「犯人が……二人……。」

は深く呟いた。
「私の個人的な意見よ?」とが、曖昧に笑う。
でももし、の言うとおり犯人が二人いるのなら、どちらか片方を捕まえるだけじゃダメだ……。

「もし私の予想が外れて、直斗君が言う高校生が一連の犯人だったなら、
この事件は終わりってことよね。」

「……あぁ、そうだな。」

二人は再び歩き出した。
鮫川からは穏やかな川の流れる音が聞こえる。
そして、草むらから聞こえる夏の虫の大合唱。
都会では、絶対に聞けない。あそこでは、虫のか細い声などかき消されてしまうのだから。

「本当に……終わったのか?」

納得できない気持ちはたくさんある。でも……わからない。
色で例えるなら、白でなく黒でもないグレーだ。

「今の私たちにはどうすることもできない。
この少ない情報じゃ、判断するには無理だわ。それよりも今は………。」

は隣を歩くを見て、にっこり笑った。

「期末テスト、がんばろう。
今度の期末でいい成績とったら、遼おじちゃんがいいものくれるんだって。」

彼女の言葉を聞いたは、ブルっと体を震わせた。
"いいもの"というフレーズに、若干寒気を覚えたのはの気のせいだったのか……。




***



同じ星空の下、警察署内の喫煙所で、堂島はタバコをくゆらせていた。
建物外に作られた喫煙所は暗いせいか、星が一段と明るくきれいにみえる。
彼はかすかな風に流される煙を見つめたまま、考えていた。
今回の犯人として、対象となった高校生の少年。
彼が………殺した。山野真由美、小西早紀、諸岡金四郎を………。
だが、しかし――――――――。

「あの少年からは、死臭がしない………。」

これまで稲羽市でも何件か、連続殺人事件はあった。
そのたびに犯人を見てきたが、みな、同じ死臭がしていた。

「でもアイツからは、何も匂いがしてこなかったんだ………。
それに、あの少年の死んだ魚のような目。生きることをあきらめた目つきをしていた。
何かが………おかしい。これまでの事件の犯人は、本当にヤツなのか?」

堂島は短くなったタバコを灰皿に押し付けた。
菜々子が生まれてからは、あまり吸わないようにしていた。
それが妻との約束だったから。でも彼女はもういない。
彼女が死んでから薄れてしまった約束……。堂島は空を見上げる。

「すまんな。この事件が解決したら、もうタバコはやめるさ。」

小さくつぶやいた言葉は、星空に消えていった。
それからすぐ、足立が堂島を呼びに来る。堂島の先輩が、彼のことを呼んでいたためだ。
堂島が喫煙所を去ってから、足立は今まで彼が座っていたところに腰を下ろす。
そのまま彼と同じように、満天の星空を見上げた。

「これまでの事件の犯人は、本当に彼?……だって?
ほーんと、あの人の勘ってすごいよねぇ。ははっ…………。」

足立はいつもと違う表情で、意味ありげに一人笑うのだった。
そして、別の場所の星空の下でも、違う人物がゆったりと笑顔を浮かべている。
彼か、彼女か分からない人物は、暗闇の中でつぶやいた。

「さて、これが最初の試練だよ、イザナミ。
君は数多くの嘘の中から、小さく光る真実のかけらを見つけることができるかい?
見つけられたなら、君はわたしに一歩近づくことになる。楽しみにしているよ。
わたしはずっと、君を待っていたのだから………。」

赤い唇の端が、少しだけ角度を増した。




***




次の日。放課後になってから、生徒たちがパラパラと帰る中、たちも帰宅の準備をしていた。
教室内にはまだ、何人かの生徒が残っている。
おそらく今回の試験に情熱を燃やす、勉強熱心な生徒たちだ。
陽介が席を立ち、大きく伸びをしたときだった。
廊下のほうから、男子生徒たちの歓声や、女子たちの悲鳴に近い声が聞こえてくる。
何事だ?と思ったたちは、一斉に廊下のほうを見る。
それとほぼ同時に、1年である久慈川りせが、教室に飛び込んできた。

「やっほー、先輩たち〜!それから………私のお姉様っ!!」

輝くような笑顔での胸に抱きつくりせ。
教室に残った生徒や、廊下から中を見ている生徒からざわめきがあがった。

「ちょ………りせちー、みんな見てるって!」

「えー、いいじゃん。だって先輩が私のお姉様なのは変わりないし。
第一、花村先輩にはカンケーないでしょ?」

「そういう問題じゃ………。」

陽介は、周りの視線を気にしつつ弱気に言った。

(あー、これでしばらく、とりせの百合カップルが学校中で人気になるな。)

何しろは、何をやっても絵になる美人。
りせだって、今は休止中だが人気アイドルを務めるくらいの美貌を持つ少女。
ブームになるのは間違いないだろう。

「そんでりせちゃん、今日は私たちの教室に来て、どーしたの?」

千枝がりせに尋ねる。彼女はにがっしり抱きついたまま答えた。

「えー?実はね、今日は先輩に勉強教えてもらおうと思ってぇ。
ほら私、転入したばっかでしょ?授業、全く分かんなくて。
完二に聞いても無駄だろうし、どうせならお姉様に教えてもらいたいなぁって。
お姉様なら頭よくて、頼りになるだろうし。」

「だからお姉様、一緒に勉強しよーよ」と、りせがを見つめる。
は苦笑した。勉強を教えることは別にいい。
だがこの状況………。生徒たちからの好奇な視線。
陽介の呆れ顔、雪子と千枝の苦笑。 そして何より…………。

、なんでそんな怒ってるのよ………。)

陽介の隣で無言で腕を組み、静かにりせを威圧しているリーダー。
銀色の瞳が細められ、鋭さを帯びている。
それに対して、りせはの鋭いまなざしを華麗に受け流している。

「りせ、残念だけどは今日、俺と一緒に勉強する。」

っ!そんな約束した覚えな…………」

「今約束した。」

発せられた声も、どこかとげとげしくて。
けれどもりせは、物怖じせずに答えた。

「えー!先輩は、いっつもお姉様と一緒でしょ?
今日くらい譲ってよー!ずるいよー、先輩ばっかりお姉様を独占してー!
それに先輩、頭いいしお姉様と一緒に勉強しなくても期末大丈夫でしょ?
私ちゃぁーんと知ってるんだから!前回の中間で、先輩が学年トップになったこと。」

そういい終わると、りせはに向かってにっこり微笑む。
その場にいるみんなは、ちりっと火の粉が飛んだ……ような気がした。

「あれ、里中に天城。俺、おかしいのかな?
俺、りせちーの後ろにヒミコが見えるんだけど………。」

「私は君の後ろに、イザナギが見えるんだけど………。」

雪子が目をこすってを見ている。
りせに負けないくらいの笑顔を浮かべ、も言った。

「学年トップになったのはまぐれだ。それに俺は、英語が苦手だ。仕方ないな………。
本当は卒業するまで周りのみんなには黙っていようと思っていた。
だがここは、正直に話すべきだろう。俺はに英語を教えてもらわなければならない。
なぜなら俺は…………いまだにアルファベットが読めないからだっ!」

シン…………と教室が静まりかえる。
の発言により、この空間の空気さえとまった。
と、そこに、廊下から誰かが走ってくる音が聞こえる。
ジャージに身を包み、さわやかな表情を浮かべた教師。
体育と英語の両方を教えている、教師の近藤だった。

………っ!今の話は本当かっ!?
お前の衝撃な告白が聞こえてきて、思わず駆けつけてしまったところだ!
しかしよく打ち明けてくれたなぁ!さあ、これから先生と英語のべんきょー………」

「………という夢を見たんです。心配かけてしまってすいません、近藤先生。
英語はきちんと理解していますので、先生との勉強は遠慮しておきます。」

近藤にそう言い、は悔しそうにりせを見た。
勝ち誇った表情でに抱きついている。もりせを離さずそのままだ。

(完敗…………だ。)

は顔を伏せ、悔しそうに唇をかんだ。
やがて時が動き出し、生徒たちも動き出す。
陽介や千枝、雪子も苦笑しながら教室を出て行く。

(先生、うちのリーダーがどうもご迷惑をおかけしました。)

に誘いを断られ、ショックを受けている近藤の横を通りながら、陽介は心の中で謝るのだった。
その後、陽介はを引きずりながら、ジュネスのフードコートに来ていた。
目的は期末試験の勉強をするため。
そこには意外にも見知った顔があった。

「あれ?一条に長瀬。お前らも勉強か?」

「花村と……!助かったー!
が来てくれたってことは、テスト範囲の数学、なんとかなりそうだな!」

一条がの顔を見て安堵した。
陽介が顔を引きつらせながら、「俺は?無視かよ……」と呟く。

「だって、花村には全く期待してねーし。」

「一条!お前なぁ!ちっとは物の言い草があるだろーが!」

「事実を言ったまでだよ…………。」

ひらひらと手を振る一条。は無言で長瀬の隣に座った。
のいつもと違うテンションの違いに気付いた長瀬が、不思議そうな顔をする。

?お前なんかいつもより暗いな…………。」

「今さっき、完敗したんだよ。敵は俺よりも数段上を行っていた……。」

「………何の話だよ?」

が、りせちーに負けたってこと。
さっきりせちーとの取り合いして、がりせちーに完敗したんだよ。
だからこんなに落ち込んでるわけ。」

一条の隣に座った陽介は、鞄から教科書やノートを取り出した。
「ふーん」と長瀬は興味なさそうに相槌をうつが、一条は早速飛びついた。

って………さんのこと!?取り合いしたって……マジか!」

「りせちーがのこと気に入ったらしくてさ、お姉様って呼んで慕ってんだよ。」

陽介の言葉を聞きながら、一条が何かを考えている。
はテンションの低いまま、勉強道具を取り出し、数学の教科書を開いた。
「それで一条、どこを教えればいいんだ?」と言おうとしたとき、一条が小さく呟いた。

「そういえばさ、さんのこと、どう思ってんの?」

「……………え?」

「……………!」

一条の言葉に、と陽介の二人が同時に彼を見た。

「どうって…………」

が口ごもるのを、陽介は黙ってみていた。
陽介は知っている。のことを好きだと思っていることを。
そして自分も、が好きなことを。
教科書のページを指でもてあそびながら、は何かを考えていた。

(一条たちに言うのか?お前のに対するその気持ちを………)

少し悲しい気持ちでを見る陽介。
のその瞳が、のほうを向いていることを知っているから。
自分に向けられているのは多分、仲間や友達という感情。

「俺は…………」

がそう言った瞬間、遠くからや陽介を呼ぶ声がした。
視線を向ければ、千枝や雪子がそこにいた。
彼女たちは走ってこちらにやってくると、それぞれと陽介の隣に座る。

「ねえ!勉強してるんでしょ?あたしたちも混ぜてよ!」

「よかったー。数学でちょっと分からないことがあったの。
君得意でしょ?少し教えて欲しくて………。」

突然の乱入に、先ほどの話はうやむやになった。
のことを尋ねた一条も、自分が気になっている千枝の登場ですっかり興奮していた。
明るく楽しいジュネスのフードコートで、陽介はただ一人、モヤモヤを感じていた。
そっとクリアファイルを開くと、中におさめられた2枚の映画のチケット。
映画の公開日はもうそろそろだというのに、にはまだ、渡せずにいた………。






#41 学生の本分