直江兼続たちが三成の城に着いたのは、ちょうど昼頃だった。 立派な城を前にして、幸村が小さく呟く。 「立派なお城ですね。」 「飾りっけがあまりなくて、三成っぽいけどなぁ!!」 豪快にそう言い笑ったのは、体格のよい前田慶次。 その横で、兼続はきょろきょろしていた。 案内の者を待機させておく……と手紙をもらっていたのだが、城門の前には誰もいなかった。 「誰も……いないな。」 小さく呟くと、そういえば……と幸村も言い出し辺りを見回した。 その直後、「あ……」という言葉が聞こえる。 幸村の視線の先には、美しい女子がいた。 薄い衣を日よけにしてかぶり、白と桃色の着物を着ている。 長い髪が、歩くたびに揺れていた。 その女子が、城門の前に来ると兼続たちの存在に気づく。 「あなたはこの城の者ですか?私は直江兼続という。 私たちは石田三成に用事があって参った。 すまないが、三成のところへ案内していただけないか?」 兼続が彼女に言うと、相手はやわらかく笑って頷いた。 しなやかな動作の彼女。 兼続たちはすぐにこの女子が普通の城仕えをしている人間ではないと考えた。 美しい彼女に先導され、城の中を行く。 途中、女中たちや三成の家臣たちが先頭を歩く彼女へと丁寧に頭を下げていく。 「三成殿と親しい方なのでしょうか……?」 ボソリと幸村が兼続に言った。 「さぁ、分からんが……身分の高い者なことくらいは、動作で分かる。」 「そうですね。」 二人が話していると、廊下の奥の部屋で彼女が足を止めた。 皆に一礼し、「三成様」と声をかける。 静かな鈴を鳴らすような、澄んだ声だった。 突然襖が開き、血相を変えた三成が部屋から飛び出してくる。 「っ!!今までどこに行っていたんだっ!? お前の姿が見えないので、私は………」 言いかけて、三成の動きが止まった。 視線を兼続たちに向け、みるみるうちに顔を赤くしている。 恥ずかしそうに視線を泳がせ、コホンと咳ばらいをした。 「か、兼続……。それに幸村や慶次も……。」 「城門で困っていらしたから、お連れしたのでございます。 三成様にご用事がおありだとか……。」 クスクスと袖に手を当てて笑う彼女。 三成はじろりと彼女を見たあと、手を掴み部屋へと入った。 ぽかんとしている3人には視線を合わせず、荒々しく言葉をかけながら……。 「とにかく3人も中へ入れ。」 彼らが我にかえったとき、三成と彼女の姿はもう部屋の中へと消えていた。 *** 「それで三成殿、そちらの方は……」 幸村が戸惑うようにして、三成の隣に座る彼女を見た。 「………俺の妻だ。」 一瞬空気が凍った。その直後、3人の驚いた声が室内に響きわたった。 固まる彼らにむかって、彼女は丁寧に手をついて挨拶をする。 「皆様、お初にお目にかかります。私は石田三成が妻、石田と申します。 兼続様、幸村様、慶次様、いつも我が夫からお話は聞いております。」 どうかよしなに……と顔を上げて微笑んだ。 のなにもかもが美しすぎると、彼らは感じた。 兼続たちも慌てて礼を返す。 その光景を、三成が面白くなさそうに見ていた。 「それにしても、三成殿が祝言を上げていたなんて……。 いつ祝言を上げたのですか?」 「お前たちと出会う前にはもう、と祝言は上げていた。」 「それならなぜ、紹介してくれなかったんだい?三成さん?」 慶次が尋ねると、三成の眉にはさらに深いシワが刻みこまれた。 「決まっておろう。 他の男に、我が妻の姿を見せたくないからだ。は俺だけの妻だからな。」 きっぱりと答えた三成に、慶次は苦笑するしかなかった。 慶次だけじゃなく、も困った笑いを浮かべていた。 三成のそばに控えていた左近が、そっと呟いた。 「やれやれ。うちの殿は様に対しては独占欲がお強いですね。」 「うるさいぞ、左近。」 ぴしゃりと三成の言葉が飛ぶ。 そんな中、がスッと立ち上がる。 「そういえば、京からおいしいお菓子が届いてたのを思い出しました。 お茶でも煎れてまいりますわ。」 「、そんなのは女中にやらせればいいだろう?お前は………」 「三成様、今日は調子がよいのです。 それに夫の友をもてなすのも、妻のつとめでございます。」 にっこり笑って、「では……」と部屋をあとにする。 彼女が出ていってから、三成が言った。 「……あれは少し体が弱いのだ。」 だからなのかと、兼続たちは思った。 日焼けを知らないような色白の肌。 普通の女子より、少し細い体。 けれども、今日の彼女は調子がよいようだった。 そこに、左近の小さな笑いが上がる。 「でも殿。様はとてもたくましいお方ですよね。」 その言葉の意味を理解したのか、三成も苦笑した。 「確かに……な。 実は、先日我が軍内で対立がおきてだな、それをおさめたのがなのだ……。」 「殿が……?」 幸村が驚き、目を見開く。あの優雅さからは全く想像ができない。 兼続も一緒に驚いていた。 それを面白そうに見ている三成。 「あいつの鶴の一声で、対立していた家臣たちは仲直りし、 俺とへの忠誠を誓ったそうだ。」 「なかなかの策士ですよ、様は。 特に、心理戦に関しては殿より上なんですよね。」 「……それは……認める。」 左近の言葉に三成の表情が再び歪む。 そんな時、襖の外から可憐な声が聞こえてきて、が入ってくる。 お盆の上にはお茶と、綺麗な砂糖菓子がのっていた。 その中のひとつは、煎餅だったが……。 「ほー。見事な菓子だな。」 慶次が砂糖菓子をつまみ上げて、よく見えるように光へと照らす。 表面に、季節の絵柄が彫られた、細かい砂糖菓子であった。 口にほうり込めば、とろとろと溶けていく。 はすべての砂糖菓子とお茶を配り終えると、最後に三成へ煎餅を渡した。 「三成様は甘いものが苦手でしたから、お煎餅をお持ちしました。」 「すまないな、。」 三成が優しくの髪を撫でた。 いつもとは違う柔らかい表情に、兼続たちは思う。 あぁ、この人も、こんな優しい顔ができるんだと。 ほのぼのとした気分で彼らの幸せを感じ取り、ズズとお茶を飲むのだった。 |