『俺はさ、たぶんそう長くは生きられない。だから…………』 のことを守ってくれる誰かが現れるまでは、お前がを守ってほしい。 主のいなくなった長鳴神社の境内で、一人の少年が犬に言った。 犬はたくましく一度だけ吼える。それを見て、少年が嬉しそうに笑った。 それは遠い日の約束。その数日後、少年はこの世からいなくなる。 魂が転生することも許されず、宇宙の片隅で眠りについた。 世界中の人々を守るため。そして……愛した人を守るために。 『コロマル。俺の代わりにを頼んだ…………。』 その言葉が聞こえた瞬間、白とグレーの毛が混ざった犬……コロマルは覚醒を迎えた。 空を見上げるとうっすら明るくなってきており、まだ朝早いことを知った。 懐かしい人物の夢を見て、コロマルは小さく鳴く。 それはきっと、懐かしい土地に来て、懐かしい仲間に会ったからだろう。 心にうずまくのは彼に対する懐かしさ。そして……寂しさ。 コロマルはゆっくり伸びをすると、リビンクから巌戸台寮の3階へ向かった。 一つの部屋の前でコロマルは立ち止まる。 小さく「キューン」と鳴いたあと、完全には閉まっていないドアを鼻先で押した。 この部屋で眠ってる人物が、布団にくるまって小さいうめき声を上げている。 まるで夢にうなされているようだった。 コロマルはその人間の顔を覗き込む。 。コロマルと約束した少年が愛していた人物。 「わふっ…………」 コロマルは彼女を起こさないようにして、布団の中にもぐっていく。 ちょこんと布団から顔だけ出し、の頬をペロペロと優しく舐めた。 そうすればのうめき声は、安らかな寝息へと変わる。 彼がいなくなってからコロマルは、をずっと守ってきた。 美鶴がコロマルを預かると申し出た時、コロマルはと共にありたいことを表現した。 彼女以外には、誰にもついていかなかった。 全ては彼との約束を守るため………。 コロマルはこの2年間、と一緒に笑い、泣き、怒った。 コロマルにとっては守るべき存在であり、そして友達であり、仲間。 スヤスヤと寝息を立てる彼女をじっと見つめるコロマル。 コロマルには分かっていることがある。 それは、もうすぐ自分の役目が終わるということだった。 彼からは、『のことを守ってくれる誰かが現れるまでは……』と言われている。 コロマルはこの八十稲羽に来て、の新しい王子様を見つけた。 優しい心を持ち、誠実でワイルドの力を持つ少年・。 彼はに惹かれている。だって、に惹かれ始めている。 「くーん………。わん………。」 にだったら、を託してもいいと思った。 でも、この役目を終えても変わらないことがある。 コロマルは、いつまでもの仲間であり味方。だから彼女にずっとついていく。 この先何があろうとも。どんな未来が待ち受けていようとも。 それは誰でもない、コロマル自身の意志。 コロマルは彼女の隣で目をつぶった。彼女が起きるまでは、もう少し時間がある。 に甘えたいと思うのは、悲しいけれど動物の性(さが)。 コロマルは、眠るの腕に体を寄せた。 は無意識にコロマルの体へ腕を回し、ぎゅっと抱き寄せる。 これではまるで、コロマルがの抱き枕のようになってしまっている。 しかしコロマルはそれでよかった。なぜならコロマル自身、が大好きだからだ。 「わんわん。」 を起こさないように、小さな声で鳴くコロマル。 その鳴き声は「ありがとう」と言っているようにも「大好き」と言っているようにも聞こえた。 うっすらと太陽が顔を覗かせ始めた。 もう少し、このまま………。 まどろみ始めたコロマルは、優しいぬくもりに包まれていつしか眠りにつくのだった。 *** 捜査隊メンバーは、を覗いた全員がテレビの中へと来ていた。 はみんなの前で写真を差し出した。 久保美津雄。その写真を見て、みんなが息を飲む。 マヨナカテレビで見た人物と同じ………。それはみんなが心の中で思ったこと。 容疑者として上げられ、そしてテレビの中へ逃げ込んだ『犯人』。 彼には聞くことがある。どうしてこんなことをしたのか。 なぜ、自分達を殺そうとしたのか。 「間違いねぇ!コイツこの前マヨナカテレビに映った少年。 ってことはやっぱし……犯人!?」 最初に声を上げたのは陽介だった。 完二も雪子もりせも口々に彼だと言った。 その中で千枝だけが黙って何かを考えている。 「てか里中、さっきから何考えてるんだよ?」 「いや、この子のこと、どっかで見たような気がして………って! あーっ!思い出した!ほら、あん時の! 4月に君が転校してきた時、一緒に帰ろうって私と雪子で君誘ったじゃん! その時に、校門でいきなり雪子に告ってきて、ソッコーフラれた子!」 びしっと千枝が写真を指差して雪子を見た。 考えるようにしていた陽介が、雪子の代わりに何かを思い出したように叫ぶ。 「んー………?あ……あーあーあーあーっ!あん時のっ! 校門の前に突っ立ってて、いきなり『雪子!』って言ってきた奴。 天城に『遊び行くの?行かないの?』って急にせまってきた奴!」 「…………あーっ!ん?えーっと………そんな人いたっけ?」 雪子の発言に、みんなが一斉にガクっとバランスを崩した。 彼女にとっては男なんてその程度のものらしい。 陽介が苦笑した。天城越えができる人物など、この世にいるのだろうか? いや、もしかしたらなら天城越えができるんじゃないか……。 もしそうなったら自分はと………。そんなやましい考えが一瞬だけ浮かぶ。 だがきっと、それはないだろう。おそらく、絶対に。 「里中、あれっきりのこと、よく覚えてたなー。」 「ううん、違うの。よく考えてみれば、この子いつも雪子の周りにいたの。 え、ちょっと待って!ってことは、ふられた腹いせに雪子を殺そうとしたってこと!?」 「そういえばこの人、うちのお店にも来たことある。 お豆腐売ってる私に、『暴走族って怖いし迷惑でしょ?」』って話しかけてきたの。 その時はいろいろ疲れてたから無視してたんだけど、 『暴走族は群れなきゃなにもできない』とか何とか、ずっと悪口言ってて。 ずっと一人でしゃべっちゃうアレな人なのかなって思ったんだけど………。 やだ、私本当に狙われてたんだ………。」 「ていうか俺は族じゃねぇって何度言ったら……。 チクショウ!あの特番のとばっちりかよっ!」 「この子ね、山野アナのことも色々悪口言ってたっぽいよ。 『浮気する女なんか死刑にしろ』とか………。」 「んー………いろいろ揃ってきたみたいでいい感じだな。 あとは本人に聞くか。りせちー、久保美津雄のいる方角分かるか?」 陽介がりせに尋ねると、彼女はすぐにヒミコを呼んだ。 久保美津雄を見つけるのに、そう時間はかからなかった。 りせがすぐに「あっち!」と少年のいる方向を指差す。 その場所にみんなが向かおうとした時、今まで黙っていたリーダーが声を上げた。 「ちょっと待て!久保美津雄の場所には、みんなが揃ってから向かおう。」 彼のその言葉に、みんなハッとした。 そうだ。今ここにはがいない。犯人はみんなで逮捕すると決めていた。 の言葉に千枝も雪子も同意の声を上げる。 「そう……だね。今日には、帰ってくるんでしょ? なら明日、またみんなで彼のところに向かおう。」 が頷く。 天気はまだ崩れない。それならばまだ、彼は無事なはずだ。 テレビの世界から出たら、に久保美津雄の居場所が分かったことを伝えよう。 だから、早く帰ってきてくれ………。 * * * 一方、その頃は美鶴が用意した黒塗りの高級車の中にいた。 本当は最終の電車で帰るつもりだったのだが、予定を早めた。 それは久保美津雄のことが気がかりで仕方なかったためだ。 ずっとそのことを考えていたせいか、朝方変な夢まで見てしまった。 は襲ってくる睡魔をかみ殺しながら、車のシートに体をあずけた。 助手席に座る美鶴が、くすっと笑った。 「、興奮して寝れなかったのか?眠いなら寝てればいい。」 「ち、ちがっ………そんなんじゃなくて! 確かに寝れなかったのは事実ですけど………。」 彼女は助手席に座る美鶴を見る。 電車で帰るのは大変だろうと、美鶴が稲羽まで送ってくれることになったのだ。 もちろん、運転しているのは彼女の部下だが。 美鶴にくっついて、真田とアイギスまでもが車に乗り込んできたもんだから、 車内はわりとぎゅうぎゅうだった。 コロマルなんかは、の膝の上で寝そべっている。 「っていうか、真田先輩とアイギスはわざわざ来なくてもよかったんじゃ……」 「いえ、私は一度、稲羽市へ行ってみたいと思っていましたので。 港区とは違う田舎町。一体どんな光景が………」 「要するに、一度田舎を見たかったっていうわけね。真田先輩は?」 はアイギスの答えに苦笑しながら、真田に話題をふった。 彼は窓の外を見たまま答える。 「なんとなく………だ。」 そう答えた真田の表情は、どこか真剣そのもので、は首をすくめて口をつぐんだ。 おしゃべりする………という雰囲気ではなかった。 そのままも、視線を外へとうつした。周りが田んぼだらけ。 線路には古い電車が1両編成で走っている。 もう稲羽市に入っていることを悟った。 ちらりとは、再び真田の横顔を盗み見た。何かを考えている表情。 何を考えているんだろうか? そんなの疑問をよそに、真田はある気配を探っていた。 カエサルが戻ったおかげで、かすかな気配さえも感じ取ることが可能となっていた真田。 稲羽と聞いたときから、ある人物がいるような気がしてならないのだ。 その人物とは………。 (なんとなく、伊波座の気配がする………。) 真田や、コロマル、美鶴、アイギスを乗せた車はガソリンスタンドを通り過ぎ、堂島家へと向かう。 窓から夕日が差し込み、みんなの顔を赤く照らした。 もうすぐ着くと、菜々子には連絡してある。 堂島家が見えてきた。その家の前でこちらを見ている菜々子。 彼女は車に気付くと、嬉しそうに大きく手を振った。 帰ってきたんだ………。はほっとした。胸に広がる安心感。 やっぱりここは、私の居場所………。 車が静かに停止すると同時に、とコロマルは外へと飛び出した。 「ただいまっ!菜々ちゃんっ!」 「わふっ!わおーんっ!」 その光景を、美鶴や真田、アイギスが優しい目をして見ているのだった。 * * * 調査報告。 『対シャドウ兵器伍式 ラビリスについて』 我々が開発した対シャドウ兵器伍式、通称ラビリスは、まだ試作段階であり、 とても危険な存在である。 まるで野獣のようにシャドウたちを襲い、敵・味方の判断もついていない。 我々はやむを得ずラビリスを破壊した。 やはりペルソナを扱う機械として、外見は人間に似せたほうがよい。 今回のラビリスの研究成果は、姉妹機である六式・七式に生かせるだろう。 特に完成度の高い七式・アイギスには期待できるところもある。 まずはラビリスの研究結果を六式・デメテルに試すこととし、調査報告を終える。 調査報告者 対シャドウ兵器研究部門主任 篤志 対シャドウ兵器研究部門副主任 優美 とある書類を読み終えた山岸風花は、大破したラビリスの前に立っていた。 これが書かれたのは、10年以上前のこと。 風花は苗字を見て、誰がこれを書いたのかすぐに分かった。 「知らないこともあるほうがいいんだよね。」 風花はその調査報告書をポケットにしまい、ラビリスに背を向け部屋を出た。 もう動かないそれを作ったのは、彼女の………。 |