「の家から………?それは本当ですか?」 月の綺麗な晩のこと。うまい酒を手に入れたと、島左近が上田城を訪ねてきていた。 縁側で月を見ながら酒を進め、「そういえば」と左近が切り出した話は、 幸村との婚姻の話。 相手がの家の娘だと言った幸村に対して、左近は彼へと身を乗り出す。 「なんで左近殿はそんなに驚いているんですか?」 「……もしかして、幸村殿は知らないのですか? の家といえば、軍略家の中では有名ですよ? 家柄もよし。人望もよし。そしての知略は第二の武田信玄と呼ばれるものです。 その力、実はうちの殿も秘密裏に狙っていたくらいですからね……。」 「三成殿が………?」 意外な人物の名前に、幸村が盃を置く。左近は一度だけ頷き、酒をあおった。 そのまま月を見上げ、言葉を続ける。 「そうですか……。の姫ですか……。 幸村殿も、えらく凄い方を妻に娶る覚悟をしたものですねぇ。」 「左近殿は、のことを知っているのか?」 婚姻はまだしていないものの、 逢瀬を重ねるごとに幸村は自然と彼女のことを「」と呼び捨てで呼ぶようになっていた。 対しては、彼が何度も「幸村でいい」と言うにも関わらず、いまだに「幸村様」だ。 「そんなに詳しく知るわけではありませんが、戦場で何度かお姿を拝見したことがあります。 信玄公とともに、本陣で作戦を練っていましたな。 噂に聞いたことがありますが、の姫に戦略を練らせると天下一品らしいですよ。 武芸にも秀でていて、文句なしの姫だとか……。」 「が戦場にっ………?本当にですかっ?そんな話、私は……」 幸村は少しだけ、うなだれた。そんな大事な話、なぜはしてくれない……。 これから夫婦となるのに。彼は少し、寂しい思いがした。 左近がぽんっと幸村の背中を叩き、彼に盃を持たせる。 「そりゃ普通、そんな話したくはないでしょう? 相手は仮にも日本一の兵と呼ばれる真田幸村。そして将来自分の夫となる男。 夫をたたせるのが妻の役目。控えたのでしょう。殿は………。」 「けど、一言言ってくれれば……」 幸村は酒をあおって、ぽつりと呟く。 「詳しくは殿に聞けばいいじゃないですか。」と、左近は幸村に言葉を贈った。 「そうですね」と答えた幸村は、再び盃を置く。 「幸村殿、とちらへ?」 「聞かなくても分かるでしょう?のところへ行ってまいります。」 左近が口を開きかけた時にはもう、幸村は背中を向けて廊下を歩き出していた。 彼の置いていった盃に、風で流れてきた桜の花びらが浮かぶ。 左近は苦笑しながら、自分の盃に注がれている酒を飲んだ。 「余計なことを言ってしまいましたな………。」 幸村が消えた暗い廊下の先を見る。 あの朴念仁が妻を娶るとは……と驚きつつ、戦場で見た彼女の姿を思い出し、納得してしまった。 優雅で、意志の強そうな瞳。まっすぐで正直者の幸村にはぴったりだ。 あれがうちの殿の妻になったらと、想像して左近は笑った。 「似合わないですね。うちの殿が誰かを妻にするなんて。」 そんな独り言は、月の夜に消えた。 今頃、幸村は自分の妻となる相手に武功の話を問いただしているのだろうなと考え、 左近は月と桜を楽しみながら、一人酒をすすめる。 隣に置かれた幸村の盃には、いつしか何枚もの桜の花びらが酒を彩らせるのだった。 |