6月25日。 久慈川りせを探すのは、情報を集めてから。 クマの能力がだんだん及ばなくなってきた今、 テレビの世界の中で手がかりなしにりせを見つけるのは不可能になってきていた。 メンバーたちは、二人ずつに別れて情報を集めることにする。 組む相手は、ジャンケンで決めた。 と千枝。陽介と。雪子と完二。 何か情報を掴んだらメールか電話で連絡することを約束し、メンバーたちは稲羽市のあちこちに散らばった。 情報集め1日目。 と千枝は学校に来ていた。 熱心なりせファンが学校にいるという情報を掴んだためだった。 校内にいる生徒に手当たり次第に声をかけ、やっとのことでりせファンに話を聞くことができた。 「りせちーはさ、なんか悩んでたみたいだよ。 ブログでも、悩みがあることをほのめかしたりしてたしさ。 それがアイドル休止につながったんじゃないかって、熱心なりせファンとしては思ってるわけよ。」 「そっか……。助かった、ありがとう。」 と千枝はりせファンから情報を貰う。すぐさまメールで、雪子と陽介に送信する。 と完二には、それぞれのパートナーが伝えるだろう……。 「なんかさー、アイドルって憧れるけど、悩みも多いんだろうなあって考えちゃうね。」 千枝がぶっきらぼうにそう言った。 「そうだな。好きなことはできないだろうし、常に周りの目を気にしなくちゃいけない。 そんな生活はまっぴらだ。」 メールの返信を確認しながら、は千枝に言葉を返す。 「きっとさ、りせちー、いっぱい悩んで苦しんだんだろうね。助けてあげようよ、必ず。 死ぬことで苦しみから解放されるかもしれないけど、そんなの間違ってるよ!!」 千枝の言葉に、はにっこり笑った。 「ああ、そうだな。」と言葉を返し、雪子からのメールの返信内容を彼女に伝える。 雪子からは、悩みについて、りせの祖母に聞いてみる……ということだった。 情報集め2日目。 マル久豆腐店にやってきた雪子と完二。 旅館の娘である雪子と、巽屋の息子である彼らの問いに、りせの祖母は快く答えてくれた。 「あの子の悩み……ねぇ。 私もよく知らないけど、あの子には熱心なマスコミがついててねぇ。 パパラッチっていうやつだったかな? とにかくそのマスコミがしつこくて、商店街の皆さんが追い払ってくれてるんだよ。 もしかしたら、あのマスコミのことで悩んでたのかもしれないね。 最近はうちには来ないけど、鮫川の土手のほうでよく見かけるらしいんだよ。」 うんざりした顔でそう言うりせの祖母。 雪子と完二はお礼をのべ、店を出た。 「パパラッチ……っすか。そういや俺も経験あるっス。 族潰した時、しつこいパパラッチがいて、マジうざかったっスよ。 久慈川りせの気持ちもなんとなくわかるっつーか……。」 完二が顔をしかめた。マスコミに追い回されるのは、もう勘弁だ。 「そっか。完二君もこの前テレビでとりあげられてたね。」 「悪い意味で……っスけど。」 完二が恥ずかしそうにはにかんだ。 「とりあえず、みんなに連絡するね。」 雪子は完二の言葉を聞きながらメールを打つ。その返信はすぐに来た。 陽介からで、今鮫川の土手近くにいるらしく、そのマスコミを探してみるとのことだった。 「花村君たちがね、今土手近くにいるらしいの。そのマスコミを探してみるってメールが返ってきたよ。」 ※※※ 鮫川、土手。 「……だったらさ、君達が持っている情報と、僕が持ってる情報、交換しないかい?」 陽介たちは土手でカメラを下げた男性と話をしていた。 彼がりせを取材する熱心なマスコミ。 30代後半ぐらいの男性で、彼は商店街の人々に追い出され、りせの取材ができず途方にくれていたという。 りせの情報が欲しければ、情報交換しろという。 でもそれでりせのことが分かるのなら、飲める条件だ。 この先、今話したことが公になるかもしれない。 しかし今は、そんなこと言ってる場合じゃない。 生死がかかっているのだ。りせ自身の……。 「……それで久慈川りせについて教えてもらえるんなら、その条件飲みますよ。」 陽介はマスコミに頷いてみせた。隣ではもコクコク首を縦にふっている。 「じゃあ、交渉成立だな。先に君達の情報をもらえるかな?」 「俺達、実は店で久慈川りせに会ったんですけど、テレビで見たキャラとちょっと違うっつーか……。 すっげー暗かったんですよ。あんまり笑わないし……。俺にはなんか、疲れてるように見えました。」 「それに加えて、私たち、りせちゃんが何かに悩んでるっていう話も聞いたんです。 ブログでも悩みがあることをほのめかしたりしてたって、ファンの子が言ってました。 りせちゃんのおばあちゃんは、あなたがしつこく追い回すから、それで悩んでるんじゃないかって……。」 の目が、ジロリとマスコミをとらえる。彼は慌てて手を振った。 「それは誤解だって!!僕は久慈川りせのプライバシーには結構配慮してるよ!! うーんと、とにかくわかっていることは……キャラが違うりせと、悩んでるりせか……。 僕も僕なりに久慈川りせについて調べたんだ。 僕はね、アイドルとしての久慈川りせは、作られたキャラなんじゃないかって思うんだ。」 「作られた……キャラ?」 陽介との声が同時にかぶる。マスコミの男は彼らの顔を見ながら頷いた。 「久慈川りせはきっと、その作られたキャラを演じるのに疲れた……そう考えたら、 突然の電撃休止も頷けるような気がするんだよ。 休止してしまえば、本当の自分を殺すことなく生活できるからね。 ……まぁ、あんまり目新しい情報はなかったけど、参考にはなったよ。ありがとう!!」 マスコミの男性は、話したいだけ話して陽介たちに背を向けた。 陽介とは、夕日で赤くなる道路を見ながら、その場をあとにする男の背中を見つめた。 「作られたキャラを演じる……か。まさにペルソナね。」 は一人で呟く。 久慈川りせは、アイドルとしての久慈川りせの仮面をかぶり役を演じていた。 本当の自分を殺してまで、彼女は役を演じなければならない状況に立たされていたのだ。 今回の休止宣言は、その歪みが産んだ結果……。 「ありのままの自分じゃ、生きていけない世界にいたんだな、久慈川りせは。」 陽介が言う。彼は空を見上げて言葉を続けた。 「俺はさ、すげーって思うよ。今まで自分を殺して、別のキャラを演じてたわけだろ? ここまでよく我慢した、よく頑張ったなってりせちーには言ってやりたい。 それから、もう我慢しなくてもいい、自分を殺すなって……伝えたい。」 にかっと陽介は笑った。も微笑んで頷く。 誰かがそう彼女に言ってあげれば、きっと彼女は救われるような気がした。 本当の自分を知っている人がいる。 その幸せを、りせにも知ってもらいたい。 「とりあえずさ、りせちーについてはこんなとこでいいんじゃないか? これくらい分かれば、クマも探せるだろうし。 や天城たちにも連絡して、一旦ジュネスに集まろうぜ!!」 陽介は携帯をちらつかせ、にそう言った。 「うん」と頷いた彼女を見て、携帯を開く陽介。 彼は携帯を操作しかけ、思い出したように「あ。」と声を上げる。 そのあとにを見た。 「あのさ……も、ありのままの自分でいーんだからな。 その……お前はこのメンバーの中で一番強いし、みんなのサポートまでしてる。 誰にでも優しくて、気持ち分かってくれてて……。 でもお前だって人間だ。もし辛いこととかあったら話聞くし、泣いたって……いいんだぜ? 俺の前では弱いとこ見せてくれたって、全然いいしさ。 だから、一人で何でも抱え込むなよ?」 陽介はから少し視線を外してそう言った。 黙って聞いていたは、突然の陽介の言葉に驚いた。 でも、陽介の優しさが感じ取れて、ふわりと笑う。 「……ありがとう。」 なんだかそれしか言葉にできなかった。 陽介にはごちゃごちゃ言うよりも、それだけで気持ちが伝わりそうな気がした。 以前、が泣いた日、は泣くのを我慢しなくていいと言ってくれた。 今度は陽介が、ありのままの自分でいいと言ってくれた。 (私はいい仲間を持ったな……。) ペルソナで繋がった、大切な仲間。 きっと彼らとなら、何だって乗り越えられる。 その日、たちはクマの力を借り、りせがいる場所を見つけた。 特出し劇場丸久座。 彼女はきっと、この場所でもう一人の自分を否定する。 けれどもそれは、誰にだってあることだから、おかしくない……。 *** 稲羽市には、雨が降り注いでいた。 しとしとと傘を叩く雨の音を聞きながら、は商店街を歩いている。 テレビの世界からの帰り道。 時間は午後6時。辺りは雨のせいで薄暗く、不気味だった。 そんな中、ガソリンスタンドの店員が、歩道に出て空を見上げていた。 はその人物を見たとたん、足を止めた。 なぜか彼から目が離せなかった。 いや、目の前にいる彼は、本当に「彼」なのか?「彼女」ではないのか? そんな疑問さえふつふつと出てくるほど、彼は中性的な顔をしていた。 が立ち止まっていると、相手がを見て、声をかける。 「やぁ。君は確か、湯木さんとこの……。最近、湯木さん見ないけど、お仕事忙しいの?」 彼はにっこり笑って尋ねる。叔父の湯木はこのガソリンスタンドの常連だった。 どうやらこの青年とも仲がいいらしい。 「叔父さん、仕事でまた海外に行ってるんです。 あ、でもこの前手紙が来てたんですけど、元気にしてるみたいですよ。 それよりも……傘ささないと濡れますよ?結構降ってるし……。」 は青年の前髪から滴る水滴を見た。 彼は小さく首を振り、言葉を返す。 「いや、大丈夫だよ。すぐ仕事に戻るし。 ただ、雨の日はこうして濡れたくなることがあるんだ。 嫌な思い出を洗い流したいっていうか……。」 「変わってますね。」 青年の答えには首をすくめた。 彼は笑ったあと、「変わってるかな?」と言った。 しかしすぐに、真剣な顔になる。「でも……」と言葉を続けた。 「でも、君も十分変わってるよ。君には力がある。 それは何にも属さないけれど、何にでもなれる力。その力は数字のゼロのようなもの。 無限の可能性を秘めた力。だからこそ、ごくたまにその力は暴走する。 君の精神が、不安定になった時にね。」 配達のトラックがたて続けに通り、彼の言葉はその音によって消されてしまった。 「えっ……?今なんて……?」 は青年に聞き返す。だが青年はにっこり笑うと、ただ一言だけ彼女に伝えた。 「自分を強く持つんだよ?そして、飼いならすんだ。もう一人の自分を。」 ぽん、と彼の手がの肩に触れる。そのまま青年はガソリンスタンドへと引っ込んだ。 は首を傾げながら歩き出す。その夜、彼女は急激な睡魔に襲われた……。 |