テスト期間が終了し、夏休み開始まではあっという間に過ぎていった。 その間に特別変わったことはなかったし、あったといえばテストの結果が発表されたこと。 が廊下に掲載された試験結果を見に行くと、結果に群がっていた生徒たちが一斉にを見る。 彼らの瞳がなぜかきらきらと輝いている。特に女子生徒のほうが……。 「、お前やっぱすごいのな!」 「勉強ではお前には勝てないよ。」 話しかけてきたのは、バスケ部の一条とサッカー部の長瀬だった。 彼らの話を聞きながら試験結果を見る。 の結果は学年2位だった。惜しくも学年トップを逃したが、満足のいく結果だ。 「しっかしさ、さんってすごいよなぁ……。 お前んとこに飯作りに行って、家事とか全部やって、それなのに学年トップだ。」 「しかもあのルックスと性格だろ? 控えめでおしとやかで、料理も勉強もできる。こんな完璧な女子、田舎にはいねーよ。 これでさんの人気がまた出るな。あーあー、遠くに感じるよ、さーん。」 一条がそう言うと、空を仰いだ。 「あれ?お前里中さんが好きだったんじゃなかったのか?」なんてツッコミを入れる長瀬。 顔を真っ赤にして一条は長瀬に飛びかかった。 そんな彼らから視線をはずし、再び試験結果の張り紙を見た。 学年トップのところに『2−2、』と書かれている。 は先ほどの一条の言葉を思い出した。 (の人気がまた出る………か。確かには、2年の中でもアイドル的存在だ。 けど………彼女の抱えてるものを知っているのは、俺だけだ………。) はこっそり笑う。 ふと廊下の先に視線を向けると、ちょうど向こうからが歩いてくるところだった。 はうれしくなって、彼女の名前を呼んだ。「!」と。 その瞬間、生徒たちの視線がとに向けられる。 小さく声も上がった。「やっぱりあの二人、お似合いだよなー」という声。 は誰にも分からない程度に口の端を上げ、へと歩き出す。 彼女は立ち止まったまま、いつもの微笑みでを見ていた。 「試験結果、今見たところだ。学年トップ、おめでとう。 これで堂島さんからイイモノがもらえるな。」 「ありがとう、。でもも学年2位でしょ?ももらえるわよ、イイモノ。 でもさ、学年トップって言っても、とはたった2点差でしょ? そんなに変わらないわよ。今回トップになったのは、運がよかっただけ。 次はが学年トップになるかもしれないわよ?」 「俺……?さあ、どうかな。今回2位になれたのは、俺も運がよかっただけかもな。 しかしどうせイイモノをもらうなら、からもらいたい。」 若干視線を感じながら、二人は教室まで歩いていく。 「私から何をもらおうっていうのよ?」 クスクスと隣でが声を上げて笑った。 は立ち止まると、彼女の顔をじっと見つめる。 その表情がいつもよりも真剣だったので、は首をかしげた。 の唇が、小さく言葉を紡ぐ。 「からの…………キスが欲しい。」 「…………えっ?」 その瞬間、全ての雑音が遠くに聞こえた。時間に置き去りにされてしまった感覚。 は少し戸惑いを覚え、ただを見るばかり。 そんな彼の顔から、すぐに先ほどの真剣な表情が消え去った。 彼はおどけながら答えた。 「………冗談だ。本気にするな。 それよりも、学年2位を取ったんだから、今日の晩飯は俺の好きなもの作ってくれないか? 今日はコロッケにしてほしい。堂島家のオ・カ・ア・サ・ン。」 いたずらっぽく笑う彼に、は「もうっ!」と怒り、彼の背中をたたいた。 そうか、冗談か………とは心のうちで思っていた。 (そうよね。が本気でそんなこと、言うわけないよね。付き合ってるわけじゃないし。 でも私はたまに………のことが分からなくなることがある。 彼は一体、何を考えてあんな冗談言ったのかしら?) そんなことを考えながら、は帰ってきた教室で買い物リストを作るのだった。 天気は曇り。明日は一日中雨。 もしかしたら明日は………マヨナカテレビが映るかもしれない。 彼女の予感は的中する。翌日は雨が降り続いた。 一応マヨナカテレビを見てみようということになり、 とは午前0時に彼の部屋のテレビの前で待機する。 時計の針が午前0時を刺した時、消えてるテレビから聞こえてくるのは、ノイズ音。 画面には砂嵐………。 「っ………!」 画面には、少年がぼうっと立っていた。 うつろな目。彼からは生きる気力は感じられなかった。 むしろその逆。まるで………死ぬことを望んでいるようだった。 は表情をゆがめる。 死に触れたいと願った人間たちから呼び起こされたデスの存在を知っているから。 死に触れたいという人間の欲望が、『エレボス』と呼ばれる怪物を作った。 その怪物と、戦ったことがあるのだから。 「こいつ………誰だ?」 画面を見つめながら、が彼をにらみつけている。 マヨナカテレビに映った少年は言った。 「みんな、僕のこと見えてるつもりなんだろ? みんな、僕のこと知っているつもりなんだろ? …………捕まえてごらんよ。」 無表情だった少年が、にやりと笑う。 その瞬間、の背中に寒気が走った。久しぶりに怖いと感じた。 何が怖いのか、自分でもよく分からない。 でも、自分の中にいるペルソナたちが震えているのはよく分かった。 マヨナカテレビはそこで途切れる。はガクンとひざから崩れ落ちた。 「大丈夫か!?…………。」 は彼女に寄り添い、顔を覗き込んだ。 「大丈夫………。ただ、少し怖かっただけなの。」 「そりゃ………あのテンションの低さだったからな。」 が思い出すようにテレビを見た。その時、の携帯が鳴る。 陽介からの電話だった。 彼もまた、マヨナカテレビに映った少年が誰なのか知らなかった。 陽介と一緒にマヨナカテレビを見ていたクマが電話を代わり、に言う。 彼はもう、向こうの世界に入ってしまった……と。 用件を言い終えたクマから電話を奪う陽介。 『なあ、アイツの言った台詞聞いたか?"捕まえてごらん"って………。 そういやアイツ、見た目少年っぽかったし、まさか………』 「それは結論を急ぎすぎだよ、陽介………。」 の近くで電話を聞いていたがつぶやいた。 『…………………っ!? 、もしかしてもそこにいるのか?』 「ああ。俺の部屋で一緒にマヨナカテレビを見てた。」 『そう…………か。』 陽介の声のトーンが突然落ちる。は眉をひそめた。 『とにかく、明日すぐ集まってみんなで話そう!それじゃあ、また明日な!』 それだけ彼は言うと、すぐに電話を切った。 陽介からの電話の直後、今度は千枝から電話がかかってくる。 窓をたたく雨の音を聞きながら、はぼうっと部屋のテレビを見ていた。 その頃、との電話を終えた陽介は、携帯をベッドに放り投げて横になった。 の部屋で、マヨナカテレビを一緒に見たという彼の言葉が頭を回っていた。 とはもしかしたら今………そんな個人的な妄想だけが広がっていく。 陽介はベッドから体を起こし、机の上においてあったクリアファイルを手に取った。 中から映画のチケットを取り出した。 (…………明日、に渡そう!) 小さく決心し、一回だけ自分でうなずいた。 と二人っきりになるチャンスができればいいな……と願いながら。 |