翌日、捜査隊メンバーはジュネスのフードコートにいた。 今日から夏休みだ。学校がなく、これからしばらく事件に集中できるのは嬉しいことだ。 クマやりせは、向こうの世界で昨日のあの少年を探している。 なにか分かるまで、他のメンバーはここで作戦会議……ということになっていた。 これまでのことと、足立の言っていたことを振り返る陽介。 足立の話では、事件の容疑者は高校生の少年。 諸岡の事件で足がつき指名手配。そしてタイミングよく、昨日のマヨナカテレビ。 そして意味ありげな『捕まえてごらん』という言葉。 陽介の中ではすでに、テレビに映った彼が犯人ということになっているようだ。 だがしかし、昨日は言った。それは結論を急ぎすぎだ………と。 現にも今、どこか浮かない顔をしていた。 そのそばでは、陽介の話を理解できていない完二が疑問の声を上げる。 「あーと………それで?」 「例えば、男子高校生のA君がいます。A君は何かの拍子であの世界に入れるようになりました。 そして何かの動機から、次々とあの世界に人を入れ、命を奪うようになります。 別の世界なんて警察には証明できない、絶対足のつかない最高の手口でした。 ところが、ある時からテレビの中に人を入れても死ななくなってしまいました。 仕方ないのでA君は、モロキンのときだけは自分で手を下し、結果、足がついてしまいました。 指名手配されたA君には、逃げ場がありません。」 「あー……あーあーあーあーっ!それでアイツ、あの世界に逃げ込んだってことっスね! なるほどー!先輩、意外と頭イイっスね!」 「…………ムカツクな、お前。」 陽介が腕を組んで笑顔を引きつらせている。 その横で雪子が少し暗い顔を見せた。 「なんかあの子、諸岡先生のときだけは、本当に恨みがあって殺した感じ。 だって足がつくの覚悟で、諸岡先生殺したってことでしょ? それならテレビの世界が関係ないことも理解できるような気がする……。 けど、あの子あそこに入ってからどうするつもりなんだろう。 クマさんがこっちにいるってことは、出られないんじゃ………。」 「いや、たぶんアイツ、出口がどこかにあるっていうのは分かってるはずだ。 だってテレビに入れた人間が、こっちに戻ってきてるからな。 天城や完二のことはともかく、芸能人のりせが死んでないっていうのは分かってるはずだからな。」 そのとき、タイミングよくりせがこちらに駆けつけてきた。 向こうを探ってた彼女がいうには、情報が全然足りなくて、どこにいるか分からないらしい。 あの世界に誰かいるっていうのは確実なんだそうだ。 「それでクマは………?」 「もう少し探すって。」 「それなら俺らは、アイツがどこの誰なのか探そうぜ。 いろんな人に話を聞けば、小さな情報でも拾えるはずだからな!」 陽介の言葉に、捜査隊メンバーの全員がうなずく。 の合図で、みんながそれぞれ席を立った。 しかし彼女………だけが、席に座ったままボーっとしていた。 はの肩に手を置いて声をかけた。 「どうした?………。」 「あ、ううん。なんでもないの。ただ少し、考え事してただけっていうか………。」 あいまいに彼女が笑った。 はため息をつき、そんな彼女に言葉を告げる。 「またそうやって隠す。はいつもそうだな。頼ってはくれないのか?」 人のざわめきが二人を包む。 あいまいに笑っていた彼女が、少しだけ目を伏せて小さくつぶやいた。 「………ただね、少しだけ思ったことがあるの。 あの人……本当にこっちの世界に帰ってくる意思はあるのかなって。 テレビに映ったあの人の瞳、私よく知ってるわ。 あれは………死ぬことを望む瞳よ。死に触れたいと思う人間の瞳。 彼はたぶん………向こうの世界で死ぬつもりだわ………。」 からっとした天気とは対照的な、生暖かい風が二人の間を吹きぬけた。 とてもいやな予感がする………このときはそう思った。 早く彼を見つけたほうがいい。誰かが耳元でささやいたような気がした。 その日から、謎の少年探しが始まった。 商店街やジュネスの客からひとつずつ情報収集していくが、全く進展がなかった。 捜査を続ける完二や千枝たちに話を聞くと、彼らが口をそろえて言うことがあった。 「やっぱ警察関係者とかに話聞いたほうが詳しく分かるんじゃないっすかね? 例えばー……堂島さんとか。」 「全然情報つかめないよー。ねえ、事件のこと、堂島さんとかから話聞けないのかな?」 みんなからそう言われるたび、とは口々に言った。 「おそらく無理だろう」と。彼からは散々、「事件には首を突っ込むな」と言われている。 ホイホイ教えてくれることなどありえないだろう。 それなら………と陽介が言葉を漏らす。 「足立さんとかどうかな……。どうせどっかでサボってんだろうし。 堂島さんに言いつけるぞ……とか言ったら、教えてくれんじゃね?」 「…………いいな、それ。」 陽介の言葉を聞き、がニヤリと笑った。この顔は……… (のヤツ、マジで足立さんを脅す気だ………。) (………本当に足立さんを脅す気なんじゃ………) 陽介とは苦笑しながら、こっそり一人で笑っているを見つめていた。 そのままくるっと二人に背を向ける。 「おい、!どこに行く気だよ?」 「決まってる。足立さんを探しに行ってくる。たぶんジュネスにいるはずだ。 クーラーの効いてる大きな店っていったら、ジュネスしかないからな。」 「私も一緒に行こうか?」 ちらりとを見る。彼は首を振って答えた。 「いや、いい。今回は俺一人で行ったほうが脅しが効きそうだしな。」 ((やっぱり…………!)) じゃあ、行ってくる……とだけ言い残し、リーダーはジュネスへと向かった。 残された陽介とは、苦笑しながら彼の後姿を見ている。 彼の姿が見えなくなったとき、陽介はハッとした。 ここには今、自分との二人しかいない。これはもしや……チャンスなんじゃないか? そう思った彼は、ズボンのポケットに手を入れた。 今日渡そうと思っていた代物が、きちんと入っている。 「なあ、。あの、さ………8月の最初の日曜日、俺と一緒に映画に行かないか?」 「………え?」 彼女の不思議そうな瞳が彼のほうを向いた。 陽介は慌ててズボンのポケットから、映画のチケットを出した。 陽介の恋を応援する千枝が、デートにどう?……とくれたチケット。 それを彼はに見せた。 「さとな……あ、いや、友達から、映画のチケットもらってさ。ちょうど2枚あるんだ。 里中や天城はこの映画、あんま興味ないっていうし、野郎と二人で行くのもな……って思って。 なら一緒に行ってくれるかなーとか考えて………。」 しばらく無言でチケットを見つめている。 このタイミングじゃまずかったかな……と陽介が不安に思った。 しかし次の瞬間、は嬉しそうににっこり笑って叫んだ。 「これ……一緒に行ってもいいの!?私この映画、すっごく見たかったんだ!」 の表情がキラキラ光っている。本当に嬉しそうだった。 私こういう映画、大好きなんだよねー……とニコニコしながら映画のチケットを眺めている。 まさかこんなにもあっさり承諾してくれるとは思わなかった。 陽介は肩の力を抜いた。 どうやらは、デートとかそんなの考えているようではなかった。 純粋に……映画を楽しみたいと思っているらしい。 けど今はまだ、それでもいい。彼女と一緒に出かけられるのなら、それでよかった。 「じゃ……じゃあ!一緒に行ってくれんだなっ!?」 「うん、いいよー!8月の最初の日曜だよね?その日は私も予定ないし。 沖奈の映画館でいいんだよね?」 「おう!それじゃその日、朝の10時に八十稲羽駅で待ち合わせな! また詳しいことはメールで連絡するよ。」 「わかった!」 笑顔でがうなずく。そのときタイミングよく、からメールが来た。 例の少年が、商店街のどこかの店でバイトをしていたことがあったらしい、という内容だった。 どんな脅し方をしたのか少し疑問に思ったりもしたが、とても有力な情報が手に入った。 さすがうちのリーダーだな……と笑った陽介に、も笑顔を返した。 陽介はと少し距離が縮まったような気がした。 *** その夜。堂島家の居間では、みんなでテレビを見ながら晩御飯を食べている。 久々に早く帰宅した堂島が、ふと顔を上げを見て尋ねた。 「、31日は用事で都会のほうに行くんだったよな?」 「はい。そのまま先輩の家に泊めてもらうので、 夜ご飯は堂島さんたちで準備してもらえますか………?」 「分かった。その日は俺も、早く帰るようにするよ。まあ、帰れたらの話だがな。」 堂島はそのまま白ご飯をかきこんだ。 は31日、都会でかつての仲間と会うことになっていた。 二人のやりとりを聞き、ふと考える。 昔のを知っているかつての仲間たち。は、が遠いところに行ってしまいそうな気がした。 そう思ったのはどうやら、彼だけではなかったらしく………。 「お姉ちゃん、どこかに行っちゃうの?ちゃんとまた、帰ってくる?」 菜々子が泣きそうな表情でを見ていた。 は菜々子を安心させるように優しく言う。 「大丈夫。向こうのお友達と会ってくるだけだから。ちゃんとまた、帰ってくるよ。」 だってここが、私の居場所だもん………。 最後のつぶやきは、にしか聞こえなかった。 「お姉ちゃん、大好き!」と笑ってに抱きついた菜々子を、 今はご飯中だとたしなめる堂島。 彼女たちが、まるで本当の親子みたいだった。 将来、こんな暖かい家庭を築く日が自分にもくるんだろうな……と、は一人で笑う。 将来の自分は一体、どうしているのだろうか? きっと未来では、この事件も解決できているんだろう。 犯人はやはり………彼なのだろうか?それはまだ、分からない事実。 もしも本当に彼が犯人なら、この事件は終了する。 そう思うたび、心の奥がくすぶる。誰かが「それでいいのか?」と言っている気がする。 事件はまだ………続くのか? *** 『それで、に映画のチケット渡したの?』 「……あ、ああ。まあ………な。ちょうど二人っきりになったし。」 『そっかぁ………。』 電話の向こうで、千枝が嬉しそうな声をあげた。 陽介は今、千枝からもらったあの映画のチケットを、に渡したことを話していた。 特に千枝には話すつもりはなかったが、ついさっき珍しく千枝から電話がかかってきて、 チケットのことについて尋ねられた。 電話口で『うんうん』と何度もうなずいている千枝に、陽介は苦笑した。 「てか、これお前に報告することか?」 「チケットの贈り主としては、その後どうなったか聞きたいじゃん! それに前にも言ったでしょ!あたしは陽介を応援してるって。 確かに君とってお似合いかもしれないけど、だからこそ陽介にがんばってほしいと思ってんの!」 そう力説する千枝に、陽介の苦笑は止まらなかった。 応援してくれる気持ちは嬉しいが、はっきり言って恥ずかしい。 恋をしたことなんて何度もあるし、中学のときは短期間だが彼女だっていた。 現にこっちに越してきてからは、小西早紀にも恋をしていたし………。 その相手ももう、今はいないけれど………。 『花村にはなんかさ、あんなことがあったし、幸せになってほしいというか………。』 彼の考えが伝わったのか、電話口の千枝が急におとなしくなる。 しばらく陽介は黙っていたが、「バーカ」と言葉を返した。 「確かに小西先輩を失ったことは、俺にとってショックだった。 けどたぶん、小西先輩に告白したとしてもフラれてたよ、俺。 なんとなくだけど、そう思うんだ。 小西先輩の中ではたぶん、俺はいい後輩で、友達みたいなカンジだったんだ。」 陽介は机の上に飾った写真を手に取った。 自分の影と対峙した日、から手渡された一枚の写真。 裏に記された文字を思い出しながら、陽介は目を細めた。 『………がんばれ、花村。』 千枝のつぶやきに、陽介は言葉を返した。「ありがとう」と、ただそれだけ。 通話を終えた彼は、写真に写る小西早紀を見つめる。 もうこの世界にはいない先輩。 写真の裏に書かれた『大好き』という文字の中にはおそらく、 自分への恋愛対象としての思いはつまっていない。 ただ、後輩として……友達として大切だという思いの形。 それが分かってしまった日、陽介の恋は終わった。 「先輩………俺、新しい恋を見つけました。俺は強く生きてみせます。 だから先輩……今までありがとう、そしてさようなら。」 大好きでした………。 少しだけ微笑んで、陽介は写真をフレームごと机の引き出しにしまった。 過去は過去。忘れなければ生きていけない。それが人間というもの。 でも時に人間は、ふと思い出すこともある。完全に忘れるわけではないのだ。 生きていくには、それくらいでちょうどいい。 全てを持っていくことなど、できはしないのだから。少しだけ、過去を置いていこう。 いつかまた、思い出せばいいのだから………。 |