刀下の鳥、林藪に交わる(前編) スザクはこの趣のある屋敷に訪れてから、子供ながらに思ったことがあった。 (でっかい家だなぁ………) 父に連れられやってきた屋敷。典型的な日本家屋で、庭は綺麗に整備されていた。 大きな池があり、コイや水鳥たちがゆっくりと過ごしている。 ここに住む生物たちは、危険とは無縁だとスザクは思った。 前を歩く父が歩みを止めたので、必然的にスザクの足も止まった。 父の声じゃない男の声が先に言葉を連ねる。 ようこそおいでくださいました、枢木首相。 もうずいぶんと聞きなれた言葉。会う人たちが必ず最初に父に言う言葉だった。 そして次は、自分へと視線が向けられ言葉が紡がれる。 たまにはパターンを変えればいいのに………。 スザクがうんざりした顔をした時だった。 父と向き合っていた男が、後ろから少女を引っ張り出す。 赤い綺麗な着物を着て、長く真っ黒の髪の毛を下ろした少女。 肌は雪のように白く透き通っていて、茶色のくりくりした瞳を持っていた。 「の一人娘、でございます。」 男がそう言うと、少女は丁寧に腰を折った。スザクの父に対しても、スザク自身に対しても。 その姿を、スザクはぽかんと見ているだけだった。 もし天使が本当にいるのなら、彼女は本物の天使なんじゃないかと考えながら………。 *** 午前3時。 ふと目がさめたスザクは、自分がまた部屋のソファーで寝てしまっていたことに気付く。 起き上がり、ソファーへともたれかかる。頭はまだすっきりせず、まどろんでいる。 今、とてつもなく懐かしい夢を見た。 赤い綺麗な着物の少女。無言でスザクに腰を折った天使のような少女。 なんでこんな夢を見てしまったのだろうか? ふと考えて、「ああ」と思った。 ブリタニア本国は今、シンシンと雪が降り注いでいる。 と紹介されたあの少女の肌は、雪のように白かった。 あの日以来、と会ったのは数回ほど。言葉を交わしたのも数えるくらい。 でも、彼女の声だけはまだ、自分の耳にしっかりと残っている。 「あの子、今どこにいるんだろう?生きて……いるんだろうか?」 スザクは天井を見上げた。 父が死に、トップを失った日本はブリタニアに負けた。 日本の敗北により、日本人の政治家たちは次々に処刑されていったと聞く。 の家も例外ではないだろう。 天使は殺されてしまっただろうか?もしまだどこかで生きているのなら………。 「に、また会いたいな。」 *** 「様、ブリタニア皇帝陛下から今度本国で開かれるパーティーにご出席されよと通達が。」 座敷で花を生けていたに、従者の一人がそう言い、手に持った封書を手渡す。 彼女はゆっくりと封書を開いた。 紙に刻まれたブリタニアのマークの下に、彼直筆の文章が連ねてあった。 戦争後、政治家であるの父はブリタニア兵に殺され、気の狂った母は自殺した。 残ったも父や母のあとを追う準備はできていた。 殺されそうになったは、静かに目を閉じる。 だが彼の………ブリタニア皇帝の一言で、彼女は助かった。 のその容姿を気に入ったブリタニア皇帝は彼女を生かし、そして時々こうして本国へと呼び寄せる。 彼に対して、憎しみなどない。憎むのは疲れることだと知っているから。 憎んでも、この世界が変わるわけではないと知っているから。 「今回のパーティーではナイト・オブ・ラウンズもご出席されるらしいです。 そういえば様、ラウンズに新しくイレブンが加わったのでは? 確か名前は………枢木スザク。」 従者がそう名前を紡いだ瞬間、は封書から顔を上げた。 (枢木スザク………。あの、枢木首相の………?) は彼を思い浮かべる。首相には似てない茶色の髪。よく日焼けした肌。 少し乱暴な振る舞い。そして……自分を貫く姿勢。 そういえばブラックリベリオンが起こっている最中、スザクは軍で活躍していた。 彼もまた、ブリタニアを憎むことをやめ、共に生きていくことを選んだ。 「会える………でしょうか?再び、彼と………。」 は封書を置き、ゆっくりと花を生ける。幼いスザクの姿を想像しながら。 |