沖奈駅……。
夜が近づいているが、外はまだ、少し明るい時間帯。
の電話が終わるのを待ちながら、は駅の2階から街を見下ろしていた。
ひしめき合うビルと、きらびやかなネオン。多くの人が歩いていく広い道路。
景色はポートアイランドと似ていた。稲羽市より大きくて、都会な街。
なんだか懐かしく思えた。それはきっと、稲羽市より港区住まいのほうが長いから……。
ぼんやりしていると、の電話は終わった。

「どこにかけてたの?」

「家。今日は堂島さん、早く帰ってくるみたいだから、ゆっくり遊べそうだ。
宿題も奇跡的にないしな……。」

ニヤリとが笑った。
はそんな彼を見て、不思議な気持ちになる。
なぜ彼は、突然遊びに行こうなんて言い出したのか……。
今まで一緒に出かけることはあっても、それはいつも菜々子がいて、しかもジュネスばっかりだった。
ジュネス以外の場所で、と二人なんて……

「なんだか不思議。」

「……えっ?」

「いえ、何でもないの。」

驚いた顔をしているを見て、は首をふった。
せっかくが連れてきてくれたのだ。楽しまなければ失礼だろう。

「ねぇ、それでどこ行くの?」

「んー……そこらへんをブラブラ?あ、カラオケにでも行くか?」

に任せるけどー……このへんブラブラしてみたいかな。お店もいっぱいあるし。」

はぐるりと駅前を見回した。
駅前のセンター街やデパートから、楽しげな音楽や客の声が聞こえてくる。
の見つめるほうを見て、うなずいた。

二人はそのまま店をぶらついた。
男物の服屋で、をコーディネートしたり、アクセサリーショップでアクセサリーを見たり、
一緒にアイスを食べたり……。
楽しい時間はすぐにすぎ、もうそろそろ帰ろうかと言ったに同意した時、
はふと、目にとまったものがあった。

「あ……きれい。」

フラフラとそれが置いてある店に引き寄せられる。
彼女を引き付けたのは、赤い石がついた携帯ストラップ。
燃えるように輝く赤い石は、ライトが当たると本当に燃えているように見えた。

「本当にきれいだな。買うのか?」

横からのぞきこんでくる。長身の彼は、だいぶかがんでの手元を見て尋ねた。

「うーん……どうしようかなぁ。でもちょっと、予算オーバーだし、やめとこうかなぁ……。」

は苦笑して、携帯ストラップを元の場所に戻そうとした。その手をが掴む。

「……?」

「買ってくる。」

にっこり笑うと、彼はストラップを手に、レジへと向かって行った。

「……え?い、いいって!ちょっと高いし今度自分で買うから!」

慌ててを追いかけただったが、彼はもう、支払いをすませているところだった。
後ろから慌ててやって来たを見て、店員がにっこり笑う。

「カップルさんですか?カッコイイ彼氏さんに、かわいい彼女さんですね。はい、どうぞ。」

「えっ……ち、ちがっ……!!」

の焦った言葉には一切耳を貸さず、商品が入った袋をに渡す店員。
は店員の言葉を肯定しなかったが、否定もしなかった。
ただ意味ありげにニヤリと笑っただけで、「ありがとう」と言い、を連れて店を出る。
ストラップはへと手渡された。

帰り道、はそれを鞄にはしまわず持ったまま。店を出てから二人の間に会話はなかった。
電車を乗り継ぎ、稲羽市に帰ってきたのは日がどっぷり暮れた時間帯。
鮫川河川敷に差し掛かった時、の手を掴んだ。

「もう少し、寄り道していこう。」

が返事をする前に、は手を握ったまま、河川敷へ下りていく。
そのまま川のそばで腰を下ろした。も彼の隣に座る。空を見上げると、満天の星空だった。
ポートアイランドでは絶対に見れない星空。あの街では、明るすぎて星が見えないのだ。

「……あのさ、。お前を楔になんかさせないって言っただろ?あれは本当だから。
俺には楔っていうのが何なのか知らないし、楔になったらどうなるのかなんて分からない。
けど、なんとなくどうなるのか予想はついてる……。」

楔になったら……死ぬんだろ?

空に向けられていた銀の瞳が、を捕らえた。
の言葉を聞いて呼吸できなくなる。
彼女は瞳を伏せて言葉を紡いだ。

「死ぬ……とはちょっと違うかもしれない。でも……命は失う。
2年前のあの日、私たちは絶対のもの……デスと戦った。
宇宙の果てで、私たちは命の答えに辿り着いたの。死んでいく命。
そして命は再生し、また地上で花開く。魂は流転するのよ。
タロットカードにあるように。宇宙はまた生まれ、愚者へと戻っていく。
終わりと始まり……。輪廻、転生。」

は鮫川に石を投げ入れた。ぽちゃんと音がして、波紋が広がっていく。
は同じだと思った。以前マーガレットが説明してくれたことと、全く同じ……。

「私はあの時、デスを封印しようとしたの。デスを封印できるのは、命の答えに辿り着いた者だけ。
封印者は輪廻転生の理から外れて、眠りについたデスを人々の欲望から守る門番……楔となる。」

「人々の、欲望……?」

「……死にたい、死に触れたい……誰もが一度は思ったこと。
その欲望はシャドウとなり、デスに触れようとしている。宇宙の片隅で、今でも……。
楔が壊れない限り、その欲望はデスに触れることができない。
もしも楔が壊れたら……欲望はデスに触れ、彼を呼び起こし、この世に終わりが訪れる……。
そうならないために、楔が必要だったの。永遠の命を得て、デスだけを守る楔。
本当は……私がなるはずだった。私の答えは、死に行く命のほうだったから。
でも気づいたら私は、彼に生かされた。
生かされた私が手にいれた答えは、彼が手に入れるはずだった答え。
命の再生と始まり。そう、死に行く命の答えを得て、私の代わりに楔となったのは彼だった。」

デスを封印しようとしたを気絶させ、代わりにデスを封印した彼。
沈みゆく意識の中で聞いたのは、彼の「生きろ」という言葉。
時の狭間に行くまで、ずっと思いだせなかった真実。残酷な………真実。それでも―――――。

「戦いが終わってから、私はそれを思い出せなかった。
ある時、私は真実を知ってなんて残酷なんだろうって思った。
でも私は、真実を知ってよかったと思うの。
先輩がくれた命だから、精一杯生きる。そう決めることができた……。
例え先輩の魂が転生しなくても、空を見上げればきっと――――――」

そこに彼はいる。

は空を見つめるをじっと見つめた。
それがの背負ってきたもの。には分からないくらい、途方もないくらい大きなもの……。
は息を吐いて、の手から紙袋を奪った。そのまま彼女の鞄に手をつっこみ、携帯電話を取り出す。
ストラップも何もついていないシンプルな携帯に、さっき買った赤い石のストラップをつけた。
そのまま携帯を手に握らせてに言う。

、俺はいつでもそばにいるから。
もしもお前の心が折れそうになったら、その赤い石を見て、俺を思い出してくれ。
いつでも俺を頼ってくれていい……。今回みたいにペルソナが暴走するまで我慢しなくていいからさ。」

………。」

は携帯をにぎりしめ、下を向いて「ありがとう」と小さく言った。
は微笑む。今この瞬間、心の底から彼女を守りたいと思った。
この気持ち……大切にしたい。やっと気づいた。
彼女が気になる理由も、が他の男と一緒にいるだけでイライラする理由も。

(俺はが…………好きだ。)

だから……彼女の言う、先輩を超えてやる。ペルソナの能力も、男としても。
の心に広がる宇宙の中で、何かの種が弾けたような気がした。







***







意識がどこかに運ばれていくようだった。体は眠っているが、意識はしっかり覚醒している。
呼ばれているんだ……。そう思った時にはもう、目的の場所に着いていた。
独特な声が車内に響く。目を開けたの先に、イゴールとマーガレットがいた。

「御呼び立てして申し訳ございません。ですがあなたに、新しい力を解放したいと思いましてな。」

「新しい……力?」

「えぇ。あなたは今日、絆を育み、そして大事なことに気づかれた。自身の想いに。
それにより、あなたの心の宇宙では、なにかの種が弾けたはずです。
ペルソナとは、心の力。今のあなたなら、ペルソナの4身合体が使いこなせるはずです。
本日よりあなたに、ペルソナの4身合体を解放いたします。」

うまく使って、今後の戦いに役立ててちょうだい……そうマーガレットは微笑んだ。
4身合体では、これまでよりも強いペルソナが作れる。それを使いこなせるかは、次第。
でも、今のなら大丈夫だろうとマーガレットは思っていた。誰かを想う気持ちは、途方もない力を生む。
そして時に、運命さえも動かす。

「さぁお客人、朝がやってまいります。
あなたはご自分の世界に帰られるのがよろしいかと思います。
次にここを訪れた際にはぜひ、ペルソナの4身合体をお見せください。」


ではまた、ごきげんよう……。
イゴールの声が耳に残っているうちに、は覚醒を迎える。なんとも清々しい朝だった……。











#36 想いは力へ