クマの中から人間が生えてきた! そう言って、陽介は顔をひきつらせた。みんなも開いた口がふさがらなかった。 テレビの中の世界が、非現実的なことくらい知っていた。 しかし、クマが人間になるとは……。 もしこれが、マーガレットの言う絆の力なら、なんとも恐ろしい力だ……。 千枝たちと服を選びに行ったクマの背中を見ながら、はそう思った。 クマの服を選びに行った女子たちに断りを入れ、男子たちは先にマル久豆腐店に来ていた。 あとから女子たちもクマを引き連れ合流する。 まるでホストのようなクマに、たちは目をみはる。 しかし言動は……やはりクマであった。口を開けば逆ナンのことばかり。 雪子が鬼の形相でクマをにらみつけた。 慌てて陽介が間に入る。 「……仕方ねぇーな。おい完二、俺たちはりせちーに会ってくる。 これでアイスでも何でも買っていいから、クマとここにいてくれ。 いいか、絶対騒ぐんじゃねーぞ?」 念を押して、陽介は完二に1000円札を渡した。 「え、いいんスか?先輩!」 「ああ。クマの歓迎祝いってとこだ!」 パチンとウインクした彼を見て、千枝がわざとらしく振る舞う。 「いやー……陽介はオトナだねぇ! オトナだから細かいことは気にしないよねぇ、アハハハハハ!」 「な……なんだよその気持ち悪い態度。」 千枝の言動に陽介は後ずさる。申し訳なさそうに千枝が言った。 「実はね、クマ君の洋服代、持ち合わせが足んなくて陽介のツケで買ったの。 マジごめん!ホントにごめん!」 「……は?ツケ……?」 陽介は一瞬ポカンとし、その直後、鬼のような形相になった。 早口で千枝を責め立てる。彼女も負けじと言い返す。 すぐに二人の喧嘩が始まった。 喧嘩を止めようとしたクマも巻き込まれ、収集がつかなくなる状況。 「先、行こうか。時間かかりそうだし。」 「そうだな……。」 雪子の提案にも頷いた。そのまま振り返り、を見る。 「、先に行こう。」 だがは首をふって断った。 彼女は苦笑を浮かべ、口を開く。 「私は残るよ。完二君とクマだけじゃ、なんか心配だしね。」 「そう、か。じゃあ、二人のことを頼んだぞ。」 は心の中で少しうなだれた。 笑って手を振るを一度だけ振り返る。 そばでは陽介と千枝がまだ喧嘩を続けていた。 *** 陽介と千枝の喧嘩が収まり、クマが解放されてから、完二とクマはアイスを買う。 ホームランバー。はアイスを買わず、にこやかにアイスを食べる二人を見ていた。 「姉ちゃんは、ホントにアイス食わなくていいのか?」 クマがアイスに夢中なのをいいことに、完二はの隣に並んだ。 手に持ったホームランバーが溶けかけていることに気付いた完二は、慌ててアイスを口に放り込む。 頭がキーンとするが、暑い日はこれがたまらなくいい。 もごもごと口を動かす完二の横で、は言った。 「うん、私は別に食べなくてもいいかな。」 まぶしい日差しに手をかざしながら、が笑う。 その笑顔が本当に柔らかかったので、アイスの棒をくわえた完二はポカンとしている。 そしてすぐ、思い出したようにポケットをごそごそ触る。 取り出したのは昨日徹夜で作ったウサギの編みぐるみ。 頭の部分に紐がついていて、ストラップになっていた。 「あの、さ………姉ちゃん。姉ちゃんに渡したいものがあって……。 手、出して欲しいんだけどよ………。」 首をかしげたは、静かに完二の前に手を差し出した。 そこにポツンと、ウサギの編みぐるみが置かれる。 「か………可愛い!」 は手のひらに置かれた編みぐるみをつまみ上げ、いろんな角度から見ている。 そんな彼女を見ながら、完二は明後日を向いた。 昔から彼女が完二の趣味を知っているといえど、恥ずかしかった。 を見ないまま、完二は言った。 「そ、それだけどよ………姉ちゃんにやる。 姉ちゃん、女子だし可愛いウサギとか好きなんだろ? ほら、感謝の気持ちっていうか、この前助けてもらった礼っていうか………。 昔から姉ちゃんは、俺のこと気にしてくれてて嬉しかった。 俺、馬鹿だし裁縫以外できねーから、こんなモンしか作れないけどよ。」 こっそり完二は、目の前のを見る。 優しさがあふれ出てくるような目つき。 彼女はウサギの編みぐるみストラップを掲げて、綺麗に笑った。 「ありがとう………!すごく嬉しい! こんな可愛いウサギのストラップを作っちゃうなんて、完二君はホントに天才だね!」 ドキンと、完二の胸が高鳴った。 目の前では、いそいそと携帯を取り出し、ストラップをつけた。 編みぐるみのウサギと、赤い石のストラップが揺れる。 そのままは、二つを手に取ってじっと眺めた。 ウサギの横に並ぶ赤い石に気付いた完二が、すかさず彼女に言った。 「姉ちゃん、その赤い石、綺麗っすね。」 「うん。これね、ガーネットらしいの。この前が買ってくれたんだ。」 少し照れたように笑う。 完二の手から、ホームランバーの棒がポトリと地面に落ちた。 その棒に書かれた文字は、『当たり』の3文字。 しかし完二はその言葉に気付かず、大きな瞳でと赤い石を見ていた。 (それって………先輩と姉ちゃんがデートしたってこと?) 地面に落ちたホームランバーの棒には、すぐに小さい蟻たちが集まってくるのだった。 *** りせちーがアイドルのりせちーのキャラに戻った頃、クマたちはと合流した。 りせが味方になってくれることを知ったクマは、りせに例のメガネを渡す。 テレビの世界で必要な道具。そして、仲間である印。 りせがナビ役でついてくれることにより、クマも前線メンバーとして戦うことを誓う。 はクマに拍手を送った。そして、りせに自己紹介する。 「みんなの名前、聞いたと思うんだけど、私はまだだよね? 八十神高校2年の、です。たちと同じクラスだよ。 これから仲間としてよろしくね。」 スッ……と彼女の前に手を差し出した。 りせは何か言いたそうな目でをじっと見る。 その瞳があまりにも真剣だったから、は首をかしげた。 その時、りせは差し出されたの手を両手で勢いよく掴み、大声で叫んだ。 「よろしくお願いしますっ、先輩!それで……あ、あの………! 突然なんですけどっ、あたしからのお願い聞いてもらっていいですかっ!」 ぐいっ……とりせの顔がに近づけられる。 半ば押され気味では答えた。 「な、なんでしょう………?」 「先輩のこと、『お姉様』って呼んでいいですかっ!? あの時……シャドウのりせが、実はりせちーのことを嫌っていなかったってことを先輩が見抜いた時、 私思ったんです。先輩は、私のことを深く理解してくれようとしたって。 だから私の………お姉様になってください!私はお姉様となら、とても強くなれそうなんですっ!」 ぎゅぅっと手が掴まれる。 りせの迫力に、周りのみんなが言葉を失っていた。 当の本人であるも固まっている。 りせの「いいですかっ!?」という気迫に押され、は小さく呟いてしまった。 「は、はい………よろ、こん、で?」 その瞬間、りせがパッとの手を放し、思いっきりガッツポーズしたのをみんな見逃さなかった。 それはきっと、人気アイドルの………貴重な一面。 *** 夜、堂島家。 はりせのことを考えながら、夕飯を作っていた。 そっと後ろから、の声が聞こえてくる。 「なんか………すごいことになったな。 は今日から、人気アイドルのお姉さんになったわけだ。」 振り返れば、がそう言い笑いをかみ殺している。 は頬を膨らませ、彼に抗議した。 「全く、人事だと思って………。私、お姉さんなんて感じじゃないのに。 流行モノにも弱いし、ファッションだってお化粧だってそこまできちんとしたことないのに。」 「そこは妹のりせから教えてもらえばいい話だろ?」 「…………もうっ、の馬鹿!」 柱に体をあずけて立っているを睨みつける。 その時、居間のテーブルにおいてあるの携帯から着信音が鳴る。 が彼女の携帯を手にとって渡す。 彼はその時、の携帯に違和感を覚えた。 「あ、真田先輩からだ………。はい、です。」 は菜箸を置いて電話に出る。はその頃、の携帯に覚えた違和感に気付いた。 ストラップが、一つ増えている。 ウサギの編みぐるみのストラップなんて、赤い石をつけたときにはなかった。 があとからつけたんだろう。 けれどもは、そのストラップに何か不安を感じてしまう。 「はい、7月31日ですね。その日は大丈夫です。 え、桐条先輩の家に泊まってもいいんですか?でも………はい、そうですね。 じゃあそうします。……分かりました、お願いします。では………。」 の電話が終了する。 電話の内容よりも、が彼女に先に尋ねたのは、ストラップのことだった。 「なあ。そのウサギのストラップ、どうしたんだ?」 「え、これ?ああ、これね、完二君が作ってくれたんだって!」 ニコニコ笑ってウサギを掴みに見せる。 カンの鋭いは、に分からないように顔をしかめ、心の中で呟いた。 (完二………もしかして、お前、のこと………) 確信はないけれど………。もしそうだったら俺は………。 |