は夜中、なぜか辰巳ポートアイランドにある月光館学園にいた。
暗い教室の中で月を見上げている。私はどうしてここにいるんだろう?
そう考えていると背後で音がし、振り返れば彼がいた。長い前髪が片目にかかっている。
彼はを見つけると、優しく微笑んだ。その時は言葉を失った。

なぜ彼が、ここにいる……?

だって彼は宇宙の片隅で眠りについたはずだ。

「なぜあなたが……ここに?」

「会いに来たんだよ、。ずっと、ずっとに会いたかった。」

一歩、彼が前に出る。は後ずさった。
なんで?大好きだった先輩が、今目の前にいるのに。私だって会いたかったはずなのに。でも……。

「でも先輩は、ここにいちゃいけない。」

あなたは私たちに、未来をくれた。デスを封印し、楔となった。
その役目は、私でもよかったはずなのに、あなたが代わりに引き受けた。
だから今、私はこうして生きていられる。私は命の再生と始まりの答えにたどりつけた。
ドクンと心臓が鼓動する。
彼がの肩を掴み、優しく言った。

「一緒に行こう?一緒に楔となって、デスを守っていこう?
そうすれば、永遠に一緒にいられるんだ……。」

甘い声で囁く彼の前で、力が抜けていく。
は一生懸命首を振った。そんなのだめだ。私には、まだやることがあるのだから。
ぴくりと彼の眉が動く。鋭い目をして彼は言った。

「……、お前が断る理由は、あのワイルドの力を持つアイツが原因か?」

彼の手に力がこもる。捕まれた肩が痛い。彼が怒っているのはあきらかだった。
ギリギリと捕まれる肩。鋭い目つき。彼はから視線をそらさず言う。

、アイツと共に真実を知ってどうするんだ?もしその真実が辛いものだったら?
傷つくのはお前自身なんだ。お前はあの時、分かっただろ?
俺が楔となったと知った時、絶望しただろ?楔となった俺の魂は流転しない。
お前は何度生まれ変わろうとも、俺には会えないんだと……。」

彼の背後で何かが膨らんでいく。黒い何か……。それはやがて形を作る。
裂けた口、じゃらじゃらと漂う鎖。
は恐怖した。彼の背後にいたのは、オルフェウスが暴走したときの姿、タナトス。

「だから、俺と一緒に行こう。真実も嘘もない世界。
ただ楔となり、デスを守るだけの世界へ。命の答えに辿り着いた者同士で、一緒に……。」

彼がの頬に触れ、涙を拭う。いつの間にか泣いていたようだ。
タナトスがに顔を近づけ、匂いをかぐ。ぺろりと涙を舐めた。
は目を見開き、彼の手を払いのけ叫ぶ。

「私は……行かない!!あなたは私に命をくれた!!
私が楔になるはずだったのに、あなたが代わりに楔となり、精一杯生きろと言ってくれた!!
確かに私は、あなたの魂が流転しない真実を知った時、絶望したわ。でも同時に希望ももらったの。
あなたが命を犠牲にして未来をくれたから、私は精一杯生きていられる。」

楔には……ならない。
私はまだ、この事件の真実を突き止めていない。
真実が辛いものだったとしても、今の仲間となら、乗り越えられる。

がそう言うと、彼の動きが止まった。タナトスが吠える。直後、低い声が聞こえてきた。

「……俺だって……生きたかった。楔になんてなりたくなかった。
、お前は裏切るんだな……?これはもともと、お前の運命だったんだっ!!」

今度は目の前の彼が叫び、それを聞いたの瞳孔が収縮する。
そう、本当だったら楔となっていたのはのほうだったのだ……。
あの時はただ、必死だった。
デスを封印するために上げた手を、彼が止めた。代わりに彼が手を上げる。
それが楔となる行為だったことを知ったのは、メティスに連れられて行った、過去で……だった。

タナトスと彼の姿がの前から消える。
同時に彼女の瞳から、涙が溢れた。唇が自然と動く。

「ごめ、ん、なさ、い……。」

誰もいない教室に、の声だけが響く。そして彼女の中から、オルフェウスが現れた。
オルフェウスはピクピク体を痙攣させている。
は目をつぶり、耳をふさいだ。唇からは途切れることない懺悔の言葉。

「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい……本当は私が………私がっ……」

楔になるはずだったのに。

中から別のペルソナがオルフェウスを食い破って出てくる。
それは先ほど、目の前にいたはずのタナトス。

「でも私は……私は………っ!!」


楔になんかなりたくない―――――っっっっっ!!


「おいっ、!!起きろっ!!どうしたんだ一体っ!?」

誰かに激しく体を揺すられる。ゆっくり目を開ければ、そこは見慣れた部屋の中。
目の前に家主の堂島遼太郎の顔があった。
状況がうまく理解できず、ぼんやりとする
堂島は頭を掻きむしりながら言った。

「……ったく、心配させんな。お前、寝ながらうなされてたぞ?
挙げ句の果てに、急に叫び出すからビビったじゃねぇーか。」

ボスンと堂島が寝ているのソファーに座る。
は寝たまま堂島を見上げて考える。
あぁ、あれは夢だったのか……と。それにしてはイヤにリアルだった。
はタナトスがオルフェウスを食い破る音を思い出し身震いする。
夢でよかった……。

目を閉じて安心していると、堂島のあったかい手がの頭に触れる。
彼が不器用そうに言葉をかけた。

「なぁ、お前はまだ、子供でいいんだぞ?
湯木でも俺でもいいから、もっと大人に甘えろ。いいな?」

ぽんぽんと、堂島はの頭に手をのせる。
そういえば昔、寂しい時に堂島がよくこれをやってくれていたなぁ……と、彼女は思い出す。
そして決まって彼は言う。「もっと大人に甘えろ」と。
月日が流れても、堂島は昔から変わっていない。
は体を起こして言った。

「ありがと、遼おじちゃん。ちょっと怖い夢見ちゃってさ。大丈夫、もう元気だよ。」

は笑ってみせる。堂島は少し困った顔をして、「それならいいが」と呟いた。
時間は夜の11時。
テレビの世界に行った疲れで、どうやら家事後にソファーで寝ていたようだ。
はそのまま、堂島家をあとにする。
居間に残ったのは、堂島ただ一人。
彼は酒の入ったグラスを傾けて、一言呟いた。

「楔にはなりたくない……か。あいつ一体、どんな夢見たんだ……?」

口に含んだウイスキーが喉を通り胃に落ちる。
久慈川りせが失踪した。本来ならば酒など飲んでる場合じゃない。
でも今日だけはなぜか、家に帰り、一杯やりたい気分だった。
堂島はウイスキーを光りに照らし、苦笑した。

「いつまでも子供、子供だと思ってたら、のやつ、気づいた時には大人になってやがった。
昔からアイツは、大人に甘えず聞き分けのいいガキだった。
でも……なぁ湯木、をもっと甘やかしてもいいよな?
アイツは大人であり、ガキでもあるんだからよ。」

大人でもあり、子供でもある今の年齢の人間は、マージナルマンと呼ばれる。
彼らの心は、いつも大人と子供の狭間で揺れ動いている……。
前のリーダーをまだ想っている聞き分けのない子供の心と、
未来を見つめ、この事件の真実を知ろうとしている大人の心。
その不安定さが、時にペルソナにも影響することをはまだ知らない……。





***





特出し劇場丸久座の中で、たちは確実に力をつけてから先に進んでいた。
最初はペルソナに不慣れだった完二も、今ではタケミカヅチをうまく使いこなせている。
クマの力を頼りに、りせの感覚と、時々現れるりせの影を追い、一番奥まできた。
カーテンの向こうには、まがまがしい力の塊があって、みんな緊張していた。

「俺の時もこんな感じだったんスかね……?」

ぽつりと呟かれた完二の言葉に、陽介は小さく笑って言った。

「いや、お前の時はなんつーか……鳥肌立ったっていうか、寒気がしたっつーか……。」

だってアレだったし………なんて言えば、完二は固まったまま俯いた。
きっと自分の恥ずかしい姿を思い出したのだろう。
何も言わなくなった完二を見て、が背を叩く。

「完二、ボケっとしてる場合じゃないぞ。お前の力、見せてみろ。」

バンっと音がする。叩かれた背中はヒリヒリしなかったけれど、完二の心がヒリヒリした。
そうだ。今は落ち込んでる場合じゃない。
りせを………本当の自分と対面して苦しんでるりせを助けなければ。

「………っしゃ!先輩、見ててくださいよ!この巽完二の活躍をっ!」

完二はカーテンの向こうへと走った。
「あ、馬鹿!」と陽介が続き、他のメンバーたちもそれに続く。
はパチっと自分の頬を叩き気合をいれ、カーテンをくぐった。
その先に、久慈川りせがいた。シャドウも一緒に。
本物は膝をつき、毛嫌いするような目をしてもう一人のシャドウを見ている。
シャドウりせは笑った。

「あたし、今見られてるのねっ!!ほら、もっとよく見て、このあたしをっ!」

「やめて………もう、やめてよ………。」

本物のりせがか細い声で懇願する。けれどもシャドウりせは全く聞かなかった。
むしろイラだちを隠せない様子で本物を見る。とても冷たい目をしていた。

「やめて………ですって?おっかしーの!
今までずっと、本当の自分を見て欲しかったんじゃないの?
ゲーノージンのりせじゃなくて、ただの久慈川りせを!
何の仮面もつけてない、素の久慈川りせを!あんたがそれを望んだから、あたしが生まれた。
もうヘド飲み込んで、作り笑いを浮かべて愛想振りまくなんてまっぴら!
ここにいるのはゲーノージンのりせちーじゃなくて、本音のりせなのよ!」

噛み付くようにシャドウりせは叫んだ。
それはりせの心の叫び。
アイドルとしての生活をしていても、心の中ではそう叫んでいた。
でも、誰にもいえなくて。気付けばいつも本音を飲み込んでいる自分がいた。
まるで心をナイフで削り取られるような毎日。
本音を思う自分から、いつも目を背けてきた。言ったって、どうにもならないから。
言えば今までの全てが崩れそうで怖かったから。

「さあ、これから脱ぐわよ?丸裸のあたしを……焼き付けなっ!!!」

シャドウりせのこの言葉を聞いたとき、本物のりせは顔を上げる。
涙で濡れた瞳でもう一人の自分をにらみつけ、本物は首をふって呟く。

「ちがう。こんなの………あたしじゃない。あなたなんか………あなたなんか……」

りせが何を言おうとしてるのかわかって、たちは叫んだ。
けれどもその言葉に耳を貸す余裕など持っていないりせは、あの言葉を言ってしまった。

あなたなんか、あたしじゃない………。

シャドウに力を与える言葉。本物が影を否定した時、影は初めて力を手に入れる。
それは本物の力よりはるかに大きい力。
シャドウりせは青い瘴気を立ち上らせた。

「うふふふふ!きゃははははははっ!!!これであたしは………本物になれるっ!
これが本当の…………あたしなのよっ!!!!!!!我は影、真なる我っ!!!!!」

影が巨大化する。この暴走したりせをとめなければ、本物の久慈川りせは戻ってこない。

「やっぱり、いろいろ悩んでたんだな。絶対暴走はとめてやるからな!」

陽介がりせに言う。シャドウはただ、笑い声をあげるだけ。
みんながシャドウりせを見てる中、は倒れている本物のりせをちらりと見た。
人気アイドルの看板を背負い、いつしかアイドルの顔でいる時間が長くなったりせ。
心のどこかではいつも、アイドルでない自分でいたいことを望んでいたのだろう。

「みんな、りせを助けるぞっ!」

が大きく吼えた。みんなが一斉にペルソナを発動する。
それを見て、シャドウりせは不敵な笑い声をあげるだけ。

(その笑い声の意味は何………?)

ペルソナを発動させながらは疑問に思う。
その疑問が解けるのは、このあとすぐのことだった…………。









#32 マージナルマン