の胸に不安が押し寄せた。 後ろからついて来る誰かは、本当にちゃんとついてきているのだろうか? 振り返りたい。その思いは、出口が近づくほどに強くなっていく。 は立ち止まり、ぎゅっと目をつぶった。 振り返ってはダメだ!!! けど……けどっ…………!!! 目を開いた彼は、自分を抑えきれず振り返ってしまった。 そこには醜い顔をした女性が一人、を恨めしそうに見ながら立っていた。 『なぜ振り返ったのです!?出口を出るまでは、振り返るなと言ったはずだったのに。 イザナギ、私はあなたを信じていたのにっ!!!』 醜い顔が鬼のような形相になり、ますます形が崩れていく。 は声を失い、ただただ光のほうへと走った。 恐怖がを襲う。背中からひんやりとした空気が襲ってくるような感覚。 全速力で走った。 (出口だっ!!!) そう思った矢先、肩に何かが触れた。 『イザナギィィィィィィィっ!!!』 「……………っ!!!!」 は飛び起きた。周りを見回せばテントの中で、彼は小さく息を吐き出した。 冷や汗が全身に浮かび、髪の毛が額に張り付いている。 「夢…………か。」 「………大丈夫?。なんだかうなされてたみたいだったけど。」 彼のそばで、一人の人物が寝袋から顔を覗かせていた。 心配そうに彼を見つめる少女、。は額の汗を拭い言った。 「ああ、大丈夫だ。ちょっと怖い夢を見てさ。」 「そうだったの。怖い夢って、どんな夢?」 彼女の問いかけに、は自分が見た夢の内容を説明する。 暗い洞窟で、誰かが自分のあとをついてくること。 振り返ってはいけないのに、振り返ってしまったこと。 そして、追いかけてくる鬼の形相をした化け物のこと。 話し終わったあと、ぽつりと小さくが言った。 「それって、日本書紀に出てくるイザナギとイザナミの話みたいね。」 「えっ………?」 「知らない? イザナギがイザナミを死後の世界から連れ帰ろうとするんだけどね、 死後の世界から出るまで振り返ってはいけないとイザナミに言われるの。 でもイザナギは、早く自分の妻の顔が見たくて、死後の世界を出る前に振り返ってしまう。 そしたらイザナミの顔は腐っていて、うじがわいていた。 驚いたイザナギは、イザナミから逃げてしまう。 イザナミは姿を見られたことを怒り、手下を放ってイザナギを追いかけさせるの。」 ………自分が見た夢と、よく似ている。 はぎゅっと、寝袋を掴んだ。 そういえば夢の中の化け物は、自分のことを『イザナギ』と呼んでいなかったか? 自分のペルソナを思い浮かべる。 もう一人の自分は………イザナギ。 「そういえば、ヨーロッパの神話にも同じような話があったわ。 竪琴の名手である若者が、自分の妻を取り戻そうと死後の世界に行く話。 彼もまた、絶対に振り返らないでという妻の言いつけを破ってしまった。 彼の名前は……………オルフェウス………。」 の紡いだ名前に、は小さく反応を見せた。 オルフェウスといえば………の所有するペルソナ。 彼女を守るかのようにたたずむ、あの黄金に輝く………。 「オルフェウスって………それはの………」 視線を落とし、寝袋の中で横になる彼女の顔を見る。 彼女はすでに、穏やかな表情をして眠っていた。規則正しく動く胸。 スゥスゥという寝息。 はしばらくの寝顔を見てから体を横にした。 イザナギとオルフェウス。 どちらも妻を取り戻すために、死後の世界へ行った者たち。 しかし彼らは、振り返るなと言われたはずなのに振り返ってしまった。 死後の世界を出るまで我慢すれば、再び愛する人と暮らせたはずなのに。なぜ? には、その答えが分かりそうで分からなかった。 |