俺は知っている。 彼女の愛用している香水は、『チェリーブロッサム』っていう名前なのを。 それはフランス製の香水で、適度に甘く、適度に儚い香りがする。 俺はいつもその香りを追っているんだ。 転校してきて、初めて廊下ですれ違った時から、ずっと彼女……のことが好きだった。 一目ぼれって本当にあるんだな……なんて、冷静に考えたっけ。 今でもほら、俺はの香りを追ってる。 移動教室で理科室に行く時、は正面から歩いてきた。 体操服で、額に軽く汗をかきながら友達と話している。 彼女の目に、俺は映っていない。 クラスが違う彼女にしてみれば、俺はただの隣のクラスに転校してきた転校生。 は俺が彼女の香りを追っていることも、好きだということも知らない。 悲しかった。無性に。でも、話しかける勇気がなくて……。 俺はすれ違い様に、瞳を伏せる。 その時だった。友達とふざけていた彼女は、友人に体当たりされよろめく。 拍子に俺とぶつかった。 カシャンとペンケースが落ちる音。 「ご、ごめんなさい!」 ふわっと目の前で香る、チェリーブロッサム。 は申し訳なさそうに俺を覗きこんでいた。 初めてが、俺を瞳に映した瞬間。 俺はとても嬉しかった。彼女とは、きっとここから始まるんだ……。 そうであってほしいと切実に願う俺は、とても不器用な人間だな………。 |