足立の証言により、テレビに映った少年の情報が少しずつだけど出てきた。 今の時点で分かっていることは、惣菜大学で短期間だけバイトしてたこと。 そして、彼の同級生がたまに商店街に来るということ。 7月30日の間の期間までに分かったことは、その2つだった。 7月31日、早朝。 は1泊分の荷物をバッグに詰め込むと、そのまま荷物を持ち、湯木家を出て堂島家に向かった。 玄関まで着くと、犬用のゲージを鼻先で触ってから、コロマルはじっとを見ていた。 「コロマル、電車に乗るときはこれに入ってね。」 そう声をかければ、クゥーンと辛そうな声が聞こえてくる。 早朝なので外はまだ涼しいが、もう少し日が高くなれば暑くなるだろう。 堂島から預かっている合鍵を使って、家の中に入る。 中は薄暗く、シンと静まり返っていた。台所まで行くと、小さないびきが聞こえてくる。 堂島がワイシャツに緩めたネクタイのまま、ソファーで寝ていた。 「遼おじちゃんったら。またこんなとこで寝て………。」 慣れた手つきで1階の寝室からタオルケットを出してきて、堂島にかける。 彼は起きることはなく、がかけたタオルケットをたぐり寄せ、そのまま包まった。 は少しだけ微笑むと、台所へと戻る。 3人分の簡単な朝食と、堂島の弁当を作り台所の机の上に置いた。 エプロンをはずし時計を見ると、すでにいい時間になっていた。 「もうそろそろ出ないと、電車に間に合わなくなるわ。」 ちらりと堂島を見て、玄関へと向かう。 その時2階から誰かが降りてくる音が聞こえた。 それはすでに洋服に着替えているだった。 「…………。おはよう。今日は早いね。」 驚くを、はじっと見つめる。 そのあとソファーで眠る堂島に視線をうつして言った。 「荷物持ちが必要だろ?堂島さんは寝てるし、俺が代わりに駅まで送るよ。」 そのままの荷物を奪い取り、足早に玄関へと向かった。 コロマルのゲージさえも軽々と持ち上げる。 キョトンとしているを振り返って見てから、は眉をひそめた。 「、急がないと電車に遅れるぞ?」 「あ、うん。分かった。」 の言葉に促され、は慌てて靴を履いて外へ出た。 コロマルが先に駅へと全力疾走していく。その後ろを、ゆったりとした歩調で進む若い二人。 道中ずっと無言であったが、駅が近くになるとが口を開いた。 「明日、何時ごろに帰ってくる?」 「うーん、分からない。けど多分、遅くなると思う。 晩御飯までには帰れないかもしれないから、大変だろうけど明日も自分達で用意してね。」 「ん………。わかった。」 会話がそこで途切れる。しばらく進んでから、再びは彼女の名前を呼んだ。 「なあ、。」 「なぁーに?」 「今日の昼、メールしても大丈夫か?」 「うん。別にいいよ。もしかしたら返せないかもしれないけど。」 「それでもいい。あと、もしかしたら電話するかもしれない。」 「いいけど、出れないかもよ?」 「大丈夫、分かってる。」 そんな会話をしてるうちに、八十稲羽駅に着いた。 先に切符を購入し、改札まで行く。 は無言で持っていた荷物をに渡した。でもその仕草はにしてはなんだかぎこちなくて。 はとのさっきの会話と今の表情を見て、あることに気付いてしまった。 「ねえ。そんなに心配しなくても、私ちゃんと帰ってくるよ?」 「……………っ!なんで、分かっ…………」 の声がだんだん小さくなっていく。 大きく目を開いている彼を見て、図星か……とは心の中で苦笑した。 は、が都会に行ったっきり、戻ってこないのではと心配しているようだった。 うろたえているに、は携帯についている赤い石を彼に見せて言う。 「頼れって言ったのは、どこの誰よ?私が今頼れるのは、昔の仲間じゃないの。 それに、私の今の居場所は都会じゃない。………ここよ。 言ったでしょ?私は向こうで答えにたどり着き、なおかつ真実を知った。 向こうでやらなきゃいけないことは、もう何も残ってないの。」 だから………… ち ゃ ん と 帰 っ て く る よ ? は笑顔でそう言い、コロマルと共に改札を通った。 振り返ると小さく笑ったが頷きながら手を振っている。 表情は先程よりも明るい。 も手を振り返し、そのまま停車している電車に乗り込んだ。 そう、向こうでやるべきことは、もう何一つ残っていない。 今日は純粋に、昔の仲間と過去に浸るだけだ。素敵な一日になるといい。 がそう願った瞬間、電車が動き出した。 同時に記憶が蘇る。昔のリーダーとの出会い。昔の仲間たちとの戦い。 シートに深く座り、彼女は瞳を閉じた。記憶がゆっくりと、過去へと向かっていく。 その流れに逆らわず、やがて彼女は意識を手放した。 ゴトンゴトンと電車は走る。辰巳ポートアイランドへと向けて………。 * * * の電車を見送ったは、一度家に戻ってくる。 台所へ行けば、の作った朝食を食べ終えた堂島が新聞を読んでいた。 菜々子はまだ、寝ているようだった。 堂島はの姿を見ると新聞をたたむ。 「おう、おかえり。俺の代わりにを見送りに行ってきてくれたのか? すまんな。俺ももう、今から署まで行く。 できる限り早く帰ってくるつもりだが、難しいかもしれない。 遅くなりそうなら電話する。夕飯、適当に準備してくれ。」 は頷いた。それを見届けた堂島は、バタバタと家を出て行く。 早く帰るようにするとは言っているが、多分無理だろうなとは心の中で思う。 だって容疑者の少年が、失踪してしまったのだから。 実際はテレビの世界へ逃げたのだが、警察がそんなこと信じるはずはない。 さて、今日こそあの少年の決定的な手がかりが見つかるといいんだが……。 は白ご飯と味噌汁をよそって席に座り、丁寧に手を合わせたのだった。 * * * ジュネスのフードコートに集合したたちは、今日やることを確認しあう。 今日はもちろん、あの少年の中学時代の同級生探しだ。 惣菜大学のおばちゃんの話では、彼はたまに、商店街に来るという。 髪の毛をキンキンに染めた少年だからすぐ分かる………ということだった。 「っていうか、今日は?」 彼女が不在だったことに、いち早く気付いたのは陽介だった。 「ああ。今日は都会のほうへ行ってる。昔の仲間たちに会うらしい。」 「ってことは、始発の電車で?」 千枝の言葉には頷いた。 それを聞いていたりせがごね始める。 お姉様が都会に行くんなら、私もついていけばよかった……と。 「いや、さすがにそれはだめっしょ。りせちー………。 けど、がいないのは結構痛いかもなぁ。 ってさ、観察眼が優れてるから、なんだかんだで頼りになるんだよなぁ。」 「仕方ないよ。にだって、彼女の生活があるんだから。 それに一応、昔の仲間とのほうが付き合い長いんでしょ?」 陽介にそう言った千枝の言葉が、の中で重くのしかかった。 そうだ。考えてみれば、自分がと出会ったのは今年の4月。 まだ4ヶ月しかたっていない。 それに比べて、彼女の昔の仲間と彼女は、少なくとも2年の付き合い………。 自分が知らないの一面を、彼らは知っている。 (なんだろう、この気持ち。なんだかすごく………悔しい。) 「おい、。何してんだ?今からみんなで商店街に移動するってよ。」 席を立った陽介が、怪訝な顔をしてを見ていた。 彼は慌ててみんなを追いかける。 そうだ。今はあの少年の手がかりを探さなくては………。 * * * 予定より早く都会に着いたは、出迎えてくれた真田や美鶴と、ある場所へと向かっていた。 それは桐条グループが所有している研究施設。 黒塗りの高級車から降りると、玄関で懐かしいメンバーと再会を果たす。 美鶴の秘書をやっているアイギスと、この研究施設で働いている山岸風花。 「アイギス!それに風花先輩もお久ぶりです!」 「おかえりなさい、ちゃん。それにコロちゃんも。」 風花がの足元で尻尾をふるコロマルを見た。 アイギスも同じように視線を落す。 「コロマルさん、なんだか少したくましくなったように思えるであります。」 「わんっっっ!」 まるで肯定しているような鳴き声。その場にいるみんなが笑った。 「コロマルもたくましくなったが、もいい面構えだ。」 「向こうのお前の仲間は、いい仲間のようだな。」 真田の言葉に続いて、美鶴もに言葉をかける。 はふわりと笑って、元気に「はい!」と答えた。 そんな柔らかい雰囲気は、一人の研究員の訪れによって消え去った。 「美鶴様、準備ができました。」 「ありがとう。ご苦労だった。 山岸、とコロマルをあの場所に案内してやってくれ。」 その言葉に、風花の表情が一瞬かげる。 しかし彼女は顔をあげ、「こっち。」と手招きした。 先ほど美鶴と真田に言われた。とコロマルに見せたいものがある……と。 その見せたいものの存在は、アイギスも風花も分かっているようで、表情が暗い。 風花を先頭に一行は、研究施設のエレベーターに乗り込んだ。 地下深くを降りていくエレベーターの中は無言だった。 重苦しい空気。一体、美鶴たちは自分たちに何を見せようというのだろうか? ポーン………と目的の階に着いたことを知らせる音が響く。 扉が開けばそこは、ただ真っ白な世界だった。 蛍光灯がいくつも部屋の中を照らしている。その中に一つだけ、機械の塊があった。 ゆっくりとその機械まで歩んでいく風花。 「先輩、一体これは…………?」 機械の塊を見つめ、は風花に問う。 なぜこんなものを自分たちに見せたかったのだろうか? 彼女の質問に、風花ではなく、一緒にいたアイギスが答えた。 「これは対シャドウ兵器伍式、通称ラビリス。」 「対、シャドウ………兵器?ということは…………」 「はい。私と同じであります。 でもこれは、私より先に生まれた兵器。試作機。つまりラビリスは、私の姉です。」 「アイギスの………お姉さん?」 は美鶴の顔を見た。彼女は首をすくめ、ラビリスを発見した経緯を簡単に話した。 桐条グループのトップに立った美鶴は、極秘にシャドウやペルソナの研究を進めた。 そう、2年前のあの事件を繰り返さないために。 そんな中、この研究施設の地下深くの部屋で見つかったのがラビリスだった。 見つかった時のラビリスは、もうほとんど大破していた。 「アイギスがいる時点で、それ以前の対シャドウ兵器も存在するとは思っていたが……。」 美鶴がため息をついた。その横で、アイギスが口を開く。 「私の姉は、どうやら全く人間の姿をしていなかったようです。 ラビリスは今やほとんど大破しており、もう動くことはないと思います。 けど万が一、ラビリスが再び目をさました時、私は姉を破壊します。 おそらく試作機であるラビリスは、私のようにペルソナを制御することはできないでしょうから。 さん、コロマルさん。そこでお願いがあります。もしラビリスが暴走した時は………」 姉を眠らせるお手伝いを、していただけないでしょうか? * * * 「やらかした同級生の写真が見たいって? んなモン今持ってねぇーよ!……って言いたいとこだけど、あるんだなーこれが! 今ダチの間で回し見してんのよ。」 髪を金髪に染めた少年が、に写真を渡した。 写真を見ては目を大きく開いた。間違いなかった。 マヨナカテレビに映った、あの少年!名前は久保美津夫というらしい。 「いやいや、中学の時からずっと思ってたんだよなぁ。 コイツはいつか、絶対何かをやらかす………ってね! 中学んときから、周りの連中の悪口言ったりしてたわけよ。 そんで、まるで自分がこの世で一番正しいみたいな感じだったから、クラスで浮いてたしさ。」 少年は尋ねてないことまでベラベラとしゃべった。 しゃべるのに満足すると、「それじゃーな」と告げる。 が少年に写真を返そうとしたが、「やるよ、それ。」と言い去っていく。 その場で穴が開くほど写真を見つめたは、まずにメールした。 久保美津夫の写真の写メを添付して。 一方、桐条グループの研究施設でラビリスを見せられたは、巌戸台分寮に来ていた。 懐かしいあのリビングで、かつての仲間が顔を揃えている。 そんな中で着信した一通のメール。 稲羽市で少年の手がかりを探していたからだった。 「久保…………美津夫。」 添付されていた写メを開き、顔を確認する。 確かにマヨナカテレビに映った少年。は急いでメールの作成画面を開く。 ---------------------------------------------------------------------------- To: Sub:明日早く帰るよ。 Text: 、写メありがとう。確かにマヨナカテレビに映った少年だわ。 明日、予定してたより早くそっちに帰ることにする。 詳しいことはまたあとでね。それじゃ、みんなによろしく。 そういえば、家を出る前に今日の晩御飯用におかずを少し作っといたよ。 よかったら今晩食べてね。 ---------------------------------------------------------------------------- 送信。 パタンと携帯をしめると、かつての仲間たちがの名前を呼んでいた。 「おかえり」とも…………。 はみんなに柔らかく笑ってみせた。 本当は久保美津夫のことで頭がいっぱいだったけれど。 |