7月9日。
巽完二はジュネスにある手芸店へと足を運んでいた。
シルバーアクセをじゃらじゃらつけ、髪を染めたタンクトップの男には不似合いな場所。
でも稲羽市で一番大きい手芸店はここしかない。
周りの視線を気にしつつも、完二は手芸用品を物色していた。
彼にはどうしても、作りたいものがあったから。

「あれ?完二、こんなとこで何してんだよ。」

背後から声をかけられ、完二はビクッと体を反応させる。
振り返るとジュネスのエプロンをつけた花村陽介がいた。

「な、なんだ。花村先輩っすかー。」

「……俺で悪かったな。ってかお前、またなんか作るつもりなのか?」

陽介は完二の手に握られたフェルトたちに視線を落とす。
ピンク色のフェルトやらビーズやらがあるが、陽介には無縁のものたちばかりだ。

「あぁ……えぇっと……その……」

完二もフェルトたちを見て、恥ずかしそうにモジモジし出す。
男らしい自分を追求した彼だが、やはり完二の本質はバッチリ残っているようだ。
しばらくモジモジしたあと、彼は意を決したように陽介を見た。

「先輩、姉ちゃんってウサギ好きだと思うっスか?」

「はぁ……!?いきなりだな。うーん……まぁ好き、なんじゃねーの?
大半の女子ってさ、可愛いもん好きだろ?ウサギとか猫とかクマとか……。」

あのクマは例外だろうけど……と冗談を最後につけるも、
完二が嫌に真剣だったため、微妙に滑った感じがする陽介。

「そ、そうっスよね!やっぱ女子は可愛いモン好きですしね!」

「ってか完二、とウサギに何が関係してんだよ。」

安堵を見せる完二の意図が分からなくて、陽介は完二に尋ねる。
そうすると完二はまた、モジモジして答えた。

「や……ウサギのストラップ作って、姉ちゃんにプレゼントしようかなぁ……とか!
むしろ貰ってくださいっていうか何言わせてんだよオメーっ!あぁん!?やんのかコラ!」

「……なんで最後キレてるうえにケンカ売ってんだよ……。」

げんなりしている陽介の横で、完二は踵を返した。

「じゃ、俺金払ってくるんで。花村先輩はバイトっスよね?お疲れーっス。」

そんなセリフを残して、手芸用品の棚の向こうに消える完二。思わず陽介は彼を呼び止めた。

「あ、おい完二!お前さ……のこと、どう思ってんだ?」

振り返った完二の表情は、驚きに満ちていた。しかしすぐに、この表情が柔らかくなる。

「先輩、アンタ何聞いて…………っ!?………はあああああああ。
正直こうやって言うの、すげー恥ずかしいっスけど、これだけは譲れないんではっきり言っときます。
俺………姉ちゃんのことは好きっス。
ガキん頃の俺も、ただ突っ張ってるだけだった今の俺も受け入れてくれた、大切な人っスから……。」

それに………

(俺は初めてあの人に会ったときの笑顔が忘れられない。
姉ちゃんに一目ぼれした。姉ちゃんは俺の初恋の相手なんだ。
どうしようもないくらい好きなんだよ。姉ちゃんのこと。)

完二には、そんなセリフ言えなかったけど……。

完二が去ってから、陽介は額に手を当ててあざ笑った。

「……なんでこんなこと聞いたんだよ、俺。馬鹿じゃねーの?」

彼は一昨日のフードコートでの出来事を思い出した。





***





7月7日。
一昨日の話だ。七夕ということで、ジュネスのフードコートには、とてつもなく大きい笹が置いてあった。
その笹が風で揺れるのを見ながら、向かいに座った千枝が話を切り出す。

「あのさ、単刀直入に聞くよ?花村ってさ、のこと、好きでしょ?」

「ぶほっっっ!!げほっ、げほっ、げほ―――――。」

千枝の言葉に、陽介は飲んでいたジュースを吹いた。
器官に入りそうになった炭酸ジュースと戦いながら、彼は千枝を見る。
少し怒ってるような、真剣な眼差しだった。

「なんでいきなりそんなこと……」

「え、違ったの?だって花村君を見てたら、なんとなくそうなのかなーって私も思ってたんだけど……。」

雪子がキョトンとした。
なんで自分がナンパされてることも分からない天城が、そんなことに気づくんだろうと、陽介は苦笑した。

「だって花村、いいの?このままで。私のカンなんだけど君さ、絶対のこと好きだよ?
このままじゃ君にとられちゃうよ?」

彼女の言葉が胸を駆け抜けた。
心がむずっとする。今まで気づかないふりをしてきた。でも本当は知ってるんだ。
花村陽介が、を好きだと思っていることに。
このまま何もせず、ただ彼女を好きだと思うだけでいいのか?いや、いいはずがない。

「……そうだな、このままでいいわけないよ、な。確かに俺はのこと、好きだよ。」

強くて、優しい
いつも冷静で、周りを見ていて、他人を気遣っている。自分を犠牲にしてまでも。
そんなをこの手で守りたいと思っていた。
いや、そうしなくちゃって思いだしたんだ。これまでの戦いの中で。
陽介の知らない大きなものを抱えてる。それを一緒に背負ってあげたかった。
その役を務めるのはではなく、花村陽介でありたい。

「やっぱり!あのさ花村、あたしたちが協力してあげるからね!」

「あ、あたしたちもって……私もなの!?」

雪子は驚きながら親友を見る。戸惑っている感じだった。
そんな雪子をほぼ無視状態で話が進んでいく。
まずはデートに誘わなくちゃ……と言った千枝が陽介に押し付けたのは、2枚の映画館のチケット。
タイトルは『東京鬼祓師』。今巷で話題の映画だ。

「お、おい、これ……。」

「商店街のガラポンで当たったの。私はあんまり興味ないし、二人で行ってきなよ!」

デートを兼ねて……そう千枝はにやりと笑った。
陽介が雪子のほうを見ると、彼女は曖昧に笑っているだけだった。
陽介はもらったチケットを握りしめると、心の中にいるはずのもう一人の自分に言う。

(そうだよな。自分が動かなきゃなんも始まらない……そうだろ?もう一人の俺……。)

目を閉じて大きく息をすった。夏の空気が体の中にたくさん入ってくる。
この夏はもう、二度と来ないんだ……。陽介はそんなことを思うのだった。





***





7月10日。
堂島家の小さい庭で、は洗濯物を干していた。
青空に真っ白いシーツがはためく。とても気持ちのよい天気だった。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。こんな天気のいい日にサイレンなんて……。
赤いパトカーのサイレンを思い浮かべ、
彼女は思い出したようにエプロンのポケットに手を突っ込んで携帯を取り出す。
今までストラップのなかった携帯だが、今では赤い石のストラップがついている。
太陽にかざすとキラキラ光った。この赤い石はガーネットらしい。
ストラップの台紙にはそう書いてあり、ガーネットはノアの箱舟の方向を照らす役目をしていたそうだ。

「きれい……。、本当にありがとう、いろいろと。」

を連れ出したのも、楔の話を聞いてくれたのも
思えば彼はいつもそばにいてくれていた。
昔のリーダーと似ている。似ているから惹かれるのだろうか?
私はまだ、彼の影を追ってしまっているのか?もう、決別させたはずなのに……。
そんなことを考えていたら、突然携帯が鳴った。
慌てて携帯を開いてみると、『真田』の文字。は通話ボタンを押した。

「も、もしもし………」

か?俺だ。真田明彦。今電話いいか?」

「は、はい!大丈夫ですよ。それにしても、真田先輩が電話なんて珍しいですね。いつもメールなのに。」

電話の向こう側で、少し明彦が笑ったような気がした。

「そうか?いや、今回は大事な用件だし、電話をしたんだ。お前、もうそろそろ夏休みだろ?」

「夏休みって……まだ先の話ですね。」

は苦笑する。まだ期末試験も終わってないのに、なんて早い話をしてくるんだろう……とは思う。

「予定は早めに言っといたほうがいいだろ?
実はな、7月の月末か8月の頭のほうで、一度昔のメンバーで集まろうって話があってな。」

「えっ……?」

嬉しい気持ちと懐かしい気持ちが同時に湧く。
みんなに……会えるんだ、2年越しに。

「もちろん、アイツの墓参りも兼ねてる。お前、予定とか……その……気持ち的にも大丈夫か?」

明彦の声が柔らかくなった。アイツとは彼のことを言っているのだろう。
と恋人同士だった彼の墓参り。悲しい気持ちがないわけではない。でも……もう大丈夫だ。

「真田先輩、いつまで心配してるんですか?もう2年ですよ?
それに私、何回か彼には会いに行ってますし、心配しなくても大丈夫です。
先輩、みんな来るんですよね?私もみんなに……会いたいです。」

明るいの声が空へとのぼっていった。
「そうか」と言った明彦の声は嬉しそうだった。
少し雑談したあと、詳しい予定はまた連絡すると明彦は告げ、電話は終わった。
これから苦しい期末試験が待っているが、それが終われば楽しい夏休み。
一つ楽しみができたことに心を踊らせていると、二階の窓がガラッと開いた。
顔を覗かせているのは、真剣な表情の

………。」

静かに名前を呼ばれ、彼女はに瞳を向けた。

「なぁーに?」

ためらうようには瞳を揺らしたあと、小さく言う。

「……宙づりになった死体が見つかったらしい。」

「えっ………。」

どうして?
テレビの世界で、りせを助けたはずなのに……?
状況がよく読めず、はただその場に立ち尽くすだけだった。









#37 動き出す、気持ち