霧の立ち込める世界。
最近、たちはテレビの世界に姿を見せない。
向こうの世界で、この世界に人間を放り込む犯人を捜している。
彼らが来るのは、誰か人がこっちに入れられたときだけ。
出会った当初は、彼らが来るのが億劫だった。
クマにとって、こちらでの静かな生活はかけがえのないものだったから。
けれども、最近はそう思わなくなってきている。
だんだんだけど、たちの世界へ行ってみたいと思っている自分がいる。
彼らと触れ合うようになって、色んなことをたくさん考え出した。
この世界について。自分の存在意義。どうして自分だけが、意志を持ち、この世界で生きているのか。

自分はどうやって生まれたのか。

どうして生まれたのか。

誰かの考えが聞きたいと思っても、たちはこちらにはあまり来ない。
寂しい。悲しい。泣きたい。でも、クマの目から涙は出なかった。

「なんで誰も来てくれないクマ。クマは………捨てられたクマ?」

ぼんやりとテレビの上に座り、呟く。そんな時、一人の少女の声がした。

「そんなわけないじゃない。」

霧の向こうに人影。彼女の隣には、犬がいる。
それだけでクマには、彼女が誰なのかわかった。
一緒に答えを見つけてくれると言ってくれた彼女、
クマはテレビから勢いよく降りると、そのままに抱きついた。

ちゃああああああん!クマ、忘れられたかと思って寂しかったクマああああ!」

は両手を広げてクマを受け入れた。
時々こうして、はクマに会いに来る。それはがクマのことを気にしていたから。
同時にが、クマに対して何かを感じ取っていたから。
久慈川りせについても気になる。でも、クマも気になる。
彼が悩むたび、心の闇が広がっていっているように思えるから。
いつかそれが爆発しそうで、は心配だった………。






***






6月23日。
マヨナカテレビは久慈川りせの意外な一面を放送していた。
水着姿のりせが、色気を出してテレビの前にいる人間を誘っている。
「ストリップ」というセリフを残し、テレビは黒の画面に戻った。
テレビの前で固まっているだったが、ポケットに入れたままの携帯の振動で我に返る。
着信画面には、『陽介』と表示されていた。

「もしもし………」

ええええええええええ!!!見たか!?今の見たか!?
りせちーがストリップでまるっと脱いじゃうとか、マジやべーって!!!
俺らまだ高校生だしさ、そういうのは………」

「陽介。どーでもいい話なら電話、切るぞ。」

電話の向こうで興奮している陽介に、冷ややかな声を浴びせる
も一瞬だけ、ムラっときた。でも彼はその後、全く動じなかった。
確かにりせも可愛いし、スタイルもいい。
けれども、が今気になっているのは、だけ。
もしもが同じようなマヨナカテレビを放送したら、それはそれで自分がやばくなるだろう。
今の陽介以上に………。

「わりぃ。つい興奮して………。
だけどさ、今回も俺ら、防げなかったんだな。
次狙われてるのはりせちーだって分かってたのに。
、明日みんなを集めて、一度クマのところに行こうぜ。」

「分かった。それじゃ今日はもう休もう。明日は忙しくなるぞ。」

「ああ。分かってるって、相棒!じゃあな!」

電話はそこで切れる。
は携帯を折りたたんだ。そのまま布団へ向かう。
横になると、疲れていたのかすぐに寝付いた。そのまま夢すら見ず、朝を迎えた。

朝食を作りにきたと昨日のマヨナカテレビのことについて話し、
弁当を持って、菜々子の三人で家を出る。
が玄関の鍵をかけていると、菜々子の「あ………」という声が上がった。
彼女を見ると、菜々子はを見つめ、道路脇の茂みを指差した。
そこにはちょこんと座る、赤いよだれかけをかけた目つきの悪い狐。
はこの狐が何をしに来たのか直感で分かった。

「………久慈川りせのことか?」

「…………コンッ。」

狐は一声鳴いて、申し訳なさそうにうなだれた。

りせが失踪した。マヨナカテレビに姿が映ったということは、つまりそういうこと。
昨日のうちにりせは誰かによって、テレビの中に入れられてしまったのだ。
狐がずっと見張っていたはずだったのに、犯人は一体、どうやって………。

「今回も、結局また…………」

防げなかった。

その言葉を口にしようとしたとき、が言った。

「仕方ないよ。手がかりが少ない中で、私たちは全力を尽くしたと思う。
狐さんだって、がんも1個以上の働きをしてくれたと思うよ。
私たちがテレビの世界で、彼女をきちんと救ってあげればいい。
だから、みんなで一緒に頑張ろう!」

弁当を持った手で、がガッツポーズをしてくる。
彼女の前向きさに、は笑った。
そうだ。テレビに入れられたからといって、全てが終わったわけじゃない。
全てはきっと、ここから始まる。
は自分の胸に手を当てた。ここにはもう一人の自分がいる。
久慈川りせを救うための、必要な力………。




***




放課後、捜査隊のメンバーたちはクマのいるテレビの世界へやってきた。
この世界は相変わらず霧深く、眼鏡がないと何も見えない。
唯一霧が晴れるのは、この世界に入れられた人間のタイムリミットを迎えた日だけ。
たちはクマを探して広場までやってきた。
彼は広場の端っこで、たちに背を向けて立っていた。

「クマきち、この世界にまた人間が入れられたんだ。
久慈川りせっていう女の子だよ。何か感じないか?」

背を向けたままのクマに、陽介が尋ねる。
しかしクマは何も答えなかった。陽介が少しだけムッとする。
「おい、クマ!」と強めの口調で呼びかけると、クマは振り返った。
表情が寂しそうで、陽介はドキっとする。
どうしてこんなに悲しそうな顔をしているんだ………?

「みんななかなかこっちに来ないから、クマ、寂しかったクマ。
捨てられたんじゃないかって、毎日心配してたクマよ。
そっちの世界は楽しそうで羨ましいクマ。
みんなの楽しそうな声が聞こえてくるようで、胸が張り裂けそうだったクマよ。
みんなが楽しそうにしてる間、クマは自分の存在について一人で考えてたクマ。
そしたらもうワケが分からなくなって、頭から綿毛が飛び出しそうだったクマ。」

「あのなクマ、お前がこっちの世界でひっそり静かに暮らしたいっていうから犯人探ししてやってんだぞ?
それなのに向こうの世界は楽しそうでいいとか………。
だいたい、お前のそのからっぽな頭で、そんな難しいこと考えんなよ。」

陽介はあきれた。ちらりとクマを見ると、本当にしょげている。
言い過ぎたかなと、陽介は少しだけ後悔する。いつもなら言い返してくるのに。
なんだか調子が狂う。横から千枝がクマに声をかけた。

「寂しかったんだ。ごめんね、クマ。
でもね、考えるのもいいけど、考えすぎはよくないよ、クマ。」

彼女はクマの頭を優しく撫でた。雪子もクマの頭をなで、穏やかな口調で言う。

「私もごめんね、クマさん。寂しかったでしょう?
大丈夫。私たちはクマさんのこと、捨てたりなんかしないよ。」

女の子二人に頭を撫でてもらい、クマはちょっとだけ元気を取り戻す。
上目づかいで彼女たちを見上げると、クマは口を開いた。

「チエちゃんも雪ちゃんも優しいクマ。ねぇ、今度逆ナンしていいクマ?」

その瞬間、雪子の顔が曇った。
彼女にとって一番思い出したくない記憶。
シャドウ雪子が作った番組の中で、彼女が発した言葉、『逆ナン』。
雪子は瞳を伏せて呟いた。

「ねえ、逆ナンのネタはもう、封印しない?」

その言葉がクマに届いたのかは不明だけど………。
元気を取り戻したクマに、は現実世界でのこれまでのいきさつを説明した。
クマは鼻をひくひくさせ、「確かに誰か入れられてる感じはする」とに言った。
しかしやはり、りせの居場所を見つけることはできなかった。
完二のときと同じように、何か情報が必要で………。
たちはクマに、りせのことが分かる情報を持ってくることを約束した。

「それじゃあ今日は、このまま帰るとしよう。
本格的な捜査は、明日りせについての情報を手分けして探すことからだ。」

「わかったわ。」

「了解ッス。」

この場はそのまま、お開きとなる。陽介たちはそれぞれ、現実世界に帰っていった。
最後にが帰ろうとする。それをクマが引き止めた。

「センセイ、ちゃん。クマは本当に真剣に考えてるクマよ。
この世界のこととか、どうしてクマはこの世界にいるのかとか………。
でもさっぱり分からんクマ。だからクマは焦ってしまうクマ。
クマにはこの世界の真実が見つかるクマか?自分の存在する理由が見つかるクマか?」

一人でそう呟くクマに向かって、は言う。

「クマ、俺たちだって事件の真実を追っているんだ。
その真実はこの世界と関係がある。その過程で、クマの存在する理由も見つかるかもしれない。
だからさ、一緒に見つけていこう。事件の真実も、クマが存在する理由も。」

ポンっとがクマの頭に手を置いた。
クマが視線をうつせば、彼の隣でがにっこり笑っていた。

(クマはきっと、恵まれているクマ………)

二人の顔を見て、瞬時にそう思った。
他の捜査隊のメンバーがを頼りにする理由が痛いほど分かる。
彼らはいつも、メンバーたちの心を支えてくれている。だから尊敬されるのだ。
クマは思った。この先何があっても、センセイとについていこう………と。
そうすればきっと、クマが探している答えが見つかるような気がしたから。







#30 久慈川りせ、失踪