エブリディ!ヤングライフ、ジュ・ネ・ス。 そんな明るい曲が流れている中、捜査隊メンバーが陣取る席だけが重苦しい雰囲気に包まれていた。 現場を見に行った陽介を待つ時間が、ひどく長かったように思える。 「みんな揃ってるなっ……!?」 息を切らしながら走ってくる陽介を見て、思わず立ち上がる完二。 一呼吸した陽介は、まず結論を言った。 「現場、見てきたけど……宙づりになった死体はりせじゃなかった。」 安堵の表情を浮かべるメンバーたち。そしてみんな、一斉にこう思う。 じゃあ、発見された死体は誰だ……? みんなの疑問に感づいた陽介が答えようとする。しかし彼はすぐには答えなかった。 何かを押さえつけるように拳を握り、声を搾り出す。 「死体……モロキンだった……。」 「――――――っっっ!?」 「モロキンって……先輩たちの担任っスよね!?」 「ウソ………」 口々に言葉を発するメンバーたち。 諸岡は確かに嫌な先生だったし、嫌う生徒も多かった。 でも……まさか彼が死ぬなんて――――。みんなの顔から血の気が引いていた。 「なんかの間違いじゃ―――――」 「いや、死体をアパートのベランダから下ろすとき、見たってやつがいたんだよ。 あれは間違いなくモロキンだったって……。」 千枝と陽介の会話を聞きつつ、は冷静さを取り戻した。 とにかく今は諸岡がどうして死んだのかを突き止めることが先だろう。 「まずはクマに会いに行かないか? もしモロキンがテレビに入れられたなら、クマが何かを感じとっていたかもしれない。」 「そうね、行こう。テレビの世界へ……。」 が家電売場へと歩きだす。メンバーたちはそれに続いた。 ジュネスの家電売場は、いつもより店員が多く、たちを戸惑わせた。 何かを話し合うようにしている店員を不思議に思い、陽介は彼らに近づいていった。 彼に気づいた店員が、事情を説明し指をさす。その先に、いるはずのない生き物が存在していた。 「イッ……クマがなんでここに!?」 「クマ、お前出られるのかよっ!?」 「っていうか、出てきちゃってもいいの!?」 マッサージチェアーに座っているクマの周りに捜査隊のメンバーが集まってくる。 クマはマッサージを楽しみながら答えた。 「お、やっと来たクマね。クマねー、こっちに興味がムックリわいたから出てきたクマよ。 そりゃ出口があるんだから出られるでしょ?でも今までは出るって発想がなかっただけ。 あ、さっきお名前聞かれたから、クマだ……って答えといたクマ。」 「店員さんには熊田って伝わったわけね……。」 千枝が苦笑した。店員はきっと、このクマが中身のあるクマだと思っているのだろう。 実際中身なんてないのだが……。 「お前な……。ってか、お前に聞きたいことがあんだよ!最近あっちの世界に誰か入らなかったか?」 陽介がクマに向かって尋ねた。 マッサージチェアーに座るクマは、ひょうきんな顔をして答えた。 「誰も入って来なかったクマよ?あ、別にクマの鼻が鈍ってるわけじゃないクマ。 クマは向こうの世界で、ずっと一人でさびしんボーイでしたクマ。」 ぴょんと、マッサージチェアーから立ち上がるクマ。 誰も入れられていない。なのに死体は宙づりで発見された……。 これは一体どういうことなんだ? 「とりあえず、本部のほうに戻って、情報を整理しなおそうぜ。」 陽介の意見にみんなが賛成した。 *** 午後0時、殺人現場。 市役所から鳴る正午のサイレンを聞きながら、堂島遼太郎は死体のひっかかっていた場所を睨んでいた。 考えるのはこれまでのことだった。 の突然の帰郷。の下宿。同時期に始まった山野真由美失踪事件と死体の発見。 同じように失踪し出す八十高校の生徒たち。天城雪子、巽完二、久慈川りせ。 その3人はいずれも、、花村陽介、里中千枝と接点がある……。 おそらく、この事件には彼らが絡んでいる。 それが刑事の勘だった。 「……足立、この事件、お前はどう思う?」 堂島は初めて部下の足立に意見を求めた。 足立は今までにないこの堂島の行動にキョトンとしている。 (なんて顔してやがる……。) 堂島は彼に分からない程度に笑った。 慌てて足立が答えた。 「め、珍しいですね。堂島さんが僕に意見を求めるなんて……。」 「つべこべ言わず、お前の考えを聞かせろ!」 やはりいつもの堂島遼太郎であった。足立は「は、はい!」と返事をしたあと答え出す。 「もしかしたらこれは、僕たち警察には到底考えられない怪奇現象なのかもしれませんよ? 昔から神隠しとかあるじゃないですか。あれと似たような感じで……」 「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ……。」 堂島は頭を抱える。 そんな時、ズボンのポケットに入れた携帯がバイブする。 表示画面には懐かしい名前が表示されていた。 『湯木省吾』 堂島は足立や捜査員たちから少し離れると、通話ボタンを押す。 すぐに「よぉ、遼。」とハスキーな声が聞こえてきた。 「省吾、久しぶりだな。元気にしてたか?」 堂島の顔が少し柔らかいものに変わった。 湯木省吾。堂島の隣の家の住人にして、彼の幼なじみ。高校まで一緒という腐れ縁だ。 そして、の叔父でもある。 「あぁ、まぁ元気だよ。仕事が一段落したんで電話してみたんだ。」 「お前まだオーストラリアか?」 湯木は今回、仕事でオーストラリアに行くと言っていた。 海外を飛び回っている彼は、動物カメラマンで結構有名だ。今回はオーストラリアが舞台。 こちらは今夏だから、向こうはおそらく冬だろう……。 堂島がそう思っていると、湯木は笑って彼の言葉を否定した。 「いや、今はイギリスにいる。実は近々一時帰国しようと思っててな。 香織も一緒に一時帰国するって言ってるから、イギリスに寄って彼女を拾いにきたんだよ。」 「一時帰国って……いつだ?には言ってあるのか?」 「まだ未定だ。香織の仕事の進行状況次第だな。には日程が決まってから連絡するよ。」 電話の向こうで省吾が笑った。香織とは省吾の妻で絵本作家と翻訳家をしている。 彼女の作品である『へびのなみだ』はベストセラーとなっている。菜々子も大好きな絵本だ。 「そうか……。」 「ところで、最近稲羽市は大変みたいだな。 日本のニュースはこっちでも欠かさず見てるんだが、また死体が見つかったらしいな。」 「もうニュースになってるのか?」 マスコミのなんと早いこと……。つい数時間前に死体が見つかったというのに……。 「ああ。まぁ詳しくはやらなかったけどな。 それで、うちのは大丈夫か?失踪してないか?」 「……お前なぁ、仮にもお前の姪だろ?そういう物騒なこと言うなよ。 大丈夫だ、元気でやってるよ。毎日俺達の飯を作りに来てくれてる。」 「ははっ、スマンスマン。確かに俺の大事な姪で、姉さんの忘れ形見だもんな。 元気でやってるみたいで安心したよ。 堂島、奥さんがいなくなって寂しいからって、には手を出すなよ?」 「馬鹿かお前は!生涯連れそうのは妻だけでいい!」 電話越しに怒鳴った。湯木はまた、「ははっ」と笑った。でも急に真剣な声色となる。 「……そうか、は無事か。でも本当に香織と心配してたんだよ。 ほら昔、が急にいなくなったことがあっただろ? ポートアイランドの爆発事故で姉さんと義兄(にい)さんが死んでしばらくしたあと、 が一人でポートアイランドに行った時のこと。 あの時俺は、までいなくなったらって思うと怖かった……。 だから……今度は本当にが失踪したらと思うと……」 湯木の言葉はそこで途切れた。 堂島は静かに彼へと言葉をかける。 「大丈夫だ。お前の代わりに俺がちゃんとを守るよ。」 「……遼、すまないな。いつもお前にばっかりで。香織もお前には感謝してるよ。 そういえば、あのあとが不思議なことを言ってたな。 あまりに変なことで、お前には言ってなかったけどさ。」 変なこと?あのしっかり者のが? 「どんなことだ?」 興味本位で堂島は尋ねた。湯木が電話の向こうで記憶を辿っているのが分かる。 当時のことを思い出した彼が言った。 「確か、長い鼻のおじいさんにペルソナをもらったって……。 でも次の日にはもそのことを忘れてた。 それから何回かペルソナって何だ?と尋ねたけど、は知らないと答えたっけな……。」 「ペルソナ………?」 どこかで聞いた言葉だと、堂島は思った。 *** ジュネスのフードコートに移動してきたたち。 陽介はクマに何度も何度も確認をする。 呆れつつもクマは、テレビの中に人はいなかったと証言し続けた。 それなのに、モロキンは死んだ………。 テレビの世界ではなく、この現実世界で。 「犯人、もうテレビの世界に入れても人を殺せないって分かったから、テレビに入れなかったのかな?」 雪子が呟く。確かにたて続けに3人助けた。 そして、その3人ともがペルソナに目覚め、こうして仲間になった。 犯人は諦めて、ついに現実世界で殺人を犯したのか? 考えに詰まって、は隣に座るを見た。 「………ねぇ。私考えたんだけど、今回の犯人とこれまでの犯人って別なんじゃないかな。」 「えっ…………?」 顔を向けた彼に、はに聞こえるくらいの声量で呟いた。 驚いて彼女の顔を見ると、真剣な表情だった。今回とこれまでの犯人が別? 「それは………どういう……」 「今回の犯人が、これまでの事件に似せてモロキンを殺したんじゃないかなって思うの。」 「つまり、事件を偽装して殺人をおこなっ「あついいいいいいいいいいいいい!!!!」 とがヒソヒソと話してるとき、クマの甲高い声が上がる。 みんなが一斉にクマを見ると、彼は滝のような汗をかいていた。 「あー!!!!もう限界クマっ!!!暑いし頭取ろっ!」 そう言ったクマは自分の頭のチャックを手に取った。 すかさず陽介がクマの頭を押さえつける。 横で子供が見ているのだ。頭を取り、中身がからっぽだったら、子供でなく大人でさえ驚く。 現にあっちの世界で最初からっぽのクマを見たときから、陽介は軽くキグルミにトラウマが生まれた。 しかしクマは陽介の手を振り払い主張した。 もうからっぽではない。努力に努力を重ねて、中身を生み出したのだ。 全ては千枝と雪子とを逆ナンするためだった。 ジジジジー………とチャックを開ける音がフードコートに響く。 頭を取ったクマが最初に感じたのは、心地の良い風だった。 決して、あっちの世界では吹かないような………。 喉を通るジュースがおいしい。これが………こっちの世界………。 クマの瞳には、驚くメンバーたちの顔と、きらきら光る世界がうつっていた。 |