天下分け目の大戦、関ヶ原の戦いにて、西軍は苦戦を味わっていた。 三成の元に届く報告は、各武将が寝返ったというものばかりだとか、 誰かが討死したというものばかり………。 三成は伝令が来るたびに拳を握る。 その報告の中に、親しい者達が入っていないか、緊張するのだ。 その拳を温かく優しい手が包み込む。 ふと横を見れば、穏やかな眼差しを向けている三成の妻がいた。 もちろん、三成の手を包んでいるのも妻の手で………。 「………。」 三成はそっと、自分の妻の名前を呼んだ。 「大丈夫です、三成様。三成様のお知り合いの方々は、みんな強い方ばかり。 西軍が苦戦していても、そう簡単には討ち取られません。 今苦戦していても、信じていれば必ず西軍は勝てるはずです。」 の力強い言葉に、三成は下を向いた。 もしかしたら………負けるかもしれない。そう思っていた自分が恥ずかしくなった。 総大将の三成よりも、妻であるのほうがみんなを信じていた。 「そうだな。幸村も兼続も慶次も………みんな強い。 彼らがいればきっと、西軍も勝てるだろう。そう、家康には負けない。 義の心は、そう簡単に破れはしないのだ!」 三成は鉄扇を広げ、東軍のほうを向く。そんな夫の姿を見て、はにっこり笑う。 そして彼女は思った。ああ、私はこの人と添い遂げてよかった………と。 まっすぐ東軍のほうを見ていた三成は、不意にを振りかえった。 「だが………西軍が今、負けているのは事実だ。 信じたくはないが………もしも西軍が負けた時は、お前だけでも逃げろ。」 三成の表情が険しいものに変わる。は目を閉じて、ゆっくり首を振った。 「っ!!!」と彼が叫んだ時、は口を開いた。 「私は三成様と一緒になるときに、覚悟を決めたのでございます。 何があろうと、私は三成様のおそばを離れない………と。 三成様が逝くときは、私も逝くとき。 だからどうか………そんな悲しいことを言わないでくださいまし。 私は三成様を失ってまで、生きたいとは思わないのでございます。」 は三成の手をとって、自分の頬に当てた。 柔らかい頬の感触に、三成はに触れた晩のことを思い出す。 とても温かかった………。 このぬくもりを、自分以外のものには渡したくない………。 「ダメだ………とは言えない。本音を言えばに俺も、とは離れたくない………。 お前がいいと言うのなら、どこまでもお前を連れて逝こう。」 「ええ。私はかまいません。どこまでも、あなたと一緒に………。」 馬のいななく声、男たちの上がる叫び声の中、三成とは抱き合う。 お互いのぬくもりを感じながら。 三成が関ヶ原で采配をふるった日、西軍は東軍に負けた。 西軍の総大将である三成は捕らえられ、後日………この世を去った。 妻であるも、すぐに三成のあとを追う。 『この世を去っても…………』 『私たちは二人一緒にどこまでも………』 それは二人が最後に交わした言葉だった。 |