モロキンがいない日常が始まった。
新しい担任は誰になるのだろう………?そんな疑問は、HRが始まってすぐに解消された。
殺されたモロキンの変わりにたちを受け持つのは、柏木典子という先生だった。
どこまでもセクシー路線を貫く彼女は、ある意味ではモロキンと同じく濃い担任……。
モロキンに黙祷を捧げたあと、目を開ければ、柏木は教卓に座っていた。
すらっとした足を組み、ここでもセクシー路線を貫く。
生徒たちがみんな、一気に引いた。

柏木がりせの文句を言う中、クラスメイトのヒソヒソ声が聞こえる。
「りせちーのほうが何百倍もかわいいっつーの!」という声や、
「柏木って40越えてるって本当?」などの噂話。
その中に、気になる噂があった。
マヨナカテレビで、りせちーのストリップ番組が放送された。
しかし脱ぐ前に電波がおかしくなって見れなかった……というもの。
捜査隊のメンバーは、一斉にピクンを体を反応させた。
脱ぐ前に電波が乱れたのは………シャドウりせが登場したからだ。

「マヨナカテレビ、だんだん広まってきてるね。」

「そうだな。早いとこ、事件解決しないとな。
今日の放課後、集まって話そうぜ。
……てかさ話変わるけど、あの時りせちー脱がなくてホントよかったよ。」

ホントはちょっと、脱いだりせちーを期待してたけど……なんて陽介が呟けば、
すかさず千枝の鉄拳が飛んだ。
「冗談だったのに………」と陽介の言葉を聞きながら、雪子は呆れた。

「言っていい冗談とそうじゃない冗談があるでしょ………」

自分の後ろの席を振り返り、ノックアウトされた陽介を見ては心の中で思った。

(そっとしておこう……………。)

柏木の話が続いている中、HRの終了を告げるチャイムが鳴った。

その日の放課後。
捜査隊メンバーたちは、ジュネスのフードコートに集まっていた。
今回は新しく仲間になった久慈川りせも参加している。

「あー………来週テストかぁ。赤、久々にくるな、コレ………。」

「しょっちゅうだろ?」

「うっさいな!花村には、見せたことないでしょ!」

「でも千枝は赤以外は全部平均点以上だよね。」

千枝をフォローしたつもりの雪子だったが、全くフォローにはならなかった。
3人の会話をだまって聞いていたりせが、明るく笑った。
りせは新しい学校で、当分友達なんてできないと思っていたことを話す。

「でも、私には素敵な先輩たちができたし、素敵なお姉様もできた。
私、とっても嬉しいの!」

ぐるりと彼女がみんなを見て、そしてを見て微笑む。
は困ったように笑った。でもその笑みは、とても柔らかくて………。
りせはをほぼ強制的に自分の『お姉様』とした。
自分でもわがままだったかなって、少し反省もしている。
でもは、怒らずお姉様になってくれることを承知してくれた。

(ごめんなさい。そしてありがとう、お姉様………。)

あなたは私の心のよりどころ。
私がもう少し強くなるまで、お姉様でいてください………。

りせがそう思ったとき、陽介が本題を切り出した。一斉にみんなの顔つきが変わる。
やはりモロキンのことは、みんな堪えたようだ。

「てかさ、本題に入るけど………今回のモロキンの事件、どう思う?
マヨナカテレビには、全然映らなかっただろ?」

「もし、テレビの中に入ったなら、クマにも分かるはずだよ。
前より鼻はきかなくなってきてるけど、誰かが入ったくらい分かるクマよ。」

「現場の様子も、山野アナや小西先輩の時と同じだったってニュースで言ってたし。」

「犯人の動機って………何なのかな?恨み………?」

「恨みってんなら、モロキンを恨んでたやつなんざ、数え切れねぇくらいいる。
携帯を没収されたとか、わけわかんねー理由で補導されたとか。
あと、愚痴のはけ口にされたとか………。」

そこでみんな、口をつぐんだ。
フードコートにはジュネスのテーマソングが流れる。
明るい曲とは正反対に、気持ちはだんだん沈んでいくようだった。

「あの………ちょっといいかな?」

か細い声が上がる。それはだった。

「今までの被害者って、テレビで取り上げられた人たちばっかりだったよね。
でもモロキンは、テレビには全く出なかったのに殺された。
同一犯なら、"テレビで取り上げられた人を殺す"っていうルールを破ったことになるよね。
私はそこに、犯人の衝動性を感じるの。
衝動で………モロキンを殺してしまった。
これまでかたくなにルールを守ってきた慎重な犯人が、モロキンを衝動で殺すかな?」

「天城の言ったとおり、恨み……とか?」

が隣に座るを見た。
は顎に手を添えて、何か腑に落ちないと言った様子で「うーん」と唸り声を上げる。

「恨みがあるなら………計画を立ててテレビの世界に入れて殺すんじゃないかな?
現実世界で殺すには、証拠が残りすぎるし、警察に見つかるリスクも高いわ。
それにマヨナカテレビを知ってる犯人なら、なおさらテレビの中に入れると思う。
自分の嫌いな人が恥ずかしい番組で他人に笑われるのを見るっていうのは、
うっぷんを晴らすのに好都合だしね。
誰かが笑われるのを見て、楽しい気分を味わう。人間の悲しい………性(さが)……ね。」


は遠い目をした。
マヨナカテレビ。入れられた人間の本音を映す番組。
マヨナカテレビを知っている人間は、それを見て毎回楽しんでいる。
さいていだ………。は人知れず、拳を握った。

「でもさ、山野アナや小西先輩、それにモロキンのためにも、
あたしたちが出来ることをしなくちゃだよ!
今んとこ、あたしたちの学校になんか関係があるってことだよね?
なら、あたしたちで手分けして………」

「その必要はありません。」

千枝の言葉にかぶせるように、声が上がった。
同時に、帽子をかぶった白鐘直斗が姿を現す。
彼が言うには、モロキン殺しの容疑者が固まった…………と。
陽介は興奮して立ち上がった。
メディアには伏せているが、犯人は高校生の少年。八十神高校の生徒ではない………。

「今までの事件と問題の少年との関連が、周囲の証言ではっきりしているそうですよ。」

はじっと、直斗の言葉を聞いていた。
それってつまり………事件は終結…………?

(なにかが………違う気がする。)

直斗の言葉を聞いてがふと思ったのは、そんなことだった。
この事件は、そんなにシンプルに解決するような気がしない。
シャドウやペルソナが絡んでて………そして……随分前に見たあの夢。
かつてのリーダーが夢の中で呟いた名前。『イザナミ』。

「そうか。で、お前は何しに来たんだ?
いろいろ伏せられてるんだろ?なんで俺たちに、そんなこと言いに来たんだよ?」

直斗のことが気に入らないとでもいうような陽介の言い草。
直斗は一瞬瞳を伏せて言った。

「みなさんの"遊び"も、もう終わりになるかもしれない。
それだけは、伝えておいたほうがいいと思ったので。」

空気がピシっときしんだ。
の隣に座っているの手が、拳を握り震えていた。
目の前に座る陽介も、肩が小刻みに震えている。

「遊びのつもりは…………ない。」

ざわめきの中で、トーンの低い声が上がった。
の声だった。ただし、みんなが聞いたことのないような、怒りを含んだ声。
怒っているのはだけじゃなかった。

「遊び………?遊びはそっちじゃないの?
そっちはただ、謎を解いてるだけでしょ?そっちのほうが遊びでしょ?
私たちの何が分かるって言うのよ。」

りせの鋭い目つきが直斗につき刺さる。
陽介も言った。こっちは大事な人が殺されてるのに、遊びでできるか……と。
それに……約束もしているしな……と。クマの瞳が潤みを帯びる。
直斗は一瞬何かを考えたあと、自嘲気味に笑った。
そして呟く。確かに、僕のほうが遊び……だったのかもしれない……と。
何かを言いたそうな直斗は、そのまま言葉を飲み込んで去っていく。

ぽかんとしてるみんなを見たあと、に視線を向けた。
彼の拳は机の下で握られたまま…………。

(私たちは命をかけて真実を追っている。そう、これは……遊びじゃないわ。)

はそっと、彼の拳を自分の手で包み込んだ。
温かい感覚には顔をあげ、隣のを見る。
彼女の視線はから外れており、みんなと会話をしていた。
それでもの手は、メンバーたちが解散するまでずっとの拳を包んでいるのだった。





***




捜査会議が終了し、は並んで家へと歩いていた。
もう夜だというのに、太陽はまだ、少しだけ顔を覗かせている。
でももう、あと少しで闇が来る。薄暗い中で、に尋ねた。

「なあ。あのさ、フードコートで言ってたことだけど………」

「え、どのこと?」

よりも身長の低いが、を見上げていた。

(それは反則だろ…………。)

の仕草にドキリとしつつも、は平静を装った。

「………あのことだ。
かたくなにルールを守ってきた犯人が、衝動でモロキンを殺すかな?ってやつ。
あれ、何が言いたかったんだ?」

の問いかけに、が「ああ」と納得した声を上げた。
彼女はまっすぐ前を見たまま言葉を紡ぐ。

「あのね、前にも言ったことあるでしょ?
これは私の勝手な憶測なんだけどね、私……山野アナを殺したり、
雪子ちゃんたちをテレビの中に入れた犯人と、モロキンを殺した犯人って別だと思うの。」

「………そういえばモロキンの死体が見つかった直後の捜査会議で、
そんなこと言ってたな。」

は足を止めた。
はそのまま話ながらゆっくり歩いていく。

「前にも言ったけど、モロキンを殺した犯人は、
これまでの一連の犯人の手口を真似てるだけなんじゃないかってね。
模倣犯………。自分が捕まらない為の………。でも私はね、思うの。」

人を殺す人、みんな許せないよっ!

は立ち止まって、を振り返って叫んだ。
命はそんなに軽いものじゃない。すぐに奪っていいものじゃない。

「命はさ、他人の都合だけで奪っていいものじゃないよ。
この世界で生まれて、この世界で一生懸命生きることは奇跡なの。
みんな、奇跡を抱えて生きてるのよ…………。」

は太陽が沈んでしまった空を見上げる。
もつられて空を見上げた。空に輝くたくさんの星たち。
この星数くらいの人間が、この世界でも生きている。
それはの言うとおり、奇跡なのだろう………。

事件は本当に…………終結したのか……………?

今まで奪われた命は………これで報われるのか?








#40 遊びじゃなく、命をかけた……