子供の頃、一度だけ俺は天使に会った。 白いワンピースに身を包んだ天使は、夕方、ひっそりと静かな墓地にいた。 肩までの黒髪と、綺麗な青い目が魅力的で、あれが俺の初恋になったんだ。 「お前、このへんじゃ見かけない顔だな。名前は?」 空を見上げる彼女に、俺は尋ねる。一瞬だけ少女はこっちを見て笑った。 「……。」 そのままと答えた少女は、墓地の奥まで駆けていく。 「あ、待てよ!!」 当然俺も彼女を追いかけた。だが、すぐにの姿を見失う。 それから俺は、一度もその天使に会ったことがない。 きっとあれは、気まぐれに舞い降りた天使だったんだ。 そうでなけりゃ、悪魔の俺に、天使が姿を見せるわけがない……。 *** ジジイが死んだ夜、俺はジジイの部屋に来ていた。 胸にはただ、一つの想いがあった。 エクソシストになって、サタンをぶっ飛ばす……。 最強をうたわれたジジイは、一体どんなふうにしてエクソシストになったのか……。 それが知りたくて、ジジイの部屋に来たんだ。 俺は多分、初めてジジイの部屋に入る。 棚には古い本が詰め込んであり、聖書や悪魔に関する本ばかりだった。机の上は書類だらけ。 でもそこには、写真立てがあり、俺と雪男とジジイで撮った写真が入れられていた。 ジジイがどんだけ俺達を大事にしてくれていたかが分かって、後悔した。 あんな言葉、言うんじゃなかった。「お前なんか、親父でも何でもねぇ」……なんて言葉。 俺にとっては、藤本獅郎ただ一人が親父なのに……。 奥歯を噛み締めて涙をこらえる。俺は本棚に視線移し、目についた一冊を引き抜いた。 これだけあまり埃がかぶっていないものの、白い表紙が黄ばんでいる。 本の背中にはガブリエルと書かれていた。 中はジジイの字で何かが書いてある。 『本日よりガブリエルを譲り受ける。 彼女を外の世界に晒すと危険なため、時が来るまでは地下に隠しておくことにする。』 『ガブリエルが言葉をしゃべるようになった。最初にしゃべった言葉は、パパ。 なんとも可愛らしい。この暗い地下室で育てること、本当に心苦しい。許してくれ……。』 『どうやらガブリエルは、自分で結界を解き、外の世界に行ったようだ。 誰とも接触してなければよいが……。ましてや、悪魔に見つかったら大変だ。 今夜は地下室の結界を増やし、ガブリエルと共に過ごす。』 『ガブリエルが私にすごく甘えてくる。 私ももう少し、ガブリエルと共に過ごす時間を増やさなければ……。 ガブリエルも私の大事な子である。例え彼女が天使だったとしても……。』 俺は最後までページをめくった。昨日の日付。 『ガブリエルが何かを感じとっている。嫌な予感がすると言っていた。 最近コールタールが多いことも気になる。 もしも私に何かあった場合、ガブリエルのことは雪男に任せてある。 ガブリエルは雪男に心を開いているだろうし、大丈夫だろう。 もしガブリエルと雪男の間に子供ができれば、聖十字騎士団にとってもよい戦力となるはずだ。』 日記はそこで終わっていた。 「ガブリエル……?」 眉間にシワが寄った。 そして最後のほうに出てくる雪男の名前。 俺は白紙のページをパラパラめくった。一番後ろに、何か書いてある。 「汝、父を敬い、清らかな心を持て。さすれば汝の前に導く者あらわる。 片手に百合の花を持つ者、汝を光の先に導く者なり。」 小さくそう呟くと、いきなり目の前の本棚が動いた。 そこに現れる隠し階段。 俺は驚き、手にしていた本を落とした。 もしかしてこれが、ジジイの書いてる地下室とやらか……? 半分冒険心で階段を下りる。 薄暗い通路に蝋燭の光がともっている。どこからか吹き抜ける風に、髪が揺れた。 進む先に明るい光が見え、人の声がしてくる。 しかしそれは、話し声じゃなく、激しい息使いがまじった声。 その声は地下にある一室から聞こえてきていた。 こっそり中を伺うと、俺は大きく目を開いた。 「…………。好きだよ。愛してる。だから、このまま……一緒に……っ!!」 「あぁっ、ダメ雪男!!そこだけはっ!!あっ、あっ…ヤダっ!! 激しすぎっ……あっ……あああああーっ!!雪男っ、私もっ……愛してるっ!!」 向かい合わせに座ってる二人。少女が雪男の膝の上に乗っている。 少女の声を最後に雪男が「くっ!!」と眉間にシワを寄せ、彼女の腰を掴んだ。 少女は雪男が声を上げると同時に、白い肢体を反らせた。そのままダラリと雪男に体を預ける。 彼はそれを愛おしそうに抱きしめた。 「ごめん、。今日は止まらない。 ずっと君を感じていたい。父さんの死を、忘れたいんだ……。」 「雪男……。……あぁっ……!!待って!!ゆき……あっあっあっ!!」 「の中、あったかくて気持ちいい……。」 「雪男っ、そんなに大きくなったら私っ、おかしくなっちゃう……!!」 「君の全部を、僕で満たしてあげる。、子供ができたら一緒に育てようね。 父さんも楽しみにしてたよ。きっと可愛いはずだ。だって天使と人間の子供だもん。」 雪男は律動を早めた。再び地下室に上がる、彼女の甘い鳴き声。 俺はふらつく足取りでジジイの部屋に戻った。 ……。あの時見た彼女は幻じゃなかったんだ。 でも彼女は今、雪男と……。 ジジイの部屋に戻った俺は、壁に背を預けて座り込んだ。 あの天使は絶対俺には微笑まないんだ。 ジジイが大切に育て、ジジイがいなくなった今では、雪男が彼女を守っている。 あの日、駆け出した彼女の手を捕まえられたら、何かが変わっていたのか? 天使は共に、俺とあってくれたのか? 雪男に抱かれるの、幸せそうな顔が脳裏に焼き付いて消えなかった……。 |